花言葉探偵は笑わない
蘇芳
第1章 花言葉探偵は笑わない ~Persian violet(エキザカム)~
第1話 玄関に置かれる小さな紫の花
ビルが立ち並ぶ大通りから外れた細い道には、古風な家が並んでいる。それは薄暗い古本屋やモーニングしか出さない喫茶店の間に、景色に溶け込むように存在していた。
『シオン探偵事務所』
『シオン探偵事務所』では主に人探しや調査を行っている。相談料はもらわず、依頼が成功した場合のみ、かかった費用と遂行料を頂く形をとっている。その値段はゼロが飛び出ているが、一度受けた依頼は必ず成功させると評判だった。それゆえ、一度に依頼人が殺到されると困るので、表札に小さく文字を彫った看板を掲げていた。注意しなければ素通りするよう、大々的に宣伝しない。
『シオン探偵事務所』は町家であるため、全体的に古風な造りになっている。奥の一室には和室にかかわらず、畳には似合わない木目調の茶色い洋風のテーブルが置かれていた。ここは事務所の応接間になっており、テーブルを挟んで若い女性と男性が向かい合って座っている。
若い女性はボブカットの茶色の髪にヘーゼルナッツを連想させる目、服装はエメラルドグリーンのシンプルな半袖シャツに白いテーパードパンツである。
「本当に、こんな依頼でも解決してくださるんですか?」
「ものによりますが」
女性の質問に答えた黒髪の端整な顔の男性こそ、『シオン探偵事務所』の所長、
女性は一瞬考えこむと手提げカバンから小さなチャック付きの袋を取り出し、テーブルに置いた。袋の中には紫色の小さな花があった。
「これは……エキザカム?」
エキザカムは、インド洋ソコトラ島原産のリンドウ科ベニヒメリンドウ属の多年草だ。日本には昭和初期に渡来しており、本来は多年草だが比較的短命で耐寒性も低いため、一年草として扱われる。
大体五月下旬から十月まで開花している小さな紫色のかわいらしい花である。
「これが、どうかしましたか?」
「一か月前からずっと、玄関に置いてあるんです」
*
一か月前。この日は大学の講義がなかったので行きつけのCDショップに行ってからアパートに戻って来た時だった。
女性――
最初は風で舞い込んできたのかと思った。しかし、それからというものの、毎日のように綾歌の部屋の前に同じ紫の小さな花があった。
綾歌は怖くなり、警察に相談したが、取り合ってくれなかった。
そんな時、パソコンでたまたま調べていたら、受けた依頼は必ず解決してくれる『シオン探偵事務所』に辿り着いた。
綾歌はそこに賭けてみようと思った。
*
毎日、特定の場所に置かれるエキザカムの花。
(実に珍妙……)
綾歌は唇を噛んだ後、紫苑に言った。
「お願いです。この花の謎を解いてください」
「分かりました。お引き受けしましょう」
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