第5話  スーパーの駐車場

 奥多摩から都心に向かう時、一車線の道をひたすら進んでいくことになるし、途中、短いトンネルを幾つも越えていくことになるわけだけど、

『ウォン オォン ウォン ウォン』

 トンネルに入る度に、サイドミラーに後続のバイクが映し出される。バイクのエンジン音もウォンウォン聞こえるんだけど、トンネルを出た途端にエンジン音も無くなり、サイドミラーに映っていたバイクの姿も居なくなる。


 目の錯覚かなとか、トンネルに入った時の反響の音かなとか、そんなことも考えられるわけなんだけど・・


「ねえ、さっきからトンネルに入るとバイクの姿が見えるんだけど、トンネルを出ると居なくなるの。私、疲れているのかな?」

 という声が後部座席から聞こえてきた。

「うん、私もバイクのエンジン音は聞こえているよ?」

 後ろの方を見ながらもう一人の子まで言い出している。

「だけどバイクの姿が見えないの、なんでだろう?」


 半泣き状態の後ろの二人に僕は声を掛けたとも。

「ここら辺はさ、峠道を攻めてやろうっていうバイクが結構訪れるし、実際にバイクに乗っている人も多いじゃない」


 後続は居ないんだけど、さっきから奥多摩湖方面に向かうバイクとはしょっちゅうすれ違っているんだよね。


「秩父の方に正丸峠っていうのがあるのは知ってる?」

「正丸峠ですか?」


「そう、奥多摩から山一つ向こう側にあるのが秩父で、そこにある峠なんだけど、そこの峠には女の霊がいて『バイクに乗せて』って言いながら追いかけて来るっていうのは有名な話なんだ」

「「はあ」」

 二人は何の話?と疑問に思いながら耳を傾けている。


「それに、今日、ここまで来る間に通ってきた青梅街道には『コツコツ婆』っていうのがいて、夜になると這いつくばった状態で、肘をコツコツ突きながら追いかけて来るっていう有名な話があるんだけど・・」


「え?コツコツ?」

「肘でコツコツ突いて追いかけて来るんですか?」


「超有名な話だよ。学生やってれば、幾つかは地元のホラー話っていうのを聞いたりするよね。それで、人間っていうのは思い込みの生き物だから、今、幾つもトンネルを通り抜けてきたし、怖い思いもしたから、今まで聞いたことがあるような話と今の自分の状況をリンクさせちゃって無意識のうちにパニックになるのは良くあることみたいだよ?」


