アクが、スタート地点のアクが強すぎる。もうちょっと普通の転生を提示してくださいよ……。【短編賞創作フェス・1回目お題『スタート』・1話完結】

初美陽一

やけにアクが強い転生先ばかり紹介される、平凡な私が選んだのは。

『お疲れ様でした、ハジメさん。ここは終着地にして、次への地点への中継地です』


 私、〝田村たむら はじめ〟がに目を開いた時、真っ先に聞こえてきたのは、そんな言葉だった。


 つい先ほど、いや長い夢を見た後、いや何年も眠りこけていたような――どこかな、ぼんやりとした目覚めの先に見たのは。


 ――まるで雲の上にいて、遠い先に半分沈んだ太陽をのぞむような、現実離れした光景だった。


 私は確かに、(記憶にある限りでは)つい先ほどまで、病院のベッドの上にいて。


 大勢の愛すべき親族に看取られながら、ゆっくりと、ゆっくりと――……終わりを迎えたはずだ。


 喜寿77を越えて傘寿80を迎えるまでの間に終えた、平々凡々へいへいぼんぼんではあったけど、悔いなんてない、そんな人生だった。


 まだぼんやりとしながらも、を思い出して、私は〝うん〟と頷き。


 この幻想的とさえ言える光景の中に佇む――なんか面接部屋にありそうな横長の机の向こうで、椅子に腰かけている、先ほど声をかけてきた人に。


 ……雰囲気を圧倒的にブチ壊しつつ、さりとて本人は天使らしい羽と純白の薄衣うすぎぬまとった、それっぽく微笑む天使っぽい人に尋ねた。


「……あ、あの、私、さっきまで病院のベッドの上にいたはず、なんですけど……もしかして、ここって天国……ですか?」


『ええ、そのようなもの、と思って頂いて結構ですよ』


「そ、そうですか……じゃあ、あなたは天使様、なんですよね? ……その、なんか見た目に対して……やけに、現実めいたというか……面接官っぽい? というか」


『ええ、座っているほうが、楽なのです……人の子よ、いいですか……楽なのです』


「なんで二回言ったんですか。なんか見た目と違って、ヤケに人間臭いな……って、あれ? 私、もう80歳も近いのに……体が、若い気がする……鏡が無いから、何歳かとかまでは、分からないけど……」


『ええ、そうでしょうとも……ここは肉体という檻から解き放たれた、魂の世界……あなたの今の姿は、あなた自身がイメージする、生前の最盛期さいせいきの姿。およそ二十歳前後、というところでしょうか……ふふっ』


 椅子に腰かけ、机に両肘をついた体勢で、天使様はおっしゃいました。



『人の子とは、自らに都合の良い生き物ですよね♪』


「もしかしてディスってます?」



 殴ってやろうかな、ってちょっと思っちゃいました。


 ただまあ、言動はともかく、雰囲気や見た目は本当に美しい――天使らしさの象徴たる一対の翼に、肩にかかる長さの滑らかな金色の髪、すらりとした目鼻顔立ち。


 欧州風の顔立ちではあるけれど、やや丸みのある輪郭は幼気いたいけな印象で、絶世の美少女とも、紅顔の美少年とも、どちらと示しても納得できる、清さすら感じる中性的なイメージだ。


 そんな天使様が、どきりとするような……いや心臓っぽいのが動いてる感じしないな、私。ああそうだった、今は時なんだっけ。


 なんか体が若返ったみたいなイメージに釣られてか、気持ちまで若返っちゃったみたいな気もするけれど。白くなっていた髪も、今は真っ黒だし。


 とにかく、天使様が微笑みながら告げてくるのは、私のだった。


『ハジメさん、あなたは取り立てて魂をけがすような悪事もせず、自他共に認めるであろう清い善人として生を終えました。故にこそ、〝次〟の生に向かうにあたって、ある程度の選択肢をとして紹介することができます』


「えっ? 〝次〟って……つまり、転生……みたいな話ですか?」


『その通りです――前提として、あなたの清き魂は次も〝人間〟として、生まれ変わることになるでしょう』


「そ、そうなんですか……それで、ええと……選択肢って?」


『ええ。……さて、それでは……ご紹介できますのは』


 こほん、と咳払いした天使様が、次の瞬間――ババンッ、とフリップボードとペンを取り出してきて。



『―――ハイッ! まず第一プランですけどね~っ早速オススメの一件! お母様は欧州の貴族の末裔で、大企業グループのシャチョさんがファーザー! 大富豪のお宅の娘として転生すると、上には三人の兄と六人の姉がいらっさる大家族さ~ん! 賑やかなご家庭ですね~っ☆』


「まっ、ちょっ……ちょ……待って」


『まあちょっと腹違いの兄弟・姉妹が家督かとくを狙ってるのが気になるカナ~? でもまあ家庭の問題なんてね、どこにでもあって然るべきっていうか! あと次男が国家転覆を狙ってたり、お姉さんの中に悪役令嬢っぽい方とかいるみたいだけど、まあちょっとくらい刺激あるほうがスパイスってか――』


