ハイスペが好きな女の子

しゅーめい

第1話

 高校二年生になって初めての席替え、私はある男の子と隣の席になった。


 教室では彼はメガネを掛けているが、部活でサッカーをするときにはコンタクトにしているらしい。なぜそんなことを知っているのか。それは私の元カレの親友らしく、彼の名前くらいは耳にしていた。彼のことを尊敬しているらしい。


 だからといって彼のことが詳しいわけではない。それにあまり噂に聞かなかった。彼のことを話す時、なぜ元カレがあんなにも輝いた目をしていたのか、今ならわかる。


 元カレの親友で気まずさもあり、人見知りの私は彼の顔をまじまじと見つめていたところ、彼がこちらを向くので慌てて目をそらした。失礼なことをしたと思う。そんな私に彼はよろしくとだけ答えた。初めて彼と話した日だった。


 彼は面倒見が良かった。勉強が得意で、私の苦手な数学や英語を根気強く教えてくれた。合格点ギリギリで入学した私にもよく理解できるほどだった。驚くほど説明がうまく、一緒に解きながら解説してくれるおかげで、教師の授業を聞いただけではさっぱり分からなかった問題がスラスラと解けていく。塾講師よりもわかりやすい。


 問題を解き終わると決まってその問題の重要なポイントと、「うん。よかった」と笑顔で返してくれる。爽やかな笑顔に私の心は動かされた。話していくうちに元カレな名前が何度か出たが、私と付き合っていたことには一切触れなかった。もしかしたら、元カレは私のことを話していなかったのかもしれない。そう思うほどだったが、真偽はわからない。


 隣の席になってから二週間ほど経った。彼の情報がだんだん耳に入ってきた。どうやら中学校の頃はクラブチームに所属していたらしく、代表選手にも選ばれたほどらしい。地元で行われた去年のマラソン大会では上位にランクインし、彼が受け取ったテストはTOP10とは行かないものの、20位以内には入っていた。


 すごい。本当に同い年?


 心のなかで出た言葉は口にも出ていた。彼はきょとんとした表情で私を見ていた彼は冗談めかして言った。


「え?同い年に決まってるでしょ。俺、留年とかしてないよ?」


 相変わらず爽やかな笑顔だ。思わず固まってしまった。


 元カレが得意げに話す理由に納得がいった。


 彼は大人だ。他のサッカー部の男子が騒いでいる時、彼は優しい目をして彼らを見つめている。私が思わず動物園みたいとこぼしても、彼は、ははは、と笑っていた。心が広いんだと思う。


 私はハイスペックな男子が好きだ。だから、彼のことをすぐに好きになってしまった。元カレはイケメンで運動ができたけど、その親友である彼は勉強も得意で、性格も良かった。誰もがイケメンというかは微妙だが、オスっ気のない、安心感のある私の好きな顔立ちだ。彼は完璧という言葉が似合う。


 私が彼を見つめると、グヘヘヘ、と気持ち悪い笑いが漏れてしまった。


「なんで笑ってるの?」


 彼は怪訝そうに言った。


 私はもう彼の沼にハマっていた。ガチガチじゃないワックスなんて使っていないサラサラとした髪に寝癖がついていた時、制汗剤のきつい匂いじゃなくて柔軟剤の柔らかな匂いが鼻腔をくすぐった時、毒っ気のない笑顔で私に微笑みかけてくれた時、私の心は彼のことでいっぱいだった。


 彼は目立つことを避けた。クラスの代表に誘われてもなることはしなかった。誰も解けなかった問題を黒板で解いてほしいと教師が言った時、彼はせっせと次の問題に取り掛かっていた。私がどうやるの?と質問するといつも通り丁寧に教えてくれた。これはちょっと難しすぎて私には分からなかったが。


 席が離れてからも休み時間になると彼の元へ駆け寄って勉強を教えてもらった。友達によく彼の話しをしていると、友達も彼と仲良くなりたいと言ってくれた。彼のことを多くの人に知ってもらいたかった。


 二学期の時間割になれる頃、彼の周りには複数の女子が集まっていた。もちろんその中に私はいるし、他の女子は私の友達だ。彼は誰にでも平等に接し、逆に誰にも特別扱いはしなかった。最初こそクラスの男子の冷やかしもあったが、今となっては日常となっていた。


