「わたしが君を支えてあげる」校内No.1美少女からそう言われた

藍条森也

ふたりのはじまり

 「わたしが君を支えてあげる」

 高校二年の春のある日、鳥飼とりかいしょう一郎いちろうはいきなり、そう言われた。

 それも、校内No.1美少女、現役グラビアアイドルの三年女子、葛西かさいみづきから。しかも、よりによって他の生徒たちがたむろしているクラスのなかで。

 「な、なんなんですか、いきなり……」

 クラスメートたちの注目が集まるなか、しょう一郎いちろうはようやくそれだけを言った。

 みづきはまぶしいほどの美貌と、それよりもっとまぶしい胸のふくらみを見せつけながら答えた。

 「鳥飼とりかいくんは『空飛ぶ部屋』を作ろうとしているんでしょう?」

 「そ、そうですけど……」

 空飛ぶ部屋。

 それは、しょう一郎いちろうの悲願。

 日本は災害列島だ。地震、津波、台風。様々な災害が毎年のように襲ってくる。そして、そのたびに家屋は倒壊し、道路は分断され、孤立した地域が生まれ、多くの人たちが亡くなっていく。だから――。

 ――そんなことをなくしたい。

 しょう一郎いちろうはそう思った。

 もし、災害が起きたとき、どの家にも『空飛ぶ部屋』があったら?

 地震が来ようが、津波が来ようが、部屋にいたまま空に逃げてしまえば関係ない。道路が破損しても問題ないし、そもそも、『空飛ぶ部屋』が当たり前になれば道路自体、必要ない。いつでも、どこからでも、空を飛んで好きな場所に移動出来る。どんな災害からも逃げられる。だから――。

 ――空飛ぶ部屋を作る。

 しょう一郎いちろうはそう決めた。

 幸い、しょう一郎いちろうには機械の設計のために必要な数学的な才能は充分にあった。その才能を生かし、独学で研究をつづけてきた。なぜ、独学かというと誰からも相手にされなかったからだ。

 「『空飛ぶ部屋』? そんなお伽噺とぎばなしみたいなこと、本気で言ってるのかよ?」

 話を聞いた誰もがそうわらった。

 教師からも『せっかくの才能を、そんなお伽噺とぎばなしで無駄にするな』と何度も言われた。

 それでも、しょう一郎いちろうは研究をつづけてきた。

 「飛行機だって、月ロケットだって、実現する前は『出来るわけがない』と言われていたんだ。それが見ろ。飛行機だって、月ロケットだって、ちゃんと実現されたじゃないか。人類の歴史は『出来ない』と言われていたことが出来るようになったことの繰り返しだ。『空飛ぶ部屋』だって、きっとできる」

 そう信じ、たったひとり、研究に励んできた。

 そもそも、現代の技術をもってすれば『空飛ぶ部屋』を作ることなど簡単だ。要するに、小型の飛行船を作ればいいのだ。部屋としての機能をもつ飛行船を作り、家の上に乗せておく。ただ、それだけで『空飛ぶ部屋』は完成する。動力には燃料電池を使えばいい。燃料電池があれば災害時にも水と、熱と、電気を手に入れられる。

 問題は、燃料電池の性能、飛行船を浮かせるための水素を詰めた気嚢きのうをどう収納するか、水素の安全性をどう確保するか。その三点。

 「だけど、そんなことは技術上の問題だ。技術上の問題ならクリアできる」

 その思いのもと、しょう一郎いちろうは研究をつづけている。

 「どうしても……」

 と、みづきは言った。

 その表情は深刻と言っていいほどに真剣なもので、冗談やシャレで言っているように思えなかった。

 「どうしても、『空飛ぶ部屋』を実現してほしいの。わたしはグラビアアイドルとしてそれなりに稼いでいるわ。そのお金をすべて提供するから、鳥飼とりかいくんには『空飛ぶ部屋』の研究に専念してほしい」

 その言葉に――。

 しょう一郎いちろうはムッとなった。

 本気で腹を立てた。

 ――なんだよ、それ? おれにヒモになれって言うのか?

 そんなことができるか!