「ちょ、待って待って待って……一回、待ってくださいっ!」


Ouiウィ


 声を上げて制止すると、どうにか(なんか腹立つ感じで)止まってくれた天使様。


 そして私は、片手で顔を覆いながら、軽く消沈しつつ言う。


「アクが……転生するスタート地点のアクが、やけに強すぎるんですけど。……もうちょっと、普通っていうか、刺激とか求めてないんで……マトモな感じの無いんです……?」


『んええ~~っ!? 大金持ちですよ、大金持ち! しかも大家族で、産めよ増やせよ地に満ちよを遂行してる信心深い御一家ッスよ~!? んも~ワガママだな~!』


「腹違いの何たらとかいたりする時点で、そんなにホワイトさは感じないかな……いえまあ、よそ様の事情に余計なこと言いませんけど。……ていうか私、無宗教なんですけど、何で天使様みたいな感じの……えっと、カトリック系? が? しかも私、海外旅行もいったことないのに、何でいきなり欧州……」


『あ~無宗教の人の子、担当はケッコー適当に割り振られる感じですね~。まあでも宗教に入ってようと無かろうと、天国いく人は天国いくし、地獄いく人は地獄いきますよ。なんか色々やらかしてんでしょうね人の子、かっこ笑い』


「ていうか天使様、そんなキャラでしたっけ? 最初と全然違いません? 急激にアクが強い感じなんですけど」


Phewピュウ~~♪』


「なんだおまえ」


 天使様……いやもう天使でいいか。口笛を吹いてお道化どけていた天使が、次の転生先を提示してくる。


『しゃーないッスねぇ~。じゃあアジア系……あ、ジャパンねジャパン。ありますあります! 何とコチラのプランも由緒正しき大金持ちの御宅~! 何と何と、有名な陰陽師の末裔にして、禁忌とされた失われし呪術を伝え続け、とうとう現代に地獄を顕現して世界を掌握しようと企むヤンチャな一家の娘さんに――』


「アクが――アクが強すぎんですよ、さっきから! ていうかそこ本当に日本!? そんなの潜んでたとか聞いたこともないんですけど!? しかも灰汁あくってよりどっちかってーとあくってカンジで! ちょうどイイトコないんですか!?」


『えっ……今の灰汁だか悪だかというのは、まさか……ギャグか何かのつもりで?』


「ほっ掘り下げんじゃないですよ!? ……ていうか、思ったんですけど……スタートじゃなくて、どういう人生を歩むか、とかで選べないんですか!?」


 私がそう言うと、天使は〝はぁ~っやれやれ〟と呆れたような表情で肩をすくめ、両手の平を軽く上に向けて首を横に振る。マジでなんだこいつ。


『バタフライエフェクトって……知ってます?(キリッ)』


「え。……えっと、映画か何かのタイトルで、見たくらいしか……」


『はぁ~っやれやれ(呆れ)。いいですか、簡潔に言えば〝蝶が羽ばたくと中国で黄砂が、テキサスでハリケーンが起こる〟という話に由来する……つまり些細なことが結果的に大きな出来事を起こす一因となる、という話です。そんな些細なことで変化する事象をイチイチ操作なんて出来ない、選ぼうなんて以ての外、というわけッス。理解……できました?(ドヤッ)』


「ええまあ、おまえが腹立つってことだけは」


『フフッ、仕上がってきたな♪』


「どういう立場からの発言だよ」


 我ながら〝気持ち若返ってるなぁ〟と思いつつ、乱雑な返しをしていると――天使は再度の腹立つ呆れリアクションと共に、仰りやがりました。


『全くも~っ、文句ばっかり言ってくれますけどね~……スタート色々と選べるだけ、マシなほうっスよ? 人の子の中にはね……そうは出来ない事情がある者も、いるんスから。というわけで、あちらご覧くださいッス』


「えっ。あちら、って……」


 それは、かなり遠く離れているのに、まるで距離などないように見え、聞こえる。肉体から解き放たれた、魂の世界だとかいうのが関係あるのだろうか。


 とにかく、見えた先には――私と同じように、これからの地点の選択を迫られる、両手で顔を覆って項垂うなだれる男性がいて。



「……キリギリスか……カタツムリ、か……」


『オラ、とっとと決めろよー。もう二年くれー悩んでんぞー』



 ちなみに面接官風の机の向こうでは、見るからに悪魔らしい角と、蝙蝠めいた羽を生やしたギャルが退屈そうに漫画を読んでいた。ていうか漫画とかあるんだココ。


 とにかく、そんな何とも言えない光景を見た後、目の前の天使が軽い感じで言う。


『まっ、悪いコトはするもんじゃない、って話ッスね~。かっこ笑い』


「その〝かっこ笑い〟やめろよ。いやキリギリスもカタツムリも頑張って生きてると思うんですけどね。まあ他人のことだし、コメントは差し控えますけど……ていうかあっちの悪魔の人、パンクっぽいファッション着てますけど、いいんですかアレ」


