友達の恋愛相談と言いつつ自分のことだと思ったのに本当に友達の話だった

マノイ

本編

『はい雑魚乙~』

『マジかよ!』


 目の前のモニターには俺が操作するキャラクターが敗北してがっかりする姿が映し出されている。


『もう一回だもう一回』

『ふふん、何度でもかかってきなさい。先輩ごとき軽く捻ってあげますから』

『余裕なのも今の内だぜ。次は本気キャラで行くからな』

『あはは、それいつもの負けフラグですよね』

『うっせ』


 ボイスチャットで会話しながらオンラインゲームで対戦している相手は俺の一つ下の後輩、三澄みすみ 羽菜はな。中学の頃に委員会で知り合った女子で、同じゲームが好きということで意気投合して高二になった今でもこうして遊ぶ機会が多い。


 ゲーム中は盛り上げるためにわざと煽ってくることもあるが、普段は普通に明るく可愛い女子だ。可愛いというのは慕われているがゆえの贔屓目かも知れないけどな。


『そういえば先輩に聞きたい事あるんですけど』

『ん~なんだ?』


 ゲームをすると言っても常にガチバトルを続けるという訳では無い。惰性というか、世間話をしながらまったりプレイをする時間というのがどうしても出て来てしまう。

 今日もまたその時間帯に突入したのだが、そこで三澄は何らかの質問をしてきた。


『友達に好きな人が出来たらしいんですけど』

『…………おう』


 おう、だなんて冷静に答えているけれど、内心ではめっちゃ動揺してる。

 だって『友達の話』なんて切り出すパターンって大抵は自分のことだろ。


 つまり三澄に好きな人が出来たっていう話だ。


 自分を慕ってくれて可愛くて一緒に遊んでいると楽しい女子の後輩。

 もちろん好きだ。大好きだ。付き合いたいとずっと思ってた。

 ヘタ……げふんげふん、今の関係を壊したくないから告白はしていないけれどな。


 その相手から『好きな人』の話をされたら動揺するのも当然だろ?


『話しかける方法が分からなくて困ってるそうなんです』

『…………え?』


 あれ、待て待て。

 話しかける方法が分からない?


 三澄は遠慮なく俺に話しかけて来るぞ。

 学校で会えばぴょこぴょこ小さく跳ねて寄って来るし、メッセージだって遠慮なく送って来るしゲームの誘いも大抵は三澄からだ。


 ということはまさか三澄の好きな相手は俺じゃない……?


 いや、まだそう断定するのは気が早い。

 三澄のことだ、さらっと嘘をついて俺の反応を伺っている可能性もある。


『知り合いじゃないのか?』

『一目惚れしたんですって』


 俺達は知り合って三年以上の間柄だから一目惚れはあり得ない。

 いや、これもまだ嘘の可能性がある。

 というか嘘であってくれ。


 そうだ、相手の素性を聞いてみよう。

 三澄なら偽の情報に俺の特徴を少しだけ混ぜて誤魔化す策を弄するに違いない。


『そ、そうか、相手はどんな奴なんだ?』

『背が高くて』


 ぐはっ


『イケメンで』


 ぐはっ


『頭が良くて』


 ぐはっ


『スポーツも得意なんだって』


 ぐはっ


『なんだよその少女漫画で王子様だなんて呼ばれてそうな完璧超人は!』

『あはは、私もそう思います~』


 俺の特徴に掠りもしねぇじゃん。


 マジか。

 三澄に俺以外の好きな人が出来ただなんて……


 ヘタレて告白しなかったから仲の良いお友達エンドになってしまったっていうのか!

 そんなのあんまりだ!


『先輩さっきから様子が変ですよ?』

『……別に変じゃないし』

『今度は不貞腐れてるような感じですし……あ、分かりました、友達の話じゃなくて私の話だと思ったんですよね』

『う……』

『図星かな?図星ですよね?あはは、先輩ってか~わいい~』

『うっせ』


 ボイチャで良かったぜ。

 勘違いが恥ずかしくて顔を真っ赤にしている姿なんて三澄には見せられん。


 でもそうか、この反応的には本当に友達の話ってことか。

 三澄の心はまだフリーってことだよな。

 すげぇ安心した。


『私はこんな回りくどいことしないで堂々と告白するタイプですから』

『まぁそうだよな。度胸だけは一人前だもんな』

『だけってなんですかだけって』

『中学の時に先輩に堂々と意見ぶつけたのは今でも語られてるらしいぞ』

『その話はしないでくださ~い!』


 委員会の会議の時に、三澄は中一にも関わらず中三の先輩の意見に真っ向から反対してガチ口論になったことがある。先輩が明らかに間違ってたとはいえ、堂々と意見したあの姿はすげぇ格好良かった。

