短編③

 大学生活が始まってから一か月が経過したのだが、どうにもこうにも真藤さんの様子がおかしい。というか距離感がバグってるとしか思えない。授業のコマ割りも一緒に決めようねと言っていたはずが、強制的に全て一緒になり、ほぼほぼ毎日通学を共にしている日々だ。


 嬉しくてしょうがないのだけど、たまに彼女は姿を消す。気づいたら他の男と喋っていたりもして不安になるのだけど、聞いた所で彼女の彼氏ではないのだから、僕には束縛する権利も持ち合わせていない。


 家が隣なだけの関係、にしては毎日ご飯作りに来てくれたり、毎朝起こしに来てくれたりするのだから、ハッキリ言って彼女の好意がどこに向かっているのかサッパリなのが本音だ。口にして問いただすのが正解なのかもしれないが、それをきっかけに嫌われそうな気もするので出来ずにいる。


 我ながら、何とも優柔不断で情けない話だ。

 それとは別に、少々気になる部分もあったりする。

 

「高校の時は結構伸ばしてたよね」


 家でお昼ご飯を作ってくれる彼女に対してこんな質問を投げかけてみた。高校の時の彼女は腰のあたりまであるロングヘアだったのに対し、今はショートカットだ。とても似合っているし可愛いと思うけど、女性が髪を切る理由は失恋というのが定番である。


 しかして真藤さんは高校時代に誰とも付き合っていない。

 なぜ? に理由なんかないかもしれないけど、それでも聞いてみたんだ。


「あー、うん、本当はショートが好きなんだけど、前がロングだったから伸ばしてたんだ」

「前?」

「ま……あ、ううん! 違う! 間違い! 新生活に向けて自分を変えようと思ったの!」


 慌てて言い直した真藤さんだったけど、何か隠し事でもあるのだろうか?

 でも、ちょうどいい機会だとし、僕は胸の内を打ち明ける事にした。


「変な話なんだけどさ」

「うん」

「隠し事があった方が、僕としては安心できる」

「……なにそれ」


 1DK、さして広くもない部屋で僕は正座する。 


「真藤さんが側にいてくれる事は凄く嬉しい、でも、いろいろと腑に落ちない点が多いんだよ。なんていうか不自然なんだ。僕の側に真藤さんがいる理由が分からない。彼氏でもないし彼女でもない、なのに真藤さんの距離感は夫婦のそれだ。僕という存在を心から受け入れてくれるのは嬉しいけど、根拠のないそれは何ていうか……ちょっと、不気味なんだ」


 言葉が悪かったかもしれない、でも、これが今の僕の本音だ。

 人間、優しくされれば嬉しいと思うけど、行き過ぎた優しさには裏を感じてしまう。


 現状、真藤さんは凄く優しいし、僕に尽くしてくれている。

 見返りも求めずにするそれは、親子の無償の愛に近い。

 でも、その理由が僕にはさっぱりなんだ。


 キッチンに立ち、布巾でお皿を拭いている真藤さんは、その手を止めた。

 部屋の古い畳の上を歩くと、俯いたまま僕の前に正座する。


「……怖い」

「……何が?」

「全部話すのが、とても怖い」


 理由ありきなのは分かっていた。

 そうじゃなきゃこんなのあり得ないんだ。


 憧れの人が急に隣人になり、当然のように僕に尽くしてくれるなんて都合が良すぎる。 

 質の悪い小説のプロットのような内容だ、現実的じゃない。


「大丈夫だよ、全部話してくれた方が、僕は安心する」

「本当に……?」

「ああ、真藤さんの中の僕がどういう評価なのかは分からないけど、君の中の僕が信じられるようなら、僕を信じて欲しい」

「……小難しい言い回し、本当に変わらないね」

「変わらない? なんか、昔から知っているみたいな言い方だね」

「……うん、知ってる。だって、貴方と私は、違う未来で夫婦になっていたのだから」


 そこからの真藤さんの話は、とても僕には信じられないものばかりだった。

 彼女は別の世界線で生きた存在であり、二度目の人生なのだと語る。

 

「ヒツジさんと出会ったのは、このアパートなのは変わらないの」

「……そうなんだ」

「ごめんね、前回、同じ高校だったって知らなくて……違う未来を歩いてしまったら、私達の子供達に会えないかもしれない。そう考えたら、違う行動を取るのが怖くて……本当は、高校生の時から仲良くしたかったんだよ? でも、出来なかったの」


 当然だろう、彼女が懸念しているのは有名なバタフライ効果って奴だ。過去で蝶を一匹踏んづけた事により人類が滅亡しているかもしれない、そんな内容だった気がする。


 高校生で僕が真藤さんと仲良くなってしまったら、カメラにだって興味を持たなかっただろうし、必ず休みのどこかでデートに行ってしまうのだろう。それがどういう結果になるか、もしかしたら既存の未来よりも酷い結果になるかもしれない、最悪死ぬことだってありえる。


