「━エッセイ━ ありがとう、トラ」

織田 由紀夫

「光 輝く 君へ」

令和四年10月21日15時40分


愛猫のトラが死んだ。満19歳だった。


人間で言えば、90歳を過ぎていたらしい。


大往生だ。


捨て猫だったトラを、近くの防波堤で拾って来てから19年も過ぎたと思えば、時の経過の速さに、感慨ぶかいものを感じる。


キジトラの雑種。オスだった。


名前は私が付けた。


「やっぱりそう来たか」


トラ色の毛並みに覆われた、子猫のトラを抱きかかえた兄の笑顔が今でも忘れられない。


トラが我が家に来てから、我が家の生活は一変した。


元来、猫アレルギーだった筈の母親が一番トラを可愛がった。


トラを愛する母親の姿を見ると、私達兄弟も母親の愛をしっかりと受けながら、育てて貰って来たのだと実感した。


トラは鶏肉に目が無かった。


母がボイルした、鶏肉のささ身がトラの大好物だった。


家の至る所でイタズラをするトラに手を焼かされた。


それでもトラは、我が家の光だった。







腎盂炎ステージ4と診断を受けたトラ。


私は急いで、─猫 腎盂炎─とGoogleで調べた。


そこに書かれていた数字を見ると、私は絶句した。




─余命103日─




その日、私はひとしきり泣いた。





無くなる10日前、粗相が激しくなりオムツをあてがえた。



トラはオムツを付けるのも嫌がる事はしなかった。



まるで、自分の最期を悟るかの様に静かだった。



いよいよ持って、トラの具合が急変した。



口呼吸を始めた。



見ているだけで、私は苦しくなった。



急いで動物病院へと連れて行った。



担当医からこう告げられた。



もって、後一週間だと。



帰りの道中、私と兄は泣いた。



兄は気丈に振る舞い、口数が多かったが涙声だったのを覚えている。



家に着いた瞬間、私はわんわんと声をあげて泣いた。




トラがこの世から居なくなってしまう。




いつも、どんな時も一緒だったトラが死んでしまう。


その現実を受け止める事が私には出来なかった。


泣きじゃくる私に、兄は言った。人生で初めて聞く、兄の優しい、透き通った声だった。


「トラの肉体が、この世から朽ち果てたとしても、俺達とトラの想い出は消えやしない。魂と言う名の想い出は生き続けるんだ。最後まで見届けてやろう」




翌日、トラは息を引き取った。



最後に、家族全員で抱きかかえてやった。


父は、職場へ向かう途中にも関わらず、家に引き返していた。



私は、泣き崩れた。



トラともっと、もっと一緒に遊んであげれば良かった。


トラともっと一緒に居てあげれば良かった。



後悔だけが募った。


亡骸となったトラに私は叫んだ。



「トラ、ごめんよ。ごめんよ。許してくれ。トラ、ト・・・・・・」



そこまで言うと兄は、優しく私を抱きしめた。



あの時程、兄の優しさに包まれた事は無かった。


それは、トラを深く愛したしるしだと感じて、私は兄の胸の中で泣き続けた。



その日の夜、星等見える筈もない曇り空に、一つだけ煌煌と輝く星があった。



トラは、虹の橋のふもとへと行ったのだと感じ、次のステージへと向かったトラの幸せを祈った。



火葬が済み、ひと段落ついた私は、自分の部屋でエディットピアフの「愛の賛歌」を聴いた。


トラに対する、父の愛、母の愛、そして兄の愛。


私は家族の深い愛に初めて気づいた。


大切な、大切な事をトラは身を持って教えてくれたのだった。




命とは一体なんなのだろうか。



私は、尊敬する

日野原重明先生(聖路加国際病院理事長・同名誉院長先生)の言葉を想い出していた。





─命とは、その人が持っている時間だと─



トラは自分の持っている時間、その命で私達に教えてくれたのだった。



命には限りがあると。



私はその命を、その時間を大切にしようと決めた。


そして、トラの遺影に手を合わせた。









─最後に─




今、思えば本当に不思議な事が起きた。


トラの月命日の前日、母の知人が飼っていたネコが譲渡会に出される話を聞かされた。


私達、家族はよく話し合い、そのネコを引き取る事にした。


トラが居る、虹の橋を架け合い名前を「ソラ」にした。


ソラもまた、キジトラの雑種でオスだった。



私は誓った。



トラに対する後悔の念を、教訓を生かそうと。


ソラは今、我が家で元気一杯に走り回っている。


その姿に私はトラの残影を見た。



ソラとの最期には「ごめんね」では無く


「ありがとう」で締めくくれるように毎日を、一日一日を大切にしようと決めた。


父と母、兄の愛の深さを実感している今、

毎日が愛おしい。


ありがとう、トラ。




ずっとずっと一緒だよ。




またね、バイバイ。





そして、私はソラを抱きしめた。







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