 ちなみに、その後に三澄のことを心配して話しかけたことが知り合ったきっかけだったりする。先輩から嫌がらせを受けるんじゃないかって不安を抱えているかと思いきや、ケロっとしてゲームの話を始めた時は大物だなと思ったっけ。

 本人は思春期の暴走によるもので黒歴史だと思っているらしいけどな。


『そんなことより友達の話ですよ!』

『お、おう』


 ええとなんだっけ。

 友達の恋愛話だっけか。


『何でも聞いてくれって言いたいところだが、俺は彼女居たこと無いから気の利いたこと言えないぞ』

『え? 先輩って童貞なんですか?』

『なんでそっちの表現使うかな!?』


 彼女いない歴が年齢だから童貞には間違いないけれど、敢えて煽るような表現しなくても良いじゃん?


『そうですね。彼女居なくても童貞とは限らないですもんね』

『お前は俺を何だと思ってるんだ。大人じゃあるまいし』


 セックスフレンド作るようなキャラに見えるか?

 高校生なのに夜の街で遊んでいるようなキャラに見えるか?


 どこからどうみても何処にでもいそうな陳腐な男子高校生だろうが。

 自分で思ってちょっと悲しくなってきた。


『なら童貞なんですか?』

『…………』

『やっぱり童貞じゃないんだ……』

『童貞だよ! 悪かったな!』


 こいつどうしても俺に童貞って言わせたかったんだろうな。

 向こうでケラケラ笑っている姿が目に浮かぶわ。


『そっか、私も処女なので同じですね』

『…………』

『あ~先輩今えっちなこと考えてるでしょ』


 お前のせいだろうが。

 良い歳したおなごが処女だなんて言ってはいけません!

 

『もしかして誘ってるのかって思ってます? JKに夢見すぎですよ。今時のJKはこのくらい普通に言いますから』

『思ってねーし、もうその話は良いから本題に戻れよ』

『あはは、は~い』


 完全に主導権握られっぱなしだ。

 ゲームの方もボロボロで勝負にすらなってない。


 普通こういうのって弱い俺が三澄を動揺させて勝つ流れにならないか?

 強い方が弱い方に精神攻撃して圧勝するってどうよ。


『じゃあ童貞の先輩に質問です』

『余計な修飾語をつけるな』

『女子からどんな風に話しかけられたら嬉しいですか?』

『どんな風にって……』


 先輩おはようございます。

 先輩先輩、今度の土日、たくさんゲームやりましょうよ。

 先輩って案外優しいとこもあったんですね。

 あはは、何言ってるんですか先輩。

 こんなところで先輩に会えるなんて奇遇ですね。


 ああダメだ。

 煽られて意識させられてしまったからか、三澄の顔しか思い浮かばない。


 三澄に話しかけられたらそれだけで嬉しい。

 笑顔を見せてくれたらもっと嬉しい。

 思わず抱き締めてしまいたくなったことが何度あったか。


 三澄に置き換えて考えると何でも嬉しくて、三澄以外で考えると三澄のことが気になってそれほど嬉しくない。

 うん、俺は相談にのれねぇや。


『そもそもそんなパーフェクトヒューマンなら彼女の一人や二人いるだろ』

『それが今はフリーらしいんです』

『へぇ贅沢なこった』


 選び放題だろうに。

 それとも選びたくないような連中しか寄って来ないのかね。


 だとするとそれはそれで可哀想……なんて思うと思ったか。イケメンは滅べ!


