第4話 ワイフと筋トレ。

 ある晴れた日曜日。 ワイフが和室で洗濯物を畳んでいる途中でゴロンと横になった。


「面倒くさい」

「なら休めばいいじゃない。今日は日曜日だよ」

「いいやダメ。終わらせて歩きに行かなきゃ」


 そう、ワイフはがんばってダイエット中なのである。ないすばでぃになっている最中だ。


「そうかそうか。まあがんばって」


 ガシッ。リビングに行こうとすると腕を掴まれた。

「一緒にやろう」

 まあ歩きに行く位なら一緒にできるだろう。


「じゃあ今から行こうか」

「ダメ。筋トレが先って決まっているの」


 なんかワイフルールがあるらしい。30分で終われるから。と、いうわけでワシはプリップリのお尻になる運動をワイフと一緒にすることになった。


 30代後半のワシがプリケツになってどこに需要があるのだろうか。まあそんな事は置いておいて、洗濯物を片付けたワイフと運動の始まりである。


 むう。会社に自転車で通勤して体力には自信があるのだが、中々厳しいトレーニングではないか。下半身中心の筋トレメニューをこなしていくと額には球の汗が浮かび、身につけたTシャツは首筋や胸の辺りから濡れていった。


「じゃあ次ね。プランクってやつで――」


 ワイフが説明してくれた。両肘とピーンと伸ばした足の爪先を地面に付いて身体を持ち上げ、背中がなるべく一直線になるように耐える。ただひたすら態勢を維持する筋トレだ。まあ楽勝でしょ。こんなの耐えるだけなんだから。


「じゃあ1分ね。よーい。スタート」


 ワイフがキッチンタイマーを押した。 なんだこの人間滑り台のような格好は。めちゃくちゃ辛いぞ。これを1分だと。なんやこれ。カップラーメンできるくらいがんばったと思ったのに、まだ20秒も経ってないぞ。


 子供達はアニメを見てキャッキャウフフしている。こんな時に限って良い子じゃないかい。なぜ食べ物や飲み物をこぼさないのだ。そうすれば「あーあ、仕方ないなあ」とか言って面倒を見るフリをして筋トレをやめられるというのに。ワイフは隣で涼しい顔しておる。ワシは歯を食いしばり、全身の力を使って何とか1分耐えた。


「ちょっと休憩ね…………はい次やろっか」

「はいい!?」 

 まだ15秒くらいしか休憩してないんですが。いやお腹取れるって。全国のマッチョ達はこれを平然とやっているのであろうか? ワシはなんて境界に侵入してしまったのだ。


「それともここら辺でやめとく?」

 ワイフの一言がワシの魂に火をつけた。

「大丈夫。まだイケるよ」


 この瞬間、健康との戦いは夫と妻の一騎打ちへと変わった。これはもうどちらが先に根を上げるのかの勝負である。どっちが不摂生なのか、ここで証明してやる。


 地獄の時間が再開した。ものの5秒も経たないうちに体勢が崩れそうになる。早よ1分よ去ってくれ。まだ10秒しか経っていない。なんだこれ。足とか地震感知してんじゃないの。プルプル震えてるんですが。 

 こんなん楽勝でしょと思ったちょっと前のワシよ、なんてことをしてくれたんだ。30秒。頼む。時間よ流れてくれ。はああ。世界はなんてゆっくり流れるもんなんだ、電車待っている時でさえもっと早く電車来るよ。これなにか。腹が痛くてトイレ待っている時並に時間が進むのが遅いじゃないか。どうなっているんだ。


 と、世界を呪いつつ耐えてやっと1分終了である。さすがのワイフもこれで疲れたであろう。横を見る。言った。


「次でラストだね」

 は? もう一度言おう。は?


 全力全霊でやったのに、まだやろうというのかこのワイフは。子供をもりもり育てている妻の体力を完全に見誤っていた。たった今やったのがラスボスだと思っていたワシにもう体力は残っていない。使い切った。ゼロだ。もうこれはダメだ。この戦いについていけそうにない…………いや、まだだ。諦めるにはまだ早い。


 よく見るとワイフの額にも汗がにじんでいる。疲れているのだ。ワシの筋肉たちよ、力を貸してくれ。


「はいスタート」


 再びプランクの体勢に戻った。仕事の合間にやっている腹筋ローラーを思い出す。膝をついて床でゴロゴロ、ゴロゴロ。『ああたさん、薬でも調合する気ですか?』と同僚に言われながらも続けたあの日々。筋肉は裏切らない。鍛えた分だけ強くなっているんだ。背中が曲がりそうになる。ワイフも耐えている。絶対に、絶対に先に倒れてしまうかあああああっ。


 ピピピピッ。


 キッチンタイマーの電子音と供にワシはプランクの態勢を解いて床に沈んだ。プランク1分×3セットを達成。耐えた。耐えたぞ。ワイフも息が上がっている。ギリッギリの戦いだった。筋肉よ、ありがとう。その後、しんどかったけど約束通り歩きに行った。ハードだったけど、やり遂げた充実感をワシは満喫することができた。


 翌日。ワイフがお尻を摩っていた。

「いててててて。筋肉痛だ。夫君はどうよ?」

「今は痛くないかな」


 ワイフはふん! と鼻を鳴らし、言った。

「歳だね」


 ワイフの方が年上なのに、ワシに筋肉痛がすぐ来ない事をあえて歳だと言っちゃうワイフ。可愛い。ますます好きになった一日であった。

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