二話、キャンパス。
「いい天気だなぁ」
ぽかぽかとした春の陽気に心が弾む。時折吹く柔らかな風が頬を撫でていく感覚に頬が緩む。それは、ようやく色々な物から解き放たれたという喜びも混じっているの
かもしれない。
この大学に受かるまでは、ずっと勉強漬けの日々だった。一刻も早く親元から離れて一人暮らしをしたいという気持ちで頑張ってきた。ようやく、念願の一人暮らしが始まるのだ。これが、胸躍らずにいられるだろうか。
──あ、そうだ。今日は画材を買いに行かないと。
絵描き道具は家から持って来たが、家ではろくに絵も描かせてもらえなかった。そのせいで、まともな道具は高校の美術の時に使っていた物しか持っていない。今日の帰りに寄って帰ろう。
私は歩きながら頭の中で帰りの予定を考える。今日のご飯をどうするかもまだ決めていない。
──アパートの近くにコンビニがあったし、今日だけはそこでサラダチキンとサラダでも買おうかな。
面倒なのでパパっと適当に決める。家にいる時は、コンビニで食べ物を買えなかったので、今日は思い切ってコンビニご飯を買いに行くことに決めた。
それにしても、休憩所はどこにあるのだろうか。さっきから辺りには人がおらず、妙に閑散としている場所に出てしまっていた。
とりあえずベンチに座って少し休みたい。今日はあまり慣れてないヒールを履いているせいで少しばかりつま先が痛むのと、ふくらはぎが疲れているのがわかった。
それに、スーツを着ているせいか、さっきまで気持ちいいと思っていた陽気を暑く感じるようになってきた。じわりと額に汗がにじむのを感じる。
どこかで人に聞けばよかったと半分後悔しているが、ここまで来たからには仕方がない。もっと奥に進もう。そう思い、建物の角を曲がった瞬間に人を見つけ──息を飲んだ。
その人は女の人だった。透き通るような金色の髪が、太陽の光に当たりキラキラと煌めいている。女の人は真剣な面持ちでディーゼルに貼られたキャンパスへと向かい合っていた。女の人はたった一人、誰もいない場所で絵を描いていた。
私は鞄の中にしまっていたクロッキー帳と鉛筆へと手を伸ばし、その女の人を描き始めた。絵のモチーフにしたくなるほど、女の人を一枚の絵として描き記したくなったのだ。それほどまでに女の人が綺麗に見えた。
それは、女の人が端整な顔をしているからなどではない。純粋な情熱、それが彼女から感じられたのだ。初めてだった、何かに熱中をしている人を見るのは。
私はスーツの上着を脱ぎ袖をまくる。絵を描くのに邪魔だった。
鉛筆をクロッキー帳に走らせる。久しぶりの感覚だ。思った通りにペンが引けないのが酷くもどかしい。もっと、もっと集中しなければ。あの女の人みたいに。
ずぷり、と意識が底まで沈んでいく、それをどこかから私が見つめているのがわかった。
ああ、そうだ。思考が切り取られて絵のことしか考えられなくなっていく。この感覚が好きだから、私は絵に打ち込みたかったのだ。学校の美術の時間だけでは短すぎる。もっと、もっと奥深くまで。
シャッとクロッキー帳の上を鉛筆が走る音だけが私の耳に届く。そして、私の意識はクロッキー帳に描かれるものだけへと注がれていった。
キャンパス・キャンバス。 真上誠生 @441
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