 勉強の質問をすればとことん話してくれた。女子トーク恒例の落ちのないつまらない話には思わずくすっと笑ってしまうような落ちをつけてくれる。ただ、彼の個人的な話になると途端に歯切れが悪くなり、コミュ障だから勉強のこと以外はうまく話せないと恥ずかしそうに笑った。


 やはり彼の笑顔には不思議な魔法がかかっていた。


 彼は私の理想の相手だった。それと同時に、私は彼に告白する勇気が持てなかった。


 私の元カレはみんなハイスペックだ。中学校の時からそれは変わらない。


 私は自分に自身がないからだと思う。顔だって私より可愛い子はたくさんいる。まず隣りにいる友達のほうが可愛い。でも私だっておしゃれに気を使っている。友達からも可愛いと言われる。元彼たちだってそうだ。でも、コンプレックスを気にしてしまう。


 私は勉強も運動もできない。性格だってよくはないだろう。長続きした元カレはいない。嫌なことがあれば女の子らしからぬ悪態をつく。


 何でもできる人を見ると羨ましいと思ってしまう。彼の脳みそと交換してくれないだろうかなんて思っている。たぶん、私はハイスペックな相手と付き合うことで、悦に浸りたいんだろう。


 私はすごいんだぞ。こんな彼氏と付き合っているんだぞ。


 そうやって私の足りない自己肯定感を満たしたいのだ。性格の悪い自分のことは自分がまっさきに気がついてしまう。


 ありがたいことにハイスペックな男子と付き合えてきた人生だ。仲良くなると自然と相手から告白してきた。それを自分にとって当然のことだと全く思わない。自己肯定感が低いのだ。でも落ち込んだ時、心の拠り所にするくらいはする。私には価値があるんだぞって。


 ハイスペック。何でもできる。周りからすごいって言われている。横にいる私は鼻が高い。私は特別。


 それが私の価値観だった。


 彼はどうだろうか。完璧すぎる。顔も勉強も運動も性格もすべてが完璧だ。実はゲームもうまいらしい。


 今度は彼の前の席になった。椅子を横に向け、彼の机に問題集を広げる。彼は逆さまのはずの文章を淡々と読み上げた。ただ、いつまで彼とこの関係を続けられるだろうか。ラインをする勇気だって無い。席替えだってもうすぐ行われるはず。そしたら話すのが大変になる。学年が上がったら彼は仲良くしてくれるだろうか。


「本当に完璧だよね」


 思わず声が漏れてしまった。


「そんなことはないよ」


 彼はいつだって謙虚だった。


「ハイスペじゃん」


「ハイスペはいいことないかもよ」


「でもモテるじゃん」


「俺彼女いたことないのに。凹むな」


「あ、ごめん。いや、でも……」


 彼は俗に言ういい人止まりと言うやつだろう。下手にハイスペックだから女の子側もためらってしまう。みんな平等に優しいなんてずるいよ。


 私はムキになって切り込むことにした。告白する勇気はないままだけど。


「この前、家入に告白されたんだよね」


「え、すごいじゃん。イケメンだよね」


 普段通りの優しい相づちだ。


「えー、だって気持ち悪いじゃん。いつもすべってるし」


「めげない心を持っているのでは」


「私、孝太と去年付き合ってたよ」


「ああ、らしいね。いいやつなのに。どうして別れちゃったの?」


「君は優しいよね」


 私は半ば投げやりだった。彼はメガネを外すと、ポケットからメガネ拭きを取り出し丁寧に拭き始めた。さも聞かれるとわかっていたかのように、彼の態度は自然そのものだった。


「孝太は優しくなかったの?」


 彼は目を合わせようとはしなかった。


「ハイスペックなやつってさ、細かい部分に気がついて許せないからハイスペックなんだよね」


 ボソリとつぶやく。ゆっくりと顔を上げた彼と目があった。


 柔らかく爽やかでそれでいて彼がよくしている表情。この表情は私が彼の隣で騒がしい奴らのことを笑っていたときと同じだ。動物園みたいなんて言ってたっけ。


 ああ、彼にとって、私は動物園の中にいる動物と大差ないのだ。


 私が初めて心から夢中になった初恋が終わった瞬間だった。

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