第15話 ちょっとした騒ぎ

三峰の菓子が切れて二日あまり、自分の席で物足りなさそうにミルクキャンディーを舐めていると、うるさいクラスメイトがまた隣で何か騒いでいる。


(面倒臭い・・・三峰と小室がいなければ、とっくに学校なんて辞めているのに。)


なにが悲しくて、大して反応をよこさない人間に向かって離し続けるのか、空気を読む技能すら退化したかと、飴を噛み砕いた。


(そもそも僕、なんで学校に入ろうと思ったんだっけ。)

仕方なく頭を働かせ、記憶を探ろうとすると、10年20年単位の不始末な膨大な記憶を精査しなければならず、憂鬱になっていく。

(まあ、大した記憶ではないんだろう。面倒臭い。)

そうやって思考放棄して、ふと顔を上げると、何やら周囲が騒がしい。隣の蝿もどこかへ行っていて、座ったまま首を傾げている小室も発見し、そばへ行った。


「何かあったの?」

「喧嘩だと。三年がけしかけて来たとかなんとか。」

「へえ、喧嘩ねえ。僕大好きなんだよね、喧嘩。」

「・・・刀は振り回すなよ?」

「しないよ、野蛮だなあ。」


持って来ていない、とは言わずに、ヒラヒラと手を振り教室を出ると、野次馬根性と、あわよくば混ざろうかと、廊下の人だかりの方へ行ってみると、校舎裏で目立つ茶髪と数人の柄の悪そうな男たちが対峙していた。


(何やっているのかな、三峰は・・・)


夜になって吸血鬼と変われば、傷の直りは常人よりも早くなるとはいえ、それでも菱津のように立ち所に治るわけではない。


(でも、乱入したら嫌がられるかな?・・・いやいや、時代が違うか。ただ、余計なお世話ってことはあるよな。そもそも・・・三峰って喧嘩強いの?)

お菓子を作っているところしか見たことないんだよな、と、常穏やかな青年がだんだん心配になってくる。


(それに・・・多分あの髪、実際は地毛だよな。ピアスなんて、吸血鬼君が面白半分につけているだけだし。そのまま放置するから、勘違いされるんだよ・・・なんの間の言って、授業出てなかったりするしさ。)


身長はあるし、体格も悪くはないが、一度は鍛え抜いた記憶のある菱津から見れば、戦うのには全く向いていないと言わざるを得ない。

(相手が武士だったら、ワンパンで吹っ飛ぶ町人だよあれ・・・いや、相手は相手でもやしみたいだ。・・・なんで喧嘩を吹っかけたんだろう?)


ハラハラするのも億劫になり初めたとき、相手が拳を握り、殴りかかっていくのが見えた。

(あーあ、あれじゃあどこに当たっても大して痛くないな。・・・もしかして、新しい流行り?近くで見なきゃ!)

ちょっと前に、何やら夜中に騒がしく走り回るのが流行ったこともあったが、それには興味はなかった。ただ、喧嘩の姿をした痛みのない親睦を深める会だとしたら意外と楽しそうな気がして、さっさと廊下を駆け抜け、階下へ向かった。


「お、いたいた。・・・あれ、普通に喧嘩?」


殴り合い、というよりは、三峰が仕方なく相手にしている感じで、常に防衛に徹している。それで面白くないのは、相手の三人でった。

(お、武器を持っていたのか。・・・っていうか、金属バット?三峰は・・・持っていないか。貧弱でも、あれを振り回されたら、当たりどころが悪ければ)


そう思った時には、体は前に駆け出していた。誰よりも死から遠いにも関わらず、誰よりも死を恐れ、避けていた。人間の体の脆さも、儚さも、目の前で嫌になる程見てきた。どれだけ生きていようと、生が脅かされる瞬間は、恐ろしい。


「菱津!?」


公衆の面前で怪我をするわけにはいかないからと、バットを左手で勢いを殺しながら受けけ止め、渾身の力を込めて握り潰す。掴んだまま振り抜くと、あっけなく相手は薙ぎ倒され、ぐにゃりと変形したバットだけが手元に残った。


「三峰、大丈夫?」

「・・・・・それ、どうやったんだ?」

「割と力持ちなんだよ、僕。」


そう言って誤魔化すように笑った菱津に優しく笑いかけ、肩に軽く手を置いた。

「ありがとう、助かったよ。」

「どういたしまして。・・・それより、あれ誰?」

「さぁ。」

「まあ、そう言うこともあるよね。」

二人で校舎に戻りつつ、菱津はふと三峰を見上げた。


「また何かあったら、今度は絶対呼んでよね。どこにいても、必ず助けるから。」


失いたくない、と思う。それと同時に、もうしばらくすれば、恋人を作り、結婚することも知っている。


(その後・・・三峰も、きっとすぐに死ぬ。)


おそらくは、そういう契約なのだろう。子宝に恵まれる、ある種不死を手に入れられる、しかも不老だ・・・若いうちに、死ぬのだから。


(結婚しなかった人は長生きしたけどね。・・・三峰は、どうなんだろう。)


寂しく生きてほしくはないが、それと同じくらい、死んでほしくもない。・・・これまでは、考えることも、悩むこともなかった、本来ならば三峰が決めうるべき未来。


(・・・吸血鬼君さえいてくれれば、よかったのになあ。)


死にたいと思ったことはないのか、と聞いてきた時の、暗い瞳を思う。生きていて欲しいと願ったのは菱津だけで、本当はもう、終わりにしたいのではないかと。


(・・・もし、いなくなってしまったら・・・・・僕は)


未来が闇に閉ざされたような気がして、頭を振る。もう考えることはやめようと、強引に、次の依頼のことへ、頭を切り替えて。

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