帰り道RTA

星見守灯也

帰り道RTA

 先生の「さようなら」の声がスタートだった。

 帰りの会のあいだずっとそわそわしていた僕は、ダッシュを決めて後ろの棚にランドセルを取りに行った。肩にかけるのももどかしくて、廊下に走り出ながら背負う。廊下は走らない。僕はいい子だから。向こうから来る教頭先生に「さようなら!」と挨拶して通り過ぎる。

 靴箱から靴を取って、とりおとしそうになってあわててつかんだ。内ばきをぬぐのもじれったくて、逆にもたもたとしてしまう。数秒のロス。落ち着け僕。今日は最高の記録を出さなきゃいけないんだ。靴はきちんとはいてないとうまく走ることができないのでここは惜しまない。内ばきを投げるように突っ込んで走り出す。

 ああ、学校の隣りに家があればいいのに! 「おう! ドッジボールこない?」「今日はダメ!」。数秒のロス。嬉しい誘いも今は邪魔ものだ。「なんだあいつ」。なんとでも言えばいい。今日の僕は無敵時間なんだから。

 学校の前の文具屋を通り過ぎる。いつもは文具と駄菓子の山に探検に行くのだが、今日はナシだ。ガチャガチャも色とりどりのペンも面白い形の消しゴムもナシ。スナック菓子も、おまけのついたガムもナシ。

 右左右とささっと見て小さな横断歩道を渡る。細い歩道をまっすぐ走る。いつもは縁石綱渡りルートだけれども、今日はとにかく最速でクリアしなくてはならない。ランドセルがゆさゆさ揺れて中の教科書が音を立てている。そのリズムに合わせて足を遠くに出していく。

 次は大きな丁字路の横断歩道。しまった! 目の前で信号が赤に変わった! 待ちきれないよ。僕は一回横にわたって、まっすぐ行って、もう一回渡れば向かいに渡れることに気づいた。うわ、天才なんじゃないか。スピードを上げて横断歩道を渡る。そのまま行って、また渡る。よし、十数秒遅れたけどオッケーだ。

 そこのスーパーを右に曲がれば家が見えてくる。よし、いいペース。運動会でも出したことのないスピードでラストスパート、最後まで集中は切らさず……ゴール!


「ただいま! 犬は!? 犬!」

 急いでドアを開けて玄関に飛び込む。時間は十五分ぴったり、新記録だ。

「おかえり、そこで寝ているから静かにね」

「わぁ……!」

 今日、僕の家には犬がきた。見るとリビングに作られたサークルのなか、小さな子犬が眠っている。くたくたのふにゃふにゃだ。きゅっとタオルを抱きしめて、くうくうと鼻息を鳴らしていた。僕はサークルの前に這いつくばってその様子を見つめた。かわいい! 僕の犬だ! これからずっと大事な僕の家族だ!

「名前どうしよっか?」

「あのね、僕が考えたのは……」

 今日から犬との生活が始まる。その日々はきっと、何よりすてきなものになるのだ。

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帰り道RTA 星見守灯也 @hoshimi_motoya

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