第2話の2

 旅はスタートからつまずいた。


 王都から出られないのである。

 妨害は山ほど、あちらにもこちらにも。

 案内人がいるとのリジェルの話だが、そこにたどり着けもしない。


 モニカにとっては見るもの聞くもの、初めてのものばかり。

 興味津々。小さなお目めをキラキラと輝かせて。

 あっちのお店は何かしら。

 こっちの食べ物おいしそう。

 あの人、この人、お城のなかとは違う。

 活気あふれる街に幼女が居ても立ってもいられるはずがないのである!


「あれはなんでつか?」

「露天商やなあ。遠いとこから来とるんや」

「いいにおいでち~」

「こらこら、お金払わんと食べられへんで。お嬢、お金持ってへんやん」

「お金って、なんでつか?」

「おいおい、そこからかいなぁ。お勉強、さぼりすぎやで」

「おべんきょう、きらいでち! お外でおあそびがいいのでつ!」

「んで、疲れたらお昼寝かいな。城んなかやったらええかもしれんけど、町なかでやったら危ないでぇ」

「何がでつか?」

「人さらいとか、悪い奴も多いんや」

「みんないい人でち」

「そりゃな、お城んなかの人間がお嬢をな……、って! おいおい、ゆうてるそばから……」


 ケルスのご高説の途中でもう、モニカは次に目移り、走り出していた。


 お目付け役、護衛役のケルスは大弱りである。

 幼女が一人、テテテと物珍しげにあっちこっちさまようのである。

 目立たないはずもない。

 大型犬に変身したケルスはモニカを止めるのだけで必死である。

 幼女のとなりならその姿のほうがいいとの判断も、かえってそれがあだになってしまった。


(戦場を駆ける死神とまで恐れられたワイが……)


「お嬢、お嬢! そっちちゃう!」

「ああもう、そんなん触ったらあかん。ばっちいでぇ」

「そこは子どもが行くとこちゃうで!」


 わんこだからおおっぴらに人語を話すわけにはいかない。

 声を潜めつつ、必死でモニカを押しとどめるのである。

 その苦労、推して知るべし。幼女の怖いもの知らず、おそるべし。


「お遣い、あるんちゃうんかい!」


「そうでちた!」


 ようやく案内人との合流地点である、冒険者ギルドへ。


「いらっしゃい」


 と、声をかけた主人はびっくり仰天。

 大きな白い犬を引き連れた幼女がひとりきり、きょろきょろと興味深く中を覗き込みつつ荒くれ物のたまり場に入ってくるのだから。


「ちょ、ちょっと、お嬢ちゃん……」


「ああ、私のツレです。ご安心ください」


 ギルドのマスターが駆け寄ろうとしたその時、その前をすっと割って入った痩身の女性がいた。腰の剣はナイフとも思えるほど細く短い。大胆なホットパンツ姿に、ギルド内にいた男たちは誰もが振り向いたものだ。ツンと澄ました冷たい目は野暮な男など全く見ていないが。


「お嬢ちゃん、どこから来たの?」

「おつかいでつ!」

「おつかい?」


 女冒険者は見た目に反して子どもに優しいようだ。迷子を保護しようとしたのだろう。


「あい! 姉たまにここへ行くようにいわれまちた」

「待ち合わせ、かしら?」

「これを見せればいいといわれたでつ」


 モニカが何の疑いもなくポシェットから取り出したのは、まぎれもない王家の紋章である。


 女冒険者は目をむいた。

 当然だろう、ふらりと現れた謎の幼女が王家の紋章など。

 にわかに信じがたいが、ニコニコと彼女が手にする紋章は明らかに黄金で出来た本物。子どものおもちゃには過ぎたものである。そういえば聞いたことがある。城の奥に幼い第三子がいると。もしや?


 一転、彼女の態度が変わった。

 声を潜め、胸からペンダントを引き出した。


「モニカ、さま?」

「あい!」

「やはり……。私は案内役をおおせせつかったものです。まさか、王女様がいらっしゃるとは思ってもいませんでしたが」


 彼女が見せたペンダントは王国騎士団のもの。

 確かな身分を証明するものである。

 在野ざいやの冒険者が持てるものではない。

 なるほど。冒険者に偽装した正規の案内人だったということか。

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