第25話 おねだり和泉

 放課後の資料室で散々な目に遭った後。

 自分の部屋に戻ってきた俺は、和泉いずみと通話していた。

 誤解したまま学校を出て行ってしまった和泉を放置するわけにもいかないから。

 資料室に閉じ込められた経緯を伝え、誤解を正そうとしたのだ。

 ただし、野々部の目的を達成するための策略だったことは伏せた。

 たまたま生徒会の仕事を頼まれて会長と作業をしていると、誰かが間違ってカギを掛けて閉じ込められてしまったのだと説明するにとどめた。

 野々部のレジスタンス的な活動は、俺が勝手に表沙汰にしていいものだとは思わなかったから。別にあいつの肩を持つわけじゃない。俺まで仲間だと思われると面倒だったからだ。


『――そうだったんだ。でもホントにびっくりしたなー』


 幸い、俺を呼び出した校内放送は和泉も聞いていたから、疑われることはなかった。


『ていうか会長って、本当に塚本くんのこと好き過ぎるでしょ』

「前も言ったけど、ガキの頃の距離感が残ってるだけだって。見た目と違って幼いんだ、あいつは」

『ほーん、それにしては女を感じる仕草や態度でしたけどねえ』

「本当なんだよ。変な詮索をしようとするな」

『わかったよー。塚本くんはやっと俺に関わるなモードからこうして電話してくれるまでになったんだし、しつこくしないよ。せっかく縮めた距離をまた引き離されたくないからね』

「……まあでもあれだ。今日は助けられたから。感謝してるのは本当」

『そうそう、もっと褒めてくれていいよ。ていうか感謝してるなら明日からうちらのグループに入っちゃおうよ……って言いたいけど、塚本くんはそういうの嫌がるからね』

「よくわかったな」

『わたしは付き合いがいいからね。色んな人と付き合うとなると、相手が何を好きで何を嫌いか知っておく必要があるんだよ』


 コミュニケーション強者ならではの意見だ。動く地雷探知機だ。


『それはそうと、どうするの?』

「なにがだよ?」

『会長とおデートすることになったんでしょ?』

「なんで知ってんだよ!? 俺、そこまで話してなかっただろ?」

『実はねえ、塚本くんたちのところから逃げたあとには続きがあるんすわ。わたしの中の良心が、校内の中でえっちいことを許すのはいかんよなぁって警告してきて。止めようと思って戻ってたの。そしたら聞こえてきたんだ』

「最悪のタイミングだったな……」

『でも、羨ましいなぁって思ったよ』

「えっ、どう羨ましいんだ?」

『デートまで取り付けちゃうくらいだし、なんだかんだで会長が一番塚本くんの懐に飛び込んでる人だと思うんだよね。わたしも塚本くんと仲良くなりたい組として、そこは素直に羨ましいんだよ』

「安次嶺は単に押しが強いだけだぞ。できれば見習ってほしくない部分だ」

『モテる男はつらいっすねえ』

「これはモテてはいないだろ。そんな女っ気のある生活は送ってるつもりないし」

『放課後は屋上に消えて、女子の手作り弁当をごちそうになっちゃってるのに?』

「お前、それも見てたの!?」

『ううん。カマかけただけ。ていうかマジなん?』

「……ま、まあな。でも、なんでわかったんだよ?」

『ただの推理ですわよ。お昼は購買のパン持ってたはずなのに急に手ぶらになったし、じゃあ学食使ってるのかなと思ったら、友達に聞いたら見かけなかったって言うんだもん。中庭は内部生がいっぱいで塚本くんが行きそうにないし、だったらいそうな場所は、怖いギャルヤンキーが根城にしてるって噂でみんな避けてる屋上。手ぶらってことは、そこでお弁当でもごちそうになったのかなって想像で言っちゃいました』

「ギャルヤンキー……」


 確かに豊澤は、ヤンキーの荒っぽい怖さとギャルの華やかさを併せ持っていて、ヤンキーなのかギャルなのか分類が難しいところがあるな。


『お、心当たりあるって声。ちなみにわたしの予想では6組の豊澤朱音とよさわあかねちゃんと見た』

「お前、もう探偵にでもなった方がいいよ」

『うーん、連絡手段が途絶えた館とか島で容疑者みんな集めて推理するタイプの探偵ならいいんだけどねー。リアルなのは地味だし……わたし向きじゃないかな。で、弁当もらってるってわたしの予想はどう?』

「……一応は合ってる」


 ぼかして答えた。あいつが料理修行中なことは秘密だしな。


『マジで……? ていうかあたしが一番塚本くんと仲良くなれてないじゃん……』


 電話越しでも、ショックを受けていることがありありとわかる声を出す。

 そんな和泉の周囲から、先程から子どもの声みたいな音声が時折交じるのが聞こえた。


「和泉。悪いんだが、さっき聞こえる子どもの声は? 近所の子? まさか」

『幽霊じゃないって。うちのきょうだいたち。チビが多くてね。わたしが面倒見ることも多いの。ごめんね、うるさかった?』

「いいや、全然。面倒見がいいのは和泉らしいと思って」

『そう? 私ってそんなお姉ちゃんっぽかったかな? 塚本くんの面倒も今度から見てあげるね』

「俺は遠慮しとくよ」

『遠慮しなくてもいいのに。でも、今回のことで塚本くんはわたしにお礼しないとだよね。借りがあるんだもん』

「……まあ、それは」


 和泉のおかげで助かったようなものなので、何も礼をしないまま放ったらかしにしようとは、俺だって思っていない。


『じゃあ、考えとくから楽しみにしててね!』

「俺でもできることにしてくれよ?」

『わかってるよ~。わたしは無茶なお願いするタイプじゃないから~』


 まあコミュニケーション強者の和泉は、周りの人間に配慮した対応をいつもしているから、明らかに俺の負担になりそうなことは避けてくれそうだけど。

 お礼代わりにわたしたちのグループに入って! と言われないことを願うばかりだ。

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