勇者様は働きたくない!

池田エマ

魔王討伐は絶対にスタートしない!

 私の名前は暁春陽(あかつきはるひ)、職業は社畜の23歳。ある日会社帰りに推し作家の新刊を買いに走っている時に事故に遭い、目が覚めたら――肉体が転生を果たしていた。


 異世界で無理矢理勇者という肩書きを与えられた私は、日々どうやったら魔王討伐に行かずに王宮でニート生活を満喫できるかを考えている。なぜなら、死にたくないからである。


 考えてもみて欲しい。ただの社畜が魔王とかいうどう考えても強大な敵を倒す力など、持っているだろうか。持っているわけがないのである。私はどう考えても非力な令和の現代っ子である。つまり、魔王討伐イコール死。ブラック企業も裸足で逃げ出す仕事内容である。無理だ。絶対に無理。


 元の世界に戻れないならせめて働かずにダラダラ過ごしたいと願ってはや半年。気付けばこの国で新しい年を迎えることになっていた。


 異世界であるここムーンレイ王国にも暦がある。一年は元の世界と同じ365日で12ヶ月に区切られている。呼び方だけ違って、一月は「一の月」二月は「二の月」という風に呼ぶことが多いらしい。


 今は一の月の1日。新しい暦の始まりの日で、平たく言えば元日である。


 ムーンレイ王国にも月ごとの行事があるが、年越しはあっさりしたものだった。十二の月の31日には暦を新しい年のものに変える「暦替え」というお祭りがある。街中にある暦を新しいものに書き換えたあとは古いカレンダーっぽいものを全部国に集めて燃やすのだ。この行事があるせいで、ムーンレイ王国のカレンダーには十二の月の30日までしか書かれていない。ちょっとしたカルチャーショックだった。


 基本的に十二の月の31日に暦替えをしたら次の行事は一の月の31日に「安寧の祈り」という行事までなにもない。つまりこの異世界には「お正月」というものがないのだ。23年間日本で生活をしてきた私にとって違和感しかない新年を迎えている。


「勇者様、おはようございます。新しい年になりました。心機一転、魔王討伐に向かわれてはいかがでしょうか」

「おはようございます、ニコラウス。絶対に行きたくありません」


 一の月の1日に魔王討伐へ行くよう言ってきたのは、この世界の元勇者召喚士で私の従者であるニコラウスだ。見た目は美しく仕事もできる(らしい)のに、毎日毎日私を魔王の元へ送り込もうとしてくるヤバい人だ。


「勇者様、せっかくの新年です。国民たちは今日から新しい気持ちで仕事に励んでいます。勇者様も見習われて、せめて修行をスタートされては?」

「いいえ、ニコラウス。私の元いた世界では新年というのは家族と過ごす休日でした。お正月と言って、一部の人を除き皆が新しい年を迎えられたことをお祝いする日だったのです。だから今日は働かないのが正解です」

「随分怠惰な世界だったのですね」

「いつも思うけど失礼すぎる」


 ニコラウスの毒舌は今始まったことではない。従者ってこんなに主人に失礼でも務まるのだろうか。いや務まってしまっているけれど。


 とにかく私は武器など一度も握ったことがなく、包丁の扱いさえ怪しいので魔王討伐など絶対無理なのだ。それをニコラウスに理解して貰わなければならない。痛いのも嫌だし。なんとか今日もニコラウスに引き下がってもらわなくては。


