第2話の3

(なんや、こいつ……)


 気を付けよう、甘い言葉で近付く人間。

 それは悪魔かもしれないのだから。

 心によこしまな考えを持つ。


(ま、実際、悪魔なんやけどな)


 すでにケルス、女冒険者に化けたルーズの正体を看破かんぱしていた。


(けど、殺気も悪意もあらへんやん。なんでや?)


 使者を妨害せんとの役目を魔王様から直々に授かったルーズは、まずは本物の案内人をとしたのである。そのうえで偽の案内役になりすまし、使者を待ち構えていたのだ。

 ところが現れたのは幼女である。人知れない山中深くの泉のように、清廉せいれんにしてけがれなく純粋無垢じゅんすいむく。まだ真っ白で、堕落の意味さえ知らないのである。


 ルーズは困惑した。

 同時に神に祈った、悪魔が。


(こーーーっんなっ、私好みのかわいい子なんて!!)


 今度は呪う、人間を。


(幼女を危険な任務に向かわせるなんて! 悪魔どもめ!!)


 悪魔が人間を、悪魔呼ばわりである。


「お姉たん、よろしくおねがいしますでつ!」

「はいぃ……」


 幼女姫がニッコリ。

 悪魔の私に、疑うこと知らず笑いかけてくれた。


 ああ、もう! たまらない!!


 百戦錬磨のケルスも心までは読めない。

 都合よく現れた女が人間に化けた悪魔であるのは分かるし、モニカの使命を妨害しに来たのだとも気付いている。しかし必死で顔を引き締めるルーズの嗜好しこう、性癖など知る由もないのである。

 

「それでは姫様、出発しましょうか」

「あい! 冒険の開始でち!」

「町の外は危ないですから、私にしっかりついてきてください」

「あい! お姉たんにおまかせしまつ。ワックワクでつ! お外、何があるかなあ」

「ああ、そうですねえ。何があるんでしょうねえ」


 小さなマシュマロのようなふわふわお手て。

 ギュッと手を握られてはもうそれだけで、心も命も捧げた魔王様も今この時ばかりは消えてしまっていた刺客ルーズであった。


 ギルドの酒場を出て、偽りの案内人ルーズに手を引かれてやってきたのは転移ステーションである。転移魔方陣から各所へと旅立てるのである。むろん、当地にも魔方陣がなければ行き来することかなわないが。

 

 魔族が歯噛みの夢のシステム、あっさり作ったのは大神官のリジェルであった。


 その一つの魔法の扉を抜けた先、そこは雪国、ではなく……。

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