ゴールのちスタート

三咲みき

ゴールのちスタート

『合格はゴールじゃない。スタートだ』


 受験シーズンによく耳にしていた言葉。合格してそれで終わりじゃない、そこから君たちの大学生活がスタートするんだ。学年集会や進路説明会があるたびに、先生たちが口にしていた。



 じゃあ、受験に失敗した俺は、どうなのだろうか。



 人生で初めての挫折だった。

 これまで多くの人の挫折を見聞きしてきた。それはテレビの中で、あるいは漫画の中で。それで胸が締め付けられるように感じたこともあった。でも所詮それは他人事。

 自分の人生に挫折なんて、絶対にないと思っていた。


 不合格を突きつけられたあの瞬間、目の前が真っ暗になった。今までの努力をすべて否定された気がした。これからどうやって生きたらいいのか、自分の人生はもう終わったと思った。悲しいとか悔しいとかよりも、動揺の気持ちのほうが大きかった。合格者の歓声が聞こえる中、自分だけが暗闇に取り残されたような気持ちになった。


 心に穴が空いたまま家に帰ると、母さんが台所で夕飯の支度をしていた。俺の顔を見て察したのか、何も聞いてこなかった。そっとしておいてくれることが、その時の俺には有り難かった。


 晩御飯の時間になって、リビングに行くと、食卓には俺の好物ばかりが並べられていた。

 「お疲れさま」と言いながら、炊きたての白ご飯をよそってくれた。熱々のご飯を一口、そして生姜入りの味噌汁を口にしたとき、優しい味が口内に広がって、それがなんだか温かくて、俺の中で何かが決壊した。


「ごめん、母さん………。俺、ダメだった………」


 我慢してたわけじゃないのに、涙が次々に零れ落ちた。


「次は絶対、合格してみせるから、もう一年………頑張らせて」


 模試のたびに弁当を持たせてくれた、夜食を作ってくれた。決して安くはない予備校代を払ってくれた。決して口うるさく干渉はしないが、陰で支えてくれたこと。

 これまでと同じ日々を、またもう一年繰り返すのだ。自分も辛いが、親だって辛い。


 それなのに、母さんは俺の言葉に黙って頷いてくれた。


 次こそは絶対に合格を勝ち取って見せる、そう決意した。



―――そして迎えた今日。


 たった今配られた問題用紙を見つめた。


「20☓☓年◯◯大学理学部前期入試試験」


 それを見て、ゆっくりと深呼吸しながら目を閉じた。


 あの日から、一年が経過した。不合格を突きつけられたあの日から。


『合格はゴールじゃない。スタートだ』

 確かに、合格を掴み取ったやつらは、四月になれば新生活が始まる。その意味で、合格はスタートとも言える。だけど、合格がゴールであることに変わりはない。それを目標に今までひたすら駆け抜けてきたのだから。


 ゴールした瞬間、それは次のスタートになる。それはあの日合格できなかった自分も同じ。


 人生最初の挫折を味わった合格発表の日。そこから立ち上がり、もう一度苦しい日々を乗り越え、今がある。


 次こそは、必ず……!


 もう一度立ち上がったことで、自分の中で何かが変わった。不合格で人生が終わったんじゃない。始まったんだ。

 苦しかった日々があるから、これからどんな困難にぶつかっても、乗り越えていけそうな気がする。


 今日までの努力が報われても、そうでなくても、あの日は間違いなく、新しい人生のスタートだった。

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