借り人競争で彼女が引いたお題が『○○』だったときのこと。

綾乃姫音真

借り人競争

 夏がようやく終わり、涼しいと感じる日が増えてきたものの紅葉には少し早い10月の日曜日。体育祭も順調に種目を消化し続け、次は3年生の借り物競走ならぬ借り人競争だった。


 1年生の私は噂でしか知らないけど、お題が中々に鬼畜らしいとは聞いたことがある。なんでも、引き直し禁止だから人によっては引いた瞬間に詰んでしまうこともあるとか。


 例えば、妹や弟というお題を一人っ子が引いたらどうしようもない。他には父親や母親を引いたとしても、そもそも家族が見に来ているとは限らない訳で……かなり運に左右されるらしい。


 他にも、彼氏彼女なんてモノもあるとか。付き合ってる相手が居ない場合もあるだろうし、仮に居たとしても勇気要るよね……全校生徒どころか、先生たちや見物に来ている不特定多数の前で発表するようなものだもん。お互いの同意と勇気が必要になる。


 しかも、彼氏彼女に関しては伝統的にゴールの前にキスをしないと認められないとか。クラスメイトどころか家族が応援に来ている可能性がある場で、だ。考えたくもない。最初に案を出した人間は馬鹿なんだと思う。それか嫌がらせか。


 それでいて所属する団に入るポイントが高いために競技として盛り上がると。


 スタートラインから走り出した先輩たちがトラックを応援席側から校舎側へと半周して、校庭の中央に伏せてあるカードを確認するとそれぞれのお題の対象を求めて散っていく。


 その時点で諦めたようにゴールへと向かって行くのは達成不可能なお題を引いてしまった人たちなんだろうな……。リタイアを申し出て、待機列に戻っていく。


 何組かのグループが終わったけど、無事にゴールできているのは半分くらいに見える。私が思っているよりも難易度が高いらしい。


「あ」


 スタート地点に見慣れた姿を見つけて、つい声を漏らしてしまった。女子にしては高い身長に、モデルのようなスラッとした長い手足。無駄な肉が付いてなくて細いのに、出るところはしっかり出ているスタイルの良さが周囲の目を惹いている。


 実際、男子に人気があって、告白されたなんて話をよく聞く。それでいて嫌味がない性格から女子にも友達が多いのか、校内では基本的に誰かと一緒に居る姿をよく見る。クラスで浮き気味の私とはえらい違いだ。


 不安げにお題のカードが伏せられているエリアを眺めているゆいちゃん。そうだよね、唯ちゃんって……運がよろしくないのか、不運に見舞われてはしょっちゅう嘆いてるから……お題が自分の引きに左右される時点で不安になる気持ちもわかる。


 けど、見てるだけの私としては、それはそれ。普段の自信に満ちた表情とのギャップに、つい可愛いなんて感想を抱いてしまう。さり気なくスマホを取り出して写真撮影。あとで見せてあげよっと。


 パンッ! 


 火薬の破裂音と共に10人の男女が走り出し、クラスごとに別れている応援席の前を走り抜けていく。早ければ選択肢が多いと取るのか、残り物には福があると考えるのか。なんとなく必死度の差に思考が透けているように見えて面白い。


 走っている全員が、白シャツに学年色である赤いハーフパンツという体操服姿なのに……唯ちゃんが1番似合っているように感じるのは私の贔屓目だろうか。ん? 体操服が似合ってるって褒め言葉じゃない? けど、唯ちゃんも私に言ってくるしなぁ。


 なんて思っている間に、私たち1年生の応援席の前を過ぎて後ろ姿しか見えなくなる。今日も唯ちゃんのポニーテールは元気に跳ねていた。


 やがてお題のカードを手に取った唯ちゃんがその場で天を仰いだ。口元がブツブツとなにかを呟いている。読唇術なんて持ってないからわからないけど、なんとなく迷ってる感じ?


「変なの引いたのかな……どんまい」


 その視線が1年生の応援席に向き、最前列に座っていた私を捉えたような気がする。


「え……」


 待って、思わず天を仰いじゃうようなお題なんだよね? 私を見ないで欲しいんだけど……正直、嫌な予感がする。そして嫌な予感というのは当たる訳で――。


 近づいてくる唯ちゃんの姿を見たクラスメイトたちが男女問わずざわめく。ワンチャン私が目的じゃありませんように。恐らく他の人たちとは真逆のことを願ってしまう。


詩乃しの


 うえぇ……やっぱり私だ……。


「はい、唯――唯先輩」


 危うく普段通り「ちゃん」付けで呼びそうになって、慌てて言い直す。ふたりきりのときなら問題ないけど、周りに生徒が居ると面倒くさいのが出てきかねないから気をつけないと。


 そして同時に失敗にも気づく私。唯ちゃんのことを普通に下の名前で呼んだことをクラスメイトたちが不審がっているのがわかる。そうだよねぇ……部活も違うし、委員会も違うから接点がないと思うもんね。


 唯ちゃんは唯ちゃんで慣れた感じで私の下の名前を呼んでるし、疑問に思われてしまうのもわかる。


「悪いけど一緒に来てくれる?」


「……わかりました」


 お題を先に確認したいなぁ……けど、唯ちゃんが自分から言わないってことは、あんまり良いモノじゃないことが想像つく。引いた直後の反応からしても間違いないはず。


 緩く張られたトラロープを跨ぐようにして越えて並ぶと、唯ちゃんが見下ろしてきた。


「上にジャージ着てるのね」


 種目に出場中は半袖ハーパンが義務付けられているけど、応援中は自由だよ? 私はシャツの上に学年色である緑のジャージを着ていて、下はハーパンだから……確かに上下ともに緑で微妙かも……。