 そう叫びたいのを必死にこらえ、しょう一郎いちろうはせいぜい穏やかに――それでも、かなりぶっきらぼうに――校内No.1美少女の先輩女子に言った。

 「人をからかいたいなら、よそを当たってください。おれは本気で『空飛ぶ部屋』を研究しているんです。悪ふざけに付き合っている暇はありません」

 「わたしも本気よ。どうしても『空飛ぶ部屋』を実現してほしいの」

 「帰ってください」

 きっぱりと――。

 しょう一郎いちろうはそう言った。

 みづきは目を閉じた。軽く溜め息をついたようだった。

 「また、来るわ」

 「もう来ないでください」

 しょう一郎いちろうはそう言った。だが――。

 みづきは言葉通り、その日から毎日、しょう一郎いちろうのもとにやってきた。

 話の内容はいつも同じ。

 「お金はわたしが出すから、なんとしても『空飛ぶ部屋』を実現させて」

 そればかり。

 何日もそれがつづいたのでしょう一郎いちろうはとうとう尋ねた。

 「どうして……どうして、そこまで『空飛ぶ部屋』を作ってほしいんです?」

 「……わたしの両親は地震で死んだの」

 「えっ?」

 「わたしが子どもの頃。旅行中、たまたま大地震に見舞われて倒壊した家屋の下敷きになって。わたしは祖父母に預けられていて無事だった」

 「そ、そうだったんですか……」

 ――まずいことを聞いちまったな。

 さすがにバツの悪い思いをするしょう一郎いちろうだった。

 「だから、君が『空飛ぶ部屋』を研究しているって聞いたとき、どうしても実現してほしいと思った。『空飛ぶ部屋』があれば、両親はきっと死なずにすんだ。すぐに空に逃げて無事だったはず。もう二度と両親のような被害者を出さないために、子どもの頃のわたしのような思いをする人を出さないために。

 グラビアアイドルになったのだって、防災技術の研究に資金を出せるようになるためだもの。だから、『空飛ぶ部屋』の研究のために協力したかった。でも……」

 みづきはそこまで言うと『ふうっ』と、息をついた。

 「……確かに、いきなり失礼な言い方だったわね。最初からきちんと説明するべきだった。そのことは謝るわ。ごめんなさい」

 でも――。

 と、みづきはつづけた。

 「また、来るわ。あなたがその気になってくれるまで、何度でも」

 そう言って、みづきは去っていった。


 翌日からみづきはやってこなくなった。

 気にしたしょう一郎いちろうがそれとなく聞いてみると、グラビア撮影のために海外に出ているのだという。

 ――おれのことを見限ったわけじゃないんだ。

 しょう一郎いちろうはそう思い、ホッとした。でも――。

 ――みづき先輩は、本気でおれに『空飛ぶ部屋』作りを依頼してきたんだ。自分のような思いをする人を出さないために。決して、からかっていたわけじゃない。『ヒモになれ』なんて、そんなことを思っていたわけじゃない。次にみづき先輩が来たらおれは、どう答えればいいんだ?

 次?

 そもそも、次なんてあるのか?

 もういい加減、愛想を尽かしてこなくなるんじゃないか?

 「……それは、いやだな」

 形はどうあれ、はじめて自分の目的を認めたくれた人。その人とこのまま会えなくなるなんて……。

 ――まてよ? おれはそもそも、理解者を求めたか? 協力してくれる人を探そうとしたか? 身のまわりの人間にわらわれただけで勝手に『理解者なんて誰もいない』なんてねてなかったか?

 世界には七〇億からの人間がいるというのに。

 ネットを使えば世界中の人間とつながることが出来るというのに。

 世界中に呼びかければきっと、思いを同じくする人間はいるはずなのに。

 ――そうとも。みづき先輩はおれの目的を認めてくれた。だったら、他にも必ずいる。そんな人たちを探せばいいんだ。

 「そうとも」

 しょう一郎いちろうはひとり、言った。

 「おれから誘えばいいんだ」


 そして、みづきが撮影旅行から帰ってきたとき、しょう一郎いちろうはみづきのクラスに向かった。南国の日の光を浴びてより一致、美しく輝くみづきの肌を前にはっきりと言った。

 「みづき先輩。おれは自分の会社を作ります。日本中、いや、世界中に呼びかけて同じ思いをもつ人間を集めて『空飛ぶ部屋』を作る会社を興します。そのために、協力してください。あなたの人生を……おれにください」

 その言葉に――。

 みづきは涙ぐんだ。

 美しい瞳に涙を溜めたまま、微笑んだ。

 「……ありがとう。その言葉がほしかったの」

 このとき、この瞬間が――。

 ふたりの人生のスタートだった。

                 完

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