『ま、俺らみたいなパンピー男子高校生は話しかけられただけで舞い上がっちゃうから参考にはならねーよ』

『舞い上がっちゃうんですか』

『そうそう、男子は女子に話しかけられただけで気があると勘違いしちゃうって良く言うだろ。あれマジだからな』

『え~うっそ~』


 だから三澄に話しかけられ続けている俺は盛大に勘違いしているかもしれないわけだ。

 勘違いも何もすでに好きになっちゃってるから引き返せないんだけどさ。


『でも先輩って話しかけられたら逃げちゃうタイプですよね』

『その分析は精神的なダメージが大きいからやめて!?』

『ねぇねぇ、私以外の女子に知り合いっていますか?』

『追い打ちもやめーや』


 男子の心ってのはガラスなんかよりも遥かに脆くて繊細なんだよ。

 三澄に嫌われでもしたら俺ガチで寝込む自信あるぞ。

 だから告白出来ないとか言うな。


『つまり先輩は私以外の女子に知り合いがいなくて童貞、と』

『まとめんな。友達の話はどうした』

『ん~予想通り頼りにならなかったです、とだけ』

『予想してたなら相談するなって』

『京が一くらいは可能性あるかなって』

『桁ひでぇな。せめて億くらいにはしてくれよ』

『微レ存と比べてどっちが可能性高いんでしょうか?』

『知るか』


 いつもの掛け合いに戻ってきた感じがする。

 このまま話題が行ったり来たりしながら文字通り雑談を続けることになりそうだ。


 そして気付けば時計の針が12時を回り日が変わっていた。

 翌日は休日なのでお互いに予定が無い日はもう少し雑談ゲームを続けるのだけれど、その確認をしようと思ったら先に三澄の方が切り出して来た。


『今日はこれで落ちますね』

『おう、お疲れ』


 俺は予定が無いのだが、三澄の方は予定があるっぽいな。

 それとも疲れか眠気が来たかだ。


『先輩』

『ん?』


 てっきり『おやすみなさい』とでも言って通話を終えるのかと思ったら、まだ何かを言いたげにしている。


『…………』

『どうした?』


 俺を呼んだ後、三澄は黙ったままだ。


 まさか切断せずに寝落ちしたってことは無いだろうな。

 眠そうな声じゃなかったからそれはないのかな。


 だとするとこの沈黙は何なのだろうか。

 不思議に思ってもう一度三澄に声をかけようかと思ったその時。




『好きです』




 え?

 三澄は今何を言った?


『先輩のことが好きです』


 難聴系キャラなど許さないとでも言うかのように、はっきりとした発音で三澄は俺の事を好きだと言う。

 表情は分からないけれど声色は真剣で、な~んちゃって、などと揶揄うような雰囲気は微塵も無い。


『先輩のことが好きです。付き合いたいです』

『分かった、分かったから待って』

『先輩このくらいはっきり言わないと無理矢理勘違いしそうですから』

『ぐはっ』


 確かにチラっとだけれど、恋愛的な意味じゃない好きかもなんて思いそうにはなった。


『私言いましたよね。堂々と告白するタイプだって』

『言った……けど……』


 胸の高鳴りが止まらない。


 好きな女子から逆に告白されるだなんて予想外の展開。


 嬉しくて気恥ずかしくて信じられなくて何を言ったら良いか分からなくてパニックになりそうだ。


『先輩、答えを下さい』

『えっ……あっ……』


 俺も好きだ。

 そう堂々と言えるのなら、とっくに告白している。


 でも三澄は俺に時間をくれない。

 今すぐに返事をしろと迫っている。


 これもう俺の気持ちバレてるよね。

 だって告白って普通は不安に感じるはずなのに、絶対に断られないって自信が伝わって来るんだもん。ゲームで勝ち確の時の雰囲気みたいに。


『…………ずっと…………好きでした』

『はい、知ってました』


 ですよねー


 でもやっぱり少しは不安だったのかな。

 知ってました、の声がちょっとだけ弾んでる気がする。


『先輩ったらヘタレにもほどがありますよ』

『え?』

『ずっとアピールしてたのに全然告白してくれないんですもん』

『アピール?』

『気付いて無かったんですか……』


 いや、俺もおかしいなって思ってはいたんだよ。

 やけに遊びに誘ってくれるし、スキンシップが激しめだし、他の『先輩』を呼ぶ時よりも俺の時の方が朗らかに聞こえるとか……

 でも勘違いだと恥ずかしいから気のせいだって思い込んでいた。


『ということで、明日はデートしましょう』

『え?』

『楽しみです。おやすみなさ~い』

『え、ちょっ待っ』


 ああ、切りやがった!

 いきなりデートだなんて言われても困る。


 それにあまりにも嬉しくてドキドキして顔がにやけすぎて、こんな状況で眠れるわけないだろう!

















 告白しちゃった告白しちゃった告白しちゃった~!

 しかも先輩に好きって言ってもらえた!

 

 嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい!


 先輩の事をヘタレだなんて言ったけれど、私もそれは同じだった。

 先輩と仲良くゲームしている今の関係が壊れるのが怖くて、でも恋人にもなりたくてずっと揺れてた。


 いつまでもウジウジ悩んでいる私を見かねた友達に背中を押されて告白することを決めたけれど、それでも勇気が出なくて恋愛相談のふりして先輩が他に好きな女性が居ないか探っちゃった。


 先輩にずっと気にして欲しくて頑張って強くなったゲームも途中からボロボロだったけれど、先輩も動揺してくれていたのかもっとボロボロだったから勝てたので動揺バレてなかったかな。


 中学で三年生にたてついてしまったあの日、先輩は私を守ろうとすぐに声をかけてくれた。あれがどれだけ嬉しかったか。


 あの日からずっと先輩に恋をしてました。

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友達の恋愛相談と言いつつ自分のことだと思ったのに本当に友達の話だった マノイ @aimon36

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