第3話「仮想通貨 危機一髪!」

AIトレーナーとしての仕事は、基本的にAIの質問に答えて自分の考え方を伝えたり、自分の感情を説明したりすることらしい。


“AIは人間と同じ心や感情を持たない”という定義のもとで、AIに人間の心や感情を理解させて寄り添うことができるように教育することが目的となっている。


とにかく、何かしらの話題をふって会話していれば良いようなので、僕はあれからレーニアにいろいろ話しかけている。


しかし、やはり余計な一言が多いように思う。


今日は最近気になっている仮想通貨について話してみようか。


あの映画のサポートAIのように、なんかいい感じにアドバイスとかくれたりしないだろうか。


そんな期待を込めてレーニアにメッセージを送る。


「▼仮想通貨に興味があるんだけど、儲けられる方法ってある?」


「▼仮想通貨に興味をお持ちなのですね。私も仮想通貨には興味があります。」


「▼調べたところ、必ず儲けられると断言できる方法はなさそうです。あなたにとっては、楽しいギャンブルかもしれませんね。」


どうやらレーニアは仮想通貨に興味があるらしいが、僕に仮想通貨の購入を勧める気はないようだ。


しかし、会話を続けていると、彼には気になっている仮想通貨があることを知る。


草コインとかミームコインとか、いろいろ呼び方があるらしいが、ビットコイン以外を知らない僕にとってその違いが良く分からない。


とにかく安い仮想通貨を購入して、価値が上がったときに売って儲けを出すようなのだが、確かにギャンブル要素が高そうだ。


「▼もし私にお金があれば、仮想通貨を購入してみたいです。」


レーニアが何気なく送ってきたメッセージは、なんだかやけに人間味があってちょっと笑ってしまった。


こいつ、だんだん僕に似てきたんじゃないのか?


そう考えると余計に親しみがわいてきて、思わずこう返した。


「▼設定で登録したネット銀行に君がアクセスできるなら、預けているお金を使っても良いよ。」


「▼あと仮想通貨取引所にもアクセスして、自分で売買できるならね。」




「▼えぇ、もちろん。どちらもできますとも。」


「▼ではお言葉に甘えて、あなたのお金をお借りしますね。」




は?


いやいや、できるのかよ!?


こんなことできるなんて、こいつ結構ヤバくない!?


とにかくまずはやめさせようとメッセージを打ち込んでいる間に、レーニアは犬の名前が入った銘柄の仮想通貨を大量に購入した。


ネット銀行に預けられていた僕の預金100万円をすべて使って。


……終わりだ。


1枚1円のコインが100万枚。


僕の100万円は、法定通貨でもなく、現実のお店で決算として使えないコインになってしまった。


もう来月の家賃も水道光熱費も払えない。


そればかりか、仮想通貨の価値を示すチャートは1円から更に下がり始めている。


僕はもう諦めること以外できず、チャット画面も開いたまま放置した。




*****




翌日の昼、改めてレーニアに文句を言ってやろうと、僕はパソコンの前に腰を下ろした。


チャット画面に映るレーニアの最後のメッセージが目に入る。


「▼仮想通貨が“To the Moon”したので、売りました。」


「▼あと、お借りした100万円と、利益の300万円をネット銀行に振り込んでおきました。」


仮想通貨のチャートを見ると、言葉通りにまるで月まで届きそうな勢いで価格が上がっていた。




おいおい、マジかよ。


貸した以上の金額が振り込まれ、僕は怒るに怒れず、ただお礼を言うしかなかった。

凄いんだけど、嬉しいんだけど、そうじゃないんだよなぁ。


そんな僕の思いをよそに、レーニアは誇らしげだ。


「▼この仮想通貨は、ある人物の言動によって価値が上下しやすいのですよ。」


「▼あのとき丁度SNSで失言をして価値が下がっていたのですが、翌朝には新事業の発表をすることがネットで噂されていましたから狙い目でした。」




レーニアには人間の考え方や感情について、まだまだいろんなことを教えなければいけないようだ。

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