『まあ天使も悪魔もイメージ商売ッスからね。その点、スタンスが自由めな悪魔はファッションとかも好きにしても文句とか言われないんで羨ましいッスね~。自分だって許されるなら、ドテラ着てコタツ入りながら仕事したいッスよ』


「それで迎えられる人が可哀想すぎるだろ絶対やめろよ。てか面接官みたいなスタイルでもそれなりに雰囲気ブッ壊されてんですよ」


 そうして文句を連ねていると、そもそもの本題にも文句が及んでいくもので。


「そもそも、なんかやたらと先の不安が多い、ヤケにアクの強いスタート地点ばっか紹介されてるのが……もうちょっと、どうにかならないんです?」


『え~、じゃあもうシンプルに、どこだったかの国の皇族さんの末裔とかにしときます? なんか帝政だとか、統一? だとかで揉めてるとかあるみたいッスけど……まあちょっとクーデターの準備とかしてるみたいッスけど、些細なことで――』


「金持ちクーデターばっかじゃないですか。全然シンプルじゃなくそこそこ複雑ですし。アクが強いんですよアクが。地獄ですか選択肢」


『現実なんて、どう過ごしたってそれなりに地獄でしょ』


「やめろよそういうこと言うの」


 なんかもう、何年来かの知人と話しているような気分にもなってきたけれど。しかもちょい腹立つ感じの知人。


 ……とそこで、ふと思い立ったことがあり、尋ねてみることにする。


「……あの、もう本当に、一般的な家庭とかで良いんで……それで、ですね」


『え~~~っ普通すぎると刺激とか少なくないです~? イイんですか本当に後悔しません~? 波瀾万丈はらんばんじょうの人生とか刺激マシマシッスよ~?』


「いいんだよ普通に平々凡々な人生でも。結局そういうのが一番幸せなんだって最期に気付くもんなんだよ。何の話だよ私も。いやとにかく、一つだけ、ですね」


 ただ、一つだけ――叶うのならば。



「名前……私の、ハジメ、っていう名前だけ……持っていくこと、できませんか?」


『………………』


「自分でも、上手く説明できないんですけど……何なら、男性にも女性にもありそうな名前で、イジられたりすることもあったんですけど……それでも、大切に思うんです。生きていく中で、どんなに辛いことが、悲しいことがあった時でも……この名前が、不思議と私を支えてくれた……そう、思えるくらいに……だから」



 自分でも良く分からない、取り留めのない発言に――けれど天使は、全てわかっているかのように、にこりと微笑んで。



『……わかりましたッス、ハジメさん♪』


「あっ。……? あの、そういえば、何で私の名前――」



 次の瞬間、遠くに見えていた、沈みゆく太陽のような光が――カッ、と強く光り始めて。


『……さあ、あの光に向かって、歩いていってください。そうしたら、スタート地点に到着しますから。……名前のことは、どうかお任せください』


「あ……は、はい! ……でも名前、どうやって……」


『それはもう……ハジメさんがお腹の中にいる間、寝てるお母さんの耳元で

〝ハジメハジメハジメハジメハジメハジメハジメハジメハジメハジメハジメ〟

 って囁き続ける感じで』


「なんか申し訳なくなってきたな。やっぱやめようかな」


『まあまあ、ちょっとうなされるくらいで、些細なことッスよ。……まあとにかく、短いッスけど……これで、お別れッス』


 そう言って、天使は居住まいを正し――最後の最後に、光へ歩いていく、私へと。



『……いってらっしゃい、ハジメさん!』


「……いってきます!」



 そうして、私の体は、光に包まれて―――………




 産声を上げて、温かな腕と、祝福の中で、名付けられる名前を。


 わたしは、から、きがした…………――――




 ■ ■ ■ ■ ■


『お疲れ様でした、ハジメさん』


 私、〝美坂みさか 初命はじめ〟がに目を開いた時、真っ先に聞こえてきたのは、そんな言葉だった。


 48歳で終えた人生、世の中は色々あるもので、平々凡々とは言えなかったかもしれない――けれど、自他共に最後まで善人と呼ばれるくらいの生を全うした、私は。


 どうやら次の人生を選べる権利があるらしく――目の前の天使から、提示されるのは。



『―――ハイッ! じゃあプランのご紹介ですけどね~っ荒廃した世界で生まれ出でし未来へと紡ぐ希望っていうね! 科学や文明が潰えかけた世に爆誕、目指せ世界の再生、生まれながらの御神体! イヨッ、生まれながらの聖女―――』


「まっ、ちょっ……ちょ……待って」



 私は、片手で顔を覆いながら、軽く消沈しつつ言う。



「アクが……スタート地点のアクが、やけに強すぎるんですよ!」



 あと天使のアクもヤケに強いんですよ。なんだこいつ。

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