第16話 龍の爪

「喜べ菱津、今回は正真正銘、初めての階層だぞ。」


青年が帰ると早々に部屋に飛び込んできた白蛇は、しばらくこちらに気づかない様子でぼんやりしているのを見兼ね、咳払いをした。


「あ、ごめん、白蛇君。・・・なんだか君、お世辞じゃなく、本当にキラキラしてない?前はもっと、陰気な感じだった気がする。」

「それはどうだろうな。それより、仕事が入った。初めての場所だぞ。」

「ほう!」

白蛇君が自慢げにしているのに微笑み、ちょうど自分が舐めていたものと同じ味の飴を、投げてよこした。


「くれるのか?」

「うん、美味しかったからね。この飴ね、最後・・・」

「言うな、楽しみが減るだろう。」


楽しそうに笑う菱津に釣られて笑みを浮かべた白蛇だったが、最優先事項を思い出し、ハッとして顔を引き締めた。


「支度をしてくれ。今回は、時間がないんだ。」

「わかったよ。」


いつも通りに着替えると、二人は部屋を後にした。



青い砂が溢れたような後を、苦心惨憺しながら辿った先、「竜の爪」と言う名の世界らしいそこは、正真正銘、別世界であった。


「うわあ、幻想的だ・・・というか、ファンタジー?」


暗く狭い、大理石のような肌触りの洞窟のような場所を、遠く見える仄かな灯りだけを頼りに進んだ先には、有機物と名のつくものがおよそ見当たらない、青く輝く世界だった。


「ふん、お前の存在そのものがすでにファンタジーだがな。」

「しかし・・・これだけ仕事してきて、まだ行っていない階層があったなんて。」

「まあ、一方通行でこちらからはいけない階層もあるからな。大抵は、私が繋げることで行けるようにしているが。」

「君って、地味にすごいよね。でも・・・まだ行っていないところがあるのか。勿体無いなぁ・・・」


見下ろすと、足元も、おそらく洞窟の中と同じ素材とみえて、青い鉱石に覆われており、見渡す限りそんな単色の起伏ばかりが続き、昼とも夜ともつかず、光の源というものがないらしい。


「ねえ、こんなところに本当にいるの?依頼主。」

「いるらしいが。」

「らしいって、君ねえ。」

足音を響かせ白蛇君と並んで歩くうちに、青以外にも石英のような透明な石や、輝石のように緑がかかった黒い石なども見られることに気づき、少し嬉しくなる。


「それにしても、風一つないね、ここ。」

「世界にも終末期というものが存在する。放っておけばこの世界は、近いうちに崩壊、消滅するだろう。」


終末期ということは、始まりもあれば栄えた時期もあったのかと周りを見渡してみても、その片鱗さえも窺い知ることはできない。

(いつか、地下2階も滅びるのかな・・・)

その時、もし自分が生きていたらどうしようか、という考えが頭をよぎり、首を振った。

(その時隣に吸血鬼君と白蛇君がいてくれるなら、なんだっていいや。)

ここら辺だ、と呼ぶ声に向かって歩いていきながら、ふと、恭弥の顔が思い浮かぶ。

(世界が終わる頃には、恭弥はもう、とっくに死んでいるのか・・・彼も、死んでしまうんだよな。)

ため息をつきながら、促されるままに3回、「夜の間」から持ち帰った鈴を鳴らした。


「ん?応答ないね。」

「相手はかなり弱っているからな。もう一度鳴らしてみろ。」


本当にそんなことをして大丈夫だのだろうかと、少し不安になりながら鈴を振ると、今度こそ足元で何かが動くような気配と共に、小さく響く唸り声が聞こえてきた。


「君かい?」

「・・・依頼を受けてくれるという、菱津殿か。・・・もう、死ぬかもしれないが。」

「それは大変だ。・・・本当に死んじゃうの?」

「ああ・・・この世界の力の源が、奪われたからだ。」


ため息まじりに白蛇を見ると、鳥の頭を軽く背けた。夜の間でもそうだったが、仮に過去へ戻ったとしても、結果が変えられるわけではなく、仮にここの依頼主が二日後に死に、その後に菱津たちが来て死ぬ前に戻し、死に至る原因を取り除いたとしても、二日後に死ぬという一度決定してしまった未来を変えることはできない。仮に力が足りなくて死ぬことがなかったとしても、また別の原因で死ぬのである。それが、そのもののもつ「運命的寿命」であると考えるのなら、当然の帰結ではあるのだが。


「・・・しかし、わしも何もせずに死ぬ気はないゆえ、力を貸そう・・・この世界の時間はいささか緩やかであるが、さらに時間を引き延ばすことが可能である。主たちの時間と同じより、さらに長く引き伸ばせば、おそらく間に合う可能性も出てくるであろう。」

「すごいね、君。よし、それならなんとかなりそうじゃない?ちょうど、明日日曜だしね。

それで、具体的にどんなものを取り戻せばいいの?」

「奪い取られた力の源を探してほしい。盗って言ったのは、モサモサの、一つ目の魔物、願いと魂の力によって、世界を渡る不届きものだ。やつは主の世界へ向かっていたはずだ。」

「力の源はどんな形で存在しているの?」

「ここの石を持っていけ。自然と導いてくれるはずだ。そちらにあるはずの石を砕けば、自動的にわしの元へ転送されるから、その時点で仕事は終了だ。報酬はなにがいい。」

「この世界で一番甘い砂糖菓子を。」

「他だと?」

「・・・僕が大好きな砂糖菓子以外でか・・・少し保留にさせてもらうよ。」

一応それで取引は成立ということになり、菱津は額をつけてみた後で白蛇に確認をとり、大きなため息をついた。


「今回のは、面倒そう。」

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