 私は必死に働けない理由を考えて、ニコラウスに向き直った。相変わらずバサバサのまつ毛だな。羨ましい。


「ニコラウス。あなたは暦替えの日に暦を新しいものに変えず普段通り仕事をしている人間がいたら、どう思いますか?」

「暦替えの日に、ですか? そういう国の行事から外れた行動を取る人間には様々な事情があるかと思いますが、端的に申し上げると異端ですね」

「思ったより厳しい意見だね!? でも、これでわかったと思います。私の元いた世界ではお正月は働かないもの。ですので、今日私が働いてしまうと……?」

「勤勉な勇者様、さあ今すぐ魔王討伐に赴きましょう!」

「いや、そうはならんだろ!!! 異端どこいった!!!」


 すごいナチュラルにダブルスタンダードの思考を持ち出してくるじゃん。ニコラウス怖い。絶対ブラック企業の経営者の素質がある。


「とにかく1日は働いたらいけません! 私は絶対に働きたくありません! 来年も! 再来年も!」

「再来年まで魔王討伐に着手されないのは非常に困りますが、勇者様のお言葉はわかりました。1日は働かない。これは毎月のことでしょうか?」

「え? あ、はい。毎月1日が祝日だったら嬉しいですよね。この国全然祝日がないので皆さん働き詰めですし。セルフブラック労働ですし」

「では、女王陛下に進言して参ります。勇者様が、我が国の国民は馬車馬の如く働かされているように見えると申しておられると」

「ちょっと悪意ある! もっとオブラートに包んだ言い方で進言を……」

「では勇者様、一度失礼します」

「……って、速い!!!」


 私を悪者にする気満々なニコラウスは笑顔で私に会釈をし、物凄い速さで部屋から出て行った。残された私はしばらく扉を呆然と見つめるしかなかった。


 王宮でニート生活を送るためには女王陛下の心象は大事だ。不興を買って明日から食事のおかずが減ったらどうしよう。ティータイムのお茶菓子がなくなるとかも困る。


 しばらく部屋をウロウロしながら悩んでみたが、悩むのは悩む時間が無駄だと思い直してベッドに横になった。人生はなるようにしかならない。これが社畜自動に身につけた思考法である。


「せっかくの新年だから、おせち料理とか食べたかったな」


 故郷に未練はあまりないが、こういう特別な日に食べる料理への未練はめちゃくちゃある。こんなことなら、もっと料理の腕を磨いておけば良かったな。まあ寝正月も悪くない。


 私は毛布を手繰り寄せ、全ての思考を放棄して昼寝をすることにした。ニート生活最高!




 翌日、ニコラウスは早朝からバタバタしていた。なんか忙しそうだなぁなんて呑気に眺めていたら、私まで女王陛下から呼び出しをくらった。あれ、ヤバいかな?


 ビクビクしながら王の間に向かった私だったが、王の間の空気は朗らかで皆がなぜかニコニコしていた。これは怒られが発生する空気ではない。一安心だ。


「春陽様、お待ちしておりました」


 女王陛下は私を見るなり微笑んでそう言ってくださった。相変わらず可憐で素敵な方だ。美しい桃色の髪を揺らしながら、私の方にやって来る。


「春陽様、この度は素敵な提案をありがとうございます。それで、名称はどのようにいたしましょう?」

「え? 提案? 名称?」

「はい。ぜひ春陽様に決めていただければと思っております」


 女王陛下は興奮されているのか、主語が消え去っていて理解するのに少しの時間を要した。提案と言っておられるから、私がなにか進言した……?


「元日のことですか?」

「まあ、ガンジツという名称なのですね!」

「え、いや、それは私の元いた世界の一月一日のことで……って、聞いてないな」


 私の元日発言を聞くなり女王陛下はキラキラした顔で王座に戻っていった。そして表情を正し、その場に控えていた家臣たちに宣言する。


「皆の者! これより毎月1日をガンジツとし、国の祝日とする! 全国民に直ちに通達し、二の月より徹底せよ!」

「御意!」

「あー、決まっちゃった……まあいいか」


 こうしてムーンレイ王国に新たな祝日が誕生し、私は国民に大層感謝されることとなった。


「勇者様、ガンジツは過ぎました。本日より魔王討伐をスタートいたしましょう!」

「ニコラウス、あなたもたまにはしっかり休むべきです。今日は一緒に休みましょう。休養は人間の文化的な生活の必需品です」


 私は今日もニコラウスをどうにか説得し、ニート生活を謳歌しようと思う。魔王討伐は絶対にスタートしない。なぜなら私は、絶対に働きたくないからだ。

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