9・横手にて・弐

 二人の侍女が慌てて部屋を後にすると今度は駒に話し掛ける。

「城の者達を穏便に村に帰したい。協力して欲しい。」

「…酷い事はしないのね?」

俺の頼みにそう聞き返す駒。

「これ以上は一人の死者も出したくない。」

「分かった…」


そう駒が答えるのと時を同じくして、

「姫様!わ、若様も、御無事でしたか!」

そう言って下働きの者達が駆け込んで来た。

「皆、御免なさい。状況は聞いていますね?」

顔を伏せて駒がそう話し掛ける。

「は、はい…」

道中に居た山之井の兵や俺の姿を見て理解はしていたのだろう。それでも悔しそうに顔を顰めて彼等は答える。

「では、この人の指示に従って動いて頂戴。」

その言葉に視線が俺に向く。針の莚と言うのはこう言う事を言うのだなと実感する。


「まず、御先代と駒殿に民草に無体はせぬと固く約束した。それは最初に誓っておこう。最初に各自自分の荷物を纏めよ。この館は夜明けには火を放つ。」

その言葉に驚きの気配が広がる。

「その後は経貞殿の指示に従い、横手家の大切な品々を纏めるのだ。菩提寺に運ばねばならぬ。それでは自分の荷物を纏めた者からここへ戻れ、急げ!」

俺の号令の下、下働きの者は走り出す。


「駒殿、弟君は俺が預かる。お主は侍女と共に自分達の荷物を纏めてくれ。すまんが自分で持てる分だけだ。山を歩くぞ、そのつもりで着替えもしておいて欲しい。」

続いて駒に声を掛ける。

 それを聞いて駒は弟と俺を交互に何度か見やった後、人質と分かっていても弟を抱いたままでは支度が出来ないと観念したのか、腕に抱いた弟を俺に渡すと不安そうに俺の腕の中の弟を振り返って見ながら出て行った。


 見知らぬ者に抱かれて呆然とする孫三郎をあやしながら暫く待つと、経貞が戻って来た様だ。

「大殿様ぁ!」

そう嘆く人の声が聞こえてくる。遺体を運ぶ為に呼ばれた兵の物だろう。傍に控える兵に経貞を呼びに行かせる。

「…次は何を?」

恨みがましそうにそう聞く経貞に、

「米蔵と銭蔵の場所を聞きたい。どの位入っているかもだ。」

「米蔵は厨の裏に一つと下の廓に二つ。下の二つは実野から送られてきた兵糧が詰まっている。銭は殿が自室で管理されて居たから知らん。蔵に入れる程の銭が無いのは確かだ。」

俺の質問に汚い物を見るような目と共にそう答える。成程、予め兵糧も蓄えられていたと言う事は実野は本気なのだな。


「では、荷を纏めた下働きの者がすぐに戻って来る。彼等を指揮して横手の家の家宝や先祖伝来の物を運び出せ。扱いは貴殿に一任する。駒殿と相談しどちらが持って行くか決められよ。それから御自分の荷物が有るならそれも急ぎ纏められよ。」

この場に残っていた所から見ても彼は横手の一族か信の篤い者だろう。二人の子供を連れ去れば、ここを治めるのは彼か盆地の中央から新たに派遣された者になるはずだ。であれば彼に任せるのが懸命だろう。

「あの、父や祖父の物は…」

そこへ駒がそう尋ねに戻って来た。

「良い所へ戻って来てくれた。経貞殿と相談して孫三郎殿の将来に必要そうな物を見繕ってくれ。それから銭が見つかったら伝えてくれ。」

「分かった…」

またも汚い物を見る様な目で見られる。この先彼等にも銭が必ず必要になるのだが…


「若様!なんと御立派な…」

駆け込んで来るなりそう言って言葉を詰まらせ涙を流すのは行方の知れなかった康兵衛だった。

「康兵衛!生きていてくれたのか!?」

思わず立ち上がり声が大きくなる。

「うぇ、えぇー…」

それに驚いて腕の中で眠っていた孫三郎が泣き出してしまう。

「す、すまん、孫三郎、悪かった。」

慌ててあやしながらも、康兵衛の様子を観察すると手足に傷を負っている。

「何人居る。怪我の手当ては?歩けぬ者はどの位居る?」

康兵衛の涙に釣られる様に思わず溢れ出した涙を拭いながら矢継ぎ早にそう聞くと、

「全部で十人程です。手当ては何も。歩けぬ者は皆…」

殺されてしまったか…仕方あるまい、歩けぬ程の傷を負った者は余程の者でなければ利用価値が無いからな。

「おい、薬や布を出させるんだ。」

近くの兵にそう命じると、

「皆を連れて来て手当てをするんだ。それが済んだら手を貸してくれ。」

「はい、はい、すぐに…」

康兵衛は最期まで涙を流しながら部屋を飛び出して行った。


「あの…銭有ったわ…それと家の物は流石に一人で運べる量じゃなくて…」

康兵衛が飛び出して行くと、それを待っていたかの様に駒が入ってくる。

「言葉が足りなかった、寺に運ぶ分に関しては皆で運んでくれて構わない。勿論夜明けまでだが。お主達二人の分はすまんが自分で背負えるだけだ。」

質問にそう答えると、

「…里に、侍女に持たせるのも駄目?」

遠慮がちにそう聞き返された。

「侍女が付いて来てくれるならその分は構わない。銭は男衆にここへ運ばせてくれ。」

「分かった…」


 駒が出て行くと直ぐに葛篭に入った銭が運ばれて来る。二つあるのは先代と当代が別に管理していたからだろう。

 銀も合わせて三十貫程。この規模の国人ではこの程度だろう。山之井は規模に比べれば大分恵まれているのだと知る。

 小さい方の葛篭に銭を六貫入れて、銀は懐に仕舞う。その葛篭を担ぐと、

「ちと裏の連中の所へ行って来る。利助、付き合ってくれ。」

そう言って利助を伴いその場を離れた。

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