第10話 掃きだめの街

 鉱山を後にしたレグルスたちは、王都へと向かうことにした。

 レグルスはホルスから受け取った布の服に身を包んでいた。鎧を着ていると目立ってしまうからということだった。


 王都に辿り着くと、門前には門番である女騎士たちの姿があった。

 レグルスは彼女たちを闇に乗じて斬り伏せると、王都内に侵入した。

 門を抜けた先に広がっていたのは王都の下層部。


「まさか戻ってこられるなんて……。鉱山に連れていかれた時点で、もう二度と帰ることはできないと思っていました」


 薄暗い路地の一角にあるボロ小屋のような家。

 そこがホルスの住居だった。


 澱んだ隙間風が差し込み、固いベッドと欠けたボロボロの木のテーブル。

 およそ文化的な生活とは程遠い、最低限生きるためだけの部屋。


 そこでホルスは負傷した男の手当をしてやっていた。レグルスは光の差さないくすんだ窓から外の街の様子を眺めていた。


 王都は上層と下層に分かれている。

 レグルスが近衛兵だった千年前は下層には庶民たちが住み、上層には貴族や王族たちが住むという区分けになっていた。エルスワース城も上層に位置している。

 下層の外れには貧困街があり、少年期のレグルスはそこで暮らしていた。

 現在は上層に女性の王族や貴族、女性の庶民たちが住み、そして下層に男たちがひとまとめに押し込められているのだという。


「この下層には男しかないのか」

「いえ。騎士団の女騎士たちが衛兵として常駐しています」


 レグルスの問いにホルスは答えた。

 下層には男たちを管理する女騎士たちの警備が張り巡らされている。

 下層から他の区画への移動はインフラの従事者など、ごく一部の例外を除いては固く禁じられているそうだ。


「それに上層に男がいないわけではありません。一部の身請けされた者たちはそちらの区画に住んでいます」

「……身請け?」

「上層の女性たちに気に入られると、身請けされることがあるんです。労働力だったり、子孫を残すための種馬として」


 ホルスは男の傷口に薄い布を巻きながら言った。


「生まれた子供が女子であれば上層で母親に育てられ、男子であれば幼少期を上層の隔離区画で過ごした後に、次代の労働力として下層に移送されます。僕たちもそうでした」


 そう説明すると、


「上層の女性たちのお眼鏡に適えば、この劣悪な暮らしから脱出できる。中には身請けされるために躍起になる人たちもいます」

「女騎士たちに気に入られるために、仲間を売る奴がいたりな」


 男はそう言うと、


「けど身請けされた連中も酷いもんだぜ。使われるだけ使われて、若さがなくなればすぐに次の男に変えられちまう」


 吐き捨てるように自嘲する。


「飼い主の機嫌一つで、虫けらみたいに潰されちまう。身請けされようが、結局俺たちは奴隷でしかないんだ」

「…………」


 しばらく窓の外を眺めていたレグルスは、ふと視線を切ると踵を返した。入り口の木製の扉の方に歩き出す。


「レグルスさん、どちらに?」

「少し街の様子を見たい」

「気を付けてください。外には巡回中の女騎士たちがいますから。目を付けられると厄介なことになります」

「ああ」


 魔剣を手に取ると、レグルスは外に出た。

 頭上の夜空は厚い鈍色の雲に覆われ、薄暗い路地はすえた匂いに満たされている。街の底には澱んだ瘴気が溜まっていた。


 広場に出ると、そこにはビキニアーマーの女騎士が数人いて、その前に布の服を着た男たちが並んでいるのが見えた。

 食糧の配給のようだった。労働と引き換えに支給されるのだろう。くたびれた様子の男たちが死んだ魚の目をしていた。


 再び路地に戻ると、ふと足下に影が動くのが見えた。路地の壁にもたれるように、ぼろ切れのような服を身に纏った男たちが蠢いていた。


 濁った黄色い目。

 骨張った身体からはすっかり生気が抜け落ち、操り糸が切れてしまったかのようだ。

 薬物でも決めているのだろうか。目の焦点が合っていない。言葉にならない、地獄の底から響いているかのようなうめき声を上げている。


 歩いているだけで気が滅入ってくる。まるで掃きだめだ。


 レグルスは自分の育った貧困街の光景を思い出していた。


 ――ウルスラ、これがお前が創りたかった世界なのか? お前はこんな世界を創るために王都に戦いを挑んだのか?


 レグルスは区画を隔てる石壁――その遙か向こうに望むエルスワース城を望む。


 ウルスラは今もなお、生きていた。千年前のあの日からずっと、このエルスワース王国の女王として君臨していた。

 ビキニアーマーを身につけた者もまた、魔剣と適合したレグルスと同様、朽ちない身体を手に入れることが出来るということらしい。


「なら、この国のビキニアーマーを着た連中は全員不老なのか」

『いいえ。不老なのはウルスラも含めた七人の女騎士だけ。汎用型のビキニアーマーにはそこまでの力はないはずよ』


 レグルスは路地の先にビキニアーマーを着た女騎士の姿を認めた。治安維持のために見回りをしているのだろう。

 彼女もまた、こちらに気づいた。にやりと笑みを浮かべる。


「……へえ。中々いい男じゃないの」

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