第32話 地底湖

 雲一つない快晴の空の下、ガタガタと忙しなく揺れる車中で乗り物酔いの予兆と格闘しつつ、デュークはデバイスから展開したマップに目を凝らしていた。


「ちょっと! もう少しまともな運転はできないの!? 舌を噛んじゃうじゃない!」

「バカ野郎お前、これでも充分安全運転だっつーの。文句はオレじゃなくて道に言いな、道に」

「ああもう。ただでさえ昨日の車中泊のせいで腰が痛むのに!」


 後部座席に座るケラミーが、運転席まで身を乗り出して文句を言う。


「『テントなんてイヤ』、つって早々にランクルを占領したのはそっちじゃねぇか。なんなら今夜はオレたちと寝床を交換するか? 車ん中よりは広々と寝れるぜ?」

「絶対イヤ。冷えるし、虫とかサソリとかに咬まれそうじゃない」

「わがままか!」


 悪路を行く車の中で、デュークは酔い止めを飲むと同時にそっと耳栓を装着した。


 北方哨戒部隊としてノアを出発してから一夜を荒野で明かし、日の出と同時に件の地底湖地帯へと出発したデュークたちは現在、でこぼことした段丘を進んでいた。


 流れていく車窓からの景色とマップとを見比べ、デュークは凹み穴のある場所を探っていく。


 周囲の景色はいつの間にかその様相を変えていて、赤土の赤褐色から、何やら灰白色の岩や大地の比率が徐々に大きくなっていた。


 実際に歩き回ってみるまではわからないが、どうもこの一帯は、石灰岩などが多く堆積した地形なのかも知れない。


「どうだ、そろそろ例の凹み穴地帯だと思うが、近くにそれらしいもんはあるか?」


 口論を終えたらしいダルダノが、助手席に座っていたデュークの肩を突く。


 耳栓を外しつつ、デュークは展開させていたモニターを拡大表示した。


「青く囲んだ所が凹み穴。そのうちの一つが、ここから一キロメートルくらいの丘にある」

「うへぇ、ざっと数えただけでも二十ヵ所以上ありやがるじゃねぇか。これじゃあどこが当たりなのかまるでわかんねぇな」

「あら、古代遺跡の十や二十、あっという間に見つけてくれるんじゃなかったのかしら?」

「い、いや、あれはほら、そのくらいのつもりでやるっつーことで……まぁいいじゃねーかそんな話は。まずはとにかく、その一番近いスポットに行ってみようぜ」


 デュークは頷いた。凹み穴地帯を探索するにしろ、遺跡を見つけるにしろ、とにかく今は情報を集めたい。


 まずは件の地底湖に足を踏み入れてみるのが早いだろう。


「おっし! ほんじゃあ、飛ばすぜ!」


 再び後部座席で悲鳴を上げたり文句を言ったりするケラミーをあしらいつつ、ダルダノがごちゃごちゃとした悪路をそれでも危なげなく通り抜けていく。


 やがて前方に見えてきた丘の斜面に、ぽっかりと陥没した地面を発見した。


 丘の麓に車両を停め、デュークたちは陥没穴へと歩いていく。


「ここだ」


 斜面にあった直径五メートルほどの穴の淵に立ち、デュークはゆっくりと穴の底を覗いてみる。


 穴の中は、地表よりいくらか涼しい風が流れているようだった。


「けっこうな深さがあるみたいだけど、薄暗くて底の方までは見えないわね」

「うん。下りてみるしかない」

「お、下りるって、ここを? ちょっと危険じゃない? 足でも滑らせたら、どこまで落ちちゃうかわからないわよ?」


 早速穴の底に下りて行こうとしたデュークを、ケラミーが不安そうな顔で引き止める。


 普段から崖や岩場を登っているデュークにとっては何でもないことだが、たしかにケラミーには少し厳しいかもしれない。デュークはどうしたものかと頭を掻いた。


「しゃーねぇ。あんまし操縦範囲は広かねぇが、こいつにちっと偵察させてみるか」


 と、ダルダノが車の荷台から何かプロペラの付いた小型の機械を取り出した。


「それは?」

「おう! 小型多目的作業用ドローン、〈レモラ一号〉だ! こいつで地下の様子をモニターして、危険がないか探ってもらうのさ」

「またそんな玩具みたいな……そんなので、本当に偵察なんてできるのかしら?」


 胡散臭そうなケラミーの半眼を受け流し、ダルダノは鼻歌交じりでドローンを操縦し始めた。


 何度か調子を確認するように旋回させてから、いよいよ陥没穴へと入って行く。


「よーし、いい子だ。そのまま、そのまま……」


