スタートは青春のやり直し

代 居玖間

春。




 中学時代。知らぬ間に机の脇にぶら下げられていた可愛らしい猫柄の袋。

中身は幼馴染みの体操着だった。

それを確認して、何故そんなものが自分のところにあるのだろうかと首をかしげているうちに持ち主が騒ぎだした。

「ちょっと、何で私の体操着をアンタがもっているのよっ!」

眉毛を吊り上げた恐い顔に思わず怯む。

「えっ。いや……」

「女子の体操服を手にしてボンヤリ呆けているなんて、まるきり不審者じゃない。返してよっ!!」

引ったくるように奪われたそれを目で追う。

「何よ、助平。嫌らしい」

女子たちが彼女に群がり、頻りに同意の意見を並べる。

「嫌ねぇ……」

「あんなのが同じ教室に居るなんて……」

「ほんと……」

彼女たちの敵意の視線が身体中に刺さり、友人だと思っていた男子にも冷めた目を向けられた。

このときから、学校は、……集団は自分の敵になったのだ。





 それは新学期になると思い出す嫌な記憶。

悪夢から覚めた柚希ゆずきは、気だるげに起き上がる。

息の詰まるような青春時代。

いやちがう、暗黒時代だ。

中高一貫の学校を、やっとこの春に卒業したのだった。






 学生寮はワンルームの三階建て。

もちろん男女別な建物だ。

ノソノソと緩慢な動きで身支度を整え、食堂へ。

これから知り合いになる予定な知らない先輩と、同級生らしき面々と言葉少なく朝食を食べた。

つい先日に入学式を終えたばかりの新入生は自分を含めて緊張した面持ちである。

慣れない環境に順応できるまで、きっとこんな日々になるのだろう。

食器を厨房に返して、さっと荷物をまとめて……今日が初登校となる。



 中高時代に図書室と自習室にしか居場所がなくなり、自ずと勉強ばかりするようになった。

とくに頭の出来が良かったわけでもないが、おかげで知り合いの居ないような遠方の大学に進学できたのだから怪我の功名というわけで。

これから青春を取り戻す。



 柚希の決意は固かった。

勉強も遊びも、やりたいことをやってやる。

女子は未だに怖いから、男友だちとの楽しく充実した学生生活を満喫してやるんだ。











 そのはずだった。

「……なんで。……どうして、君が居るのさ」

「…………」

無言で立ちふさがる目の前の存在に、思わず漏らした凍えるような柚希の呟き。

見開かれた両目に絶望の色が影を落とす。




 強張った表情の彼女は、柚希の幼馴染。

「やっぱり、そういう反応よね……」

「……」

ぎこちなく苦笑する彼女に返す言葉なんてない。

「あとになって、貴方の机に体操着をぶら下げたのが隣のクラスの女子だったって言われて……でも、そのときには貴方とはクラスが違ってしまったうえに私は貴方に避けられ続けていたのがわかっていたから……、結局は卒業して今の今まで貴方に謝ることができなかった。皆に知られて軽蔑されるのも怖くて、冤罪だったのに……」

ガバリと彼女が体を折り曲げ頭を下げた。

「本当にごめんなさい。ひどい目に合わせた私が許してなんて言っちゃいけないと思うけど、謝りたくって追いかけてきちゃった……」

同じ大学を受験するためだけに塾を掛け持ちして学校の補講も受けて、我武者羅だったと彼女は言った。

「許してくれなくても、今すぐに反応をもらえなくっても諦めないわ。でも、どうかこうして少しだけお話するくらいは認めてほしいな……」

上目づかいで見つめられ、ずるいひとだと柚希は思う。

可愛いと思っていた女の子にこんな風に言われたら、拒否できるわけがないじゃないか。



 何やかんやで、自分たちの人生における何度目かの幕が開ける。

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