「打ち明けてくれてありがとう……その、生まれて来る子達って、可愛いかった?」

「うん……とっても、目に入れても痛くないって、ヒツジさんは言ってたよ」

「そっか、それは是非見てみたいな」


 僕と真藤さんの子供か……前回の僕とやら、それはそれは喜んだんだろうな。

 一体どうやって彼女と恋仲になり夫婦になったのか、是非とも教えて頂きたい。

 相当、努力したんだろうな。


「ヒー君……」

「ヒー君? そうやって僕のことを呼んでたの?」

「うん。ヒー君は私のことをスイちゃんって呼んでた」

「そっか、その名前で今から呼んじゃってもいのかな」

「……多分、大丈夫だと思う。実は、既にちょっとだけ過去を変えちゃってるから」


 既に過去が変わってる? 一体どの部分を変えたんだろう。


「ヒー君ね、私の初めては全部僕が欲しかったって言ってたんだ」

「え」

「前回は、そういう価値観とか無かったから。でも、今回は全部残してあるよ」

「……そ、それって」

「うん、これが、今の私のファーストキス……」

 

 彼女の言う前回とは違う未来。

 それでも、僕は彼女が目指す同じ未来を目指すと決めた。


§


 大学を卒業し、僕は一般企業へと就職し、彼女は小学校教諭として就任する。

 彼女の記憶に残る日に愛を育み、長女の日奈ひな、長男のれんを無事に出産するに至った。


「課長、申し訳ありませんが、本日から一週間ほど有給をお願いします」

「入社当初から言っていた奴だね、構わない、ゆっくりと休んできなさい」

「ありがとうございます」


 そして、彼女がタイムリープをした当日を、僕達は迎える。

 前回、彼女は暴走したトラックにぶつかり、その命を絶ってしまったと言っていた。


 それを全力で避ける。

 映画のように死の運命が、死神の鎌が彼女を捕らえて離さないかもしれない。

 健康状態は問題なし、陰影も一切なし、ありとあらゆる検査も問題なしだ。

 

 前回とは違い有給休暇も取った、彼女の側にずっといる。

 外出はそのまま事故死に繋がる、一週間、家から絶対に一歩も出ない。

 食料も水も調達した、火山が噴火する予兆も世界が終わる兆候もない。


「スイ」

「ヒー君……」

「大丈夫だ、絶対に乗り切ってみせる」


 まだ小さい子供達と一緒に、大切な妻を守り抜く。

 その為に、別世界の神様が僕達に奇跡を起こしてくれたんだろ?

 だから……こっちの世界の神様、どうか俺の大切な人を、奪わないでくれ。


「あ、あぁ、ああ!?」


 突如、彼女の身体が光始めた。

 そして、つま先から光に包まれ消えていく。


「いや、いや! ヒー君、私、過去に行きたくない!」

「スイ!」

「お願い、私、子供達と一緒に生きていたい! どうして、なんで――!」


 抱き締めていた彼女の感触が、光になって消えた。

 着ていた服だけが、その場に落ちる。


「……嘘だろ」


 タイムリープ、前回、この時間で彼女は死んでしまったから。

 もう、その運命からは逃げられないというのか。

 だとしたら、一体何のために……どうして。


「……パパ」

「……日奈、ごめんな」

「んーん、あのね、パパに電話。ママが何とかって言ってる……」


 ママからの電話? そんな馬鹿な、スイは今さっき消えたはずじゃ……。

 娘から手渡された電話を、震える手で耳に当てる。


「……はい、杉野下ですが」

『杉野下ヒツジさんで宜しかったでしょうか? 私、◎◎署の者なのですが』

「警察?」

『奥様が事故に遭われました』


 ……タイムリープ、まさか、こっちの未来と繋がってしまったのか。


『杉野下さん?』

「あ、ああ、聞こえています」

『奥様は◎◎病院に搬送されましたので、ご主人様が迎えに行くようお願いします』


 迎えに行く? 


「……え、つ、妻は、無事なのですか……?」

『はい、咄嗟に身体を捻ってトラックを避けたとの事です。何でも、死んでたまるかー! って叫んでいたとか……それでも、腕の骨を折る重傷です。旦那様に早く会いたいと叫んでいますよ』 


 涙が止まらなかった。

 病院に急いで向かうと、そこにはベッドで横たわる彼女の笑顔があった。

 

「ヒー君……ありがとう」

「いいよ、君が生きててくれて、本当に嬉しい」


 痛々しい彼女を優しく抱き締め、唇を重ねる。

 

「私ね……ここまで来るのに、本当に大変だったんだ」

「……そうなんだ」

「何回やり直したと思う?」


 そう微笑む彼女の問に答えるのが、ちょっとだけ怖かった。

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暴走トラックにはねられて死んだー! って思ったらタイムリープしてた。もう一度子供に会いたいので、若かりし旦那に猛アタックして陥落させたいと思います。 書峰颯@『幼馴染』コミカライズ進行中! @sokin

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