第23話 要塞ターシュカにて

 あくまで要塞、そうテスレウは謙遜していたはずだ。

 ニルバド皇国の首都からは遠く離れ、周縁に位置する前線としての街。

 しかし馬車に乗ったままターシュカの門をくぐったレンの眼前に広がっていたのは、活気に満ちた都としての光景だった。


 舌を巻いている彼女の心中を察したかどうかはわからないが、テスレウがさらりと口にする。


「大通りはそれなりに賑わっておりますが、一本外れると静かなものですよ。さらに交易を強化できればもう少し状況も変わってくるかと」


「いえ、率直に申し上げて驚きました。ニルバド皇国内においてまだそこまで序列の高い都市ではないでしょうに、これほどまでとは」


 もっと物々しい雰囲気を想像していたレンにとって大きな驚きだった。

 さすがにヴァレリアのような成熟した大都市と比較する段階にはないが、そのかわりに若々しさが新しい街に漲っている。いずれはヴァレリアに比肩する都となるのも遠い日ではなさそうだ。

 そう賞賛の言葉を伝えると、テスレウは眩しそうに窓の外を眺めた。


「戦えば必勝、殿下の名声は遠方まで届いております。勢いのあるところに人と物と金は集まりますからね」


 自慢げな様子は一切なく、淡々とした口振りだ。


 馬車はそのまま目抜き通りを進んでいき、ターシュカの中心部に築かれた城塞へと到着する。

 一気に雰囲気が変わった。


 以前に〈遠見〉の力を使い、海を越えてニルバド皇国まで視線を飛ばしたサラはジャズイール第六皇子の姿を捉えていた。そのことをレンははっきりと記憶している。時期的には当時もターシュカを拠点としていたはずだ。


 小高い丘に金色の屋敷、かつてサラはそのように表現した。

 だがレンの前に現れたのは、丘全体を建物へと変えたかのような威容を誇る城塞であった。馬車から下りて間近から見上げると、塊に押し潰されてしまいそうな圧力を感じずにはいられない。


 あれからわずか三年でここまで変貌したのか。

 そう考えると、またジャズイールという男への恐れが増してしまう。

 だが泣き言を口にするつもりはない。間もなくレンにはジャズイール第六皇子への謁見という大きな仕事が待っているのだ。


「ではレン殿、また後ほど」


 テスレウと別れ、レンとマルコは城塞内部へと案内されていく。

 建物の内装に関してはさすがにヴァレリア共和国の政庁に一日の長があった。

 といってもターシュカに文化的なセンスがないというわけではなく、要塞としての本分を果たそうとしているかのような素っ気なさなのだ。


「質実剛健を地でいく建物ね」


 案内係に聞かれても構わないよう、言葉を選んでマルコに話しかけた。

 彼もまた「さすがです。難攻不落でしょう」と意図を汲んで応じる。


 そのまま二人は別々の控えの間へと通されかけたが、そこはマルコが頑として譲らなかった。

 ニルバド式の正装に着替えてもらうため、と侍女たちから説明を受けても決して首を縦に振らない。


「私はレン様の護衛ゆえ、側を離れるわけには参りません」


 城塞内での帯剣を許されておらずともその一点張りを貫き、半ば無理やりにレンと同じ部屋へ乗り込んだ。


 レンのために用意されていたのは、ゆったりとした薄い青色のドレスである。

 緩やかなひだが美しい幾何学模様を織り成し、直線を好むヴァレリア式の正装とはまた異なった魅力を放っていた。

 侍女たちの助けも借りてそのドレスを身にまとい、気を引き締める。


 マルコやフランチェスコは戦場で命を賭けてきた。先代の〈遠見〉であったサラは命を削ってその任に殉じた。

 レンにとってはまさにここからが勝負どころだ。時代の寵児となっているジャズイール第六皇子に会い、その人物を見極めなければならない。

 文字通り命がけで。


 正装へと着替え終わり、準備ができるや否やすぐに別の案内の者が現れ、謁見の間への先導を申し出る。


「従者の方もご同行いただきますよう、テスレウ様より仰せつかっております」


 そう述べた案内の者の顔つきに表情らしきものはなく、自身の役割に徹していることが窺える。

 どういうわけかレンは、とっさに先日の襲撃者がつけていた仮面を連想してしまった。かつての護衛役ドナート・ピエリが最期まで顔を隠していた、無表情そのものを象ったような仮面だ。彼もまた駒の一つとしてその生涯を終えた。


 歴史は人々にそれぞれの役を割り振る。

 この時代の中心にいる人物の一人は、間違いなくジャズイール第六皇子。もしかしたらフランチェスコだってこれからそこに名乗りを上げるのかもしれない。


 ただの浮浪児であったレンが、端っことはいえ今や彼らと同じ舞台にいること自体、場違いに感じられて仕方なかった。

 しかし流れに身を任せた末に放り出された舞台だとしても、上がってしまった以上は演者の一人として最後までやり切るしかない。

 その覚悟だけはとっくに決めている。

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