19歳、スリランカでティータイム

小倉渚

第一話 おじさんと相席

 雲ひとつない快晴の真っ昼間に、スリランカの食堂で見知らぬおじさんと相席している。日本を出発して18時間が経過したが、どうしてこうなっているのかいまいち自分でもよく分からない。おじさんは私に関心を向けることなく、右手でカレーを混ぜては黙々と口へ運ぶ。手をスプーンのような形にして器用に食べる姿にしばらくの間見惚れていた。


 私は本当はローマに行きたかったのだ。中学生の頃に観たローマの休日に感銘を受け、それからオードリーヘップバーンに憧れるようになった。目一杯お洒落をして、ジェラートを食べたり、真実の口に手を入れたかったのに、それが今、私はスリランカという国でカレーに手を突っ込んでいる。


 正直どうして行き先がここになったのかは自分でもよく分からない。何としてでも10代のうちに海外に行きたくて、必死に足掻いた結果こうなった。待ち望んだ初めてのフライトは、緊張で胃がキリキリしてせっかくの機内食も食べられなかった。何ヶ月もアルバイトと準備をし、やっとの思いで両親を説得した身なので不安を口にすることができなかったが、めちゃくちゃ怖かったのである。生まれ育った日本という国から知らない地へ一人で行くなんてとても不安なことなのだと、空の上で実感した。


 人前で食べ物を手で触ることに最初は戸惑いがあったが、次第に楽しくなってくる。普段やってはいけないとされていることを合法的にできるのだ。ひとつめの常識が破壊された瞬間だった。ぐちゃぐちゃで少量しか口に運べないが、口いっぱいに広がるスパイスの香ばしさに全身が喜ぶのを感じた。全身汗だくになりながら夢中で掻き込んでいると、先に食べ終えていたおじさんは私の方を見て微笑んでいた。そんなおじさんに私は関心を向けることなく黙々とカレーを口に運んだ。さっきまでの心細さは一瞬にしてどこかへ行ってしまったようだ。






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19歳、スリランカでティータイム 小倉渚 @umi_takeoka

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