 穴の淵にどっかりと座り込み、何やら楽しそうにコントローラーを操作するダルダノを見守ること数分。


 一通り偵察は終わったのか、やがて穴の中からドローンが戻って来た。


「で、どうだったのかしら?」

「特に問題は無さそうだぜ。たしかに入り組んじゃいるが、そこまで切り立った壁ってわけでもない。お前さんでも充分下りられるだろうよ」

「下はどうなってる?」

「これ見てみな」


 ダルダノが、さきほどドローンが撮影したらしい映像を見せてくる。


 薄暗い地下空間の中でドローンのライトが照らした先には、ぼんやりとだが水面らしきものが映っている。


「これって、もしかして地底湖じゃないの?」

「ああ。デュークの言う通り、やっぱりここら辺には地底湖が点々としてるんだろうな。まぁ、残念ながらこれ以上は実際に下りてみねぇとわからんが。どうする、リーダー?」


 デュークたちに見つめられ、ケラミーはしばし逡巡した後、半ば諦めたように頷いた。


 チームリーダーの許可も出たところで、デュークたちも装備を整えていざ穴の底へと下りていった。


 ダルダノの見立て通り、穴の壁面には案外階段状になっている足場も多く、見た目ほど難儀することなくデュークたちは壁を伝っていく。


「いやっ⁉ い、今何か、虫みたいなものが耳元を!」

「ただのコバエだって。ビビりすぎだぜ、リーダーさんよぉ」

「ひゃんっ⁉ ま、待って待って! 今、首、首に冷たいものがっ」

「ケラミー、あんまり腕を引っ張らないで。危ない」

「うぅ、何なのよここぉ……薄暗いし、虫多いし、何かジメジメするし」


 なんのかのと話している内に、そろそろ凹み穴の最低部が見えてきた。


 足場があることをしっかりと確認して慎重に地面へと下り立つと、眼前に広がっていた地下空洞の景色に、デュークたちはしばし言葉を呑み込んだ。


「おお……」

「わぁ……」


 大型の船舶でも、優に二隻は収容できそうなほどの広さの空間。


 どこかの岩の裂け目から陽光が漏れてくるのだろう、空洞の中は想像していたよりもずっと明るい。


 壁一面には透き通った青や藍色をした鉱石がそこかしこから突き出しており、それらもまた光を反射してキラキラと輝き、ミステリアスな地下世界の景色に花を添えていた。


 そして何より、デュークたちのすぐ目の前で細波一つ立てずに広がる、幽玄な湖。


「……綺麗」


 思わず口を突いて出たらしいケラミーの言葉に、デュークたちもハッと我に返る。


「いや……なんていうか、この未開拓地の広さみたいなもんを、改めて感じたぜ。オレぁ」

「ええ。私も荒野にこんな場所があるなんて、驚いたわ。デューク、ここが」

「うん。地底湖だ」


 地下空洞をぐるりと俯瞰しながら、デュークは水際へと近付いていく。


 不純物がほとんど混ざっていないからだろうか。覗き込んだ水の中は信じられないほどの透明度で、それなりの水深があるようなのにも関わらず水底まではっきりと見渡すことができた。


 グローブを外し、デュークは鏡のような水面にそっと両手を突き入れた。


 ひんやりとした感触にしばし身を委ねた後、掬い上げた水にゆっくりと口を付ける。


「これは……塩水?」

「おい見ろ。水ん中、魚もいるみたいだぜ」


 湖の中には、たしかに何種類かの魚がゆらゆらと漂うように泳いでいる。どうやらこの湖でも生態系は存在しているようだった。


 その後もしばらくの間、デュークたち三人は思い思いに地底湖を探索した。


 ダルダノは壁面から突き出した水晶のような鉱石を興味深そうに観察しては採掘し、ケラミーも神秘的な地底湖の景色に目を輝かせながらあちこちを歩き回っていた。


 しかし、そろそろ探索も一通り終わった頃になっても、肝心要の「遺跡」の痕跡らしきものを見つけることはできなかった。


「まだたった一ヵ所目じゃない。落ち込むのはまだまだ全然早いわよ、ね?」

「そうそう。気を取り直して、次のスポットに向かおうぜ、デューク」


 溜息を吐くデュークに、ケラミーたちが励ましの言葉を口にする。


 気持ちを切り替えるように頭を振って、デュークも「もちろんだ」と頷いた。

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