 どうせなら赤か紺が良かったなぁ。こればかりは生まれた年次第だから仕方ないんだけどね。唯ちゃんは緑か紺が羨ましいって言ってたから、自分の学年色以外が良く見えるんだと思う。


「汗で透けるの嫌だから」


 応援の声に掻き消されて唯ちゃん以外には聞こえてないだろうし、敬語は取っ払う。


「納得。それじゃ行きましょうか」


 唯ちゃんが伸ばしてきた手に一瞬だけ迷う――って、ゴールは手を繋がないとダメなんだっけ? ルール的に。なら問題ないか。私の右手と唯ちゃんの左手が重なり、握り合う。


 うん、今日も優しさを感じる体温と柔らかさだ。少し汗でベタついてるけど、お互い様だし今更気にしない。真夏に汗びっしょりの状態で抱きついてくるような唯ちゃんだし慣れてる。


「構わないけど、お題ってなんなの?」


「え――ゴールまで内緒で」


 トランプサイズのお題カードを見ようとしたけれど、サッと隠す唯ちゃん。よっぽど見られたくないのかハーパンのポケットに仕舞っている……私が見たら逃げると思われてる気がするなぁ。伝統のお題が頭を過る。引いた瞬間の反応も辻褄が合うし。


 しかも私から目を逸したことで嫌な予感が膨れ上がっていく。これさ……同性の後輩とか、友達みたいな雰囲気じゃないよね? 例のお題で確定じゃない? だけど、仮にここで拒否しても唯ちゃんがゴールできなくなるだけなので、私としてはついていくしかない。


 校庭の校舎側に建てられている運営テント前にあるゴールの手前に来たところでチェック係にお題カードを渡す唯ちゃんだけど……係のひとが明らかに驚いた様子なのがさぁ……女同士ってことに驚いてるんじゃないの?


「では朝礼台の上へどうぞ」


 え? なんでそっちに誘導されるの!? 唯ちゃんはこうなることがわかっていたのか驚いてないし……。


 ここまで来て逃げる訳にも行かず、恐る恐る唯ちゃんと一緒に朝礼台へ上る。もう確信しつつある私だけど、違いますように! と祈ってしまう。


「やっぱ注目されるわね」


 唯ちゃんの言葉で校庭に視線を向けると、大勢の人たちが朝礼台に乗っている私たちを見ているのがわかる。


「そ、それで……私はなんのために連れてこられたの?」


「……こうするためよ」


 向き合う形になるように促された。そして両肩に手を置かれる。私と唯ちゃんがキスをするときの定番の流れだった。


「えっと、本気ですか?」


「わたしが引いたカード……『彼女』だったのよ」


 やっぱり! つまり唯ちゃんがゴールするにはキスが必要ってことで――え、私、こんな大勢に見られながらキスするの!?


「ま、待って――」


 私の制止の言葉が聞こえてるだろうに、唯ちゃんは意を決したように大きく息を吐くと――ゆっくり顔を近づけてくる。


 見られてるのが嫌で嫌で仕方ないのに、私は唯ちゃんがキスしやすいように顔を上げてしまう。無意識だった。唯ちゃんと繰り返してきた行為は身体に染み付いてしまっているんだなと思った。


「――ん」


「――ふ、ぁ」


 唇が触れ合った瞬間、周囲がドッと沸いたのがわかる。1度意識してしまうと「唯ちゃんとキスをする喜び」と「見られる恥ずかしさ」が逆転してしまい、顔が真っ赤になるのが自覚できた。


 無理無理無理無理! 唯ちゃん長いって! 見られてるんだよ!?


「ふふっ、詩乃ったら真っ赤になってる」

 

 唇を離した彼女の第一声がそれだった。


「だ、誰だってなるに決まってるじゃん!」


 そう言う唯ちゃんも人のこと言えないから!


「まぁね。けどありがと。これで無事ゴールできるわ」


 うぅ……役に立てたのは嬉しいんだけど、大きな問題が残ってるよね!?


「学校中に私たちが付き合ってることを公言したのと変わらないんだけど……」


 朝礼台を下りながら文句を言ってしまう。


「わたしは半年もしないで卒業だから」


 んな!?


「わ、私はあと2年半もあるんだけど?」


「伝説になるかもね。キスするカップルは過去にも居ただろうけど……女の子同士だし」


「唯ちゃん、私がクラスで浮いてるの知ってるよね? 完全にハブられると思うんだけど!」


 唯ちゃんに選ばれた時点で敵意ある視線を向けられてたの気づいてるよね? ね?


「逆に話すキッカケになって友達のひとりやふたりくらいできる可能性もあるでしょ?」


「そうかなぁ……」


 その可能性は低いように感じる、というか、このあと応援席に戻るのが怖い。


「さ、ゴールしましょ。大丈夫よ。もしイジメられたりしたら責任持って守ってあげるから」


「唯ちゃん……」


 私の手を取る唯ちゃん。その笑顔を見ると、怒りと不安が和らいでいくのを感じる。そうだよね、自分で原因を作っておきながら見捨てるような冷たい人じゃないから私は好きになったんだもん。


「――卒業までは」


「唯ちゃん!!」


 ゴールテープを切ると同時に付け加えられた言葉に、魂から叫んでしまう私だった。


 ちなみに、クラスの中心からは完全にハブられたけど……友達と自信を持って言える相手も数人できるのだった。


 これが私の高校生活、第2のスタート。

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借り人競争で彼女が引いたお題が『○○』だったときのこと。 綾乃姫音真 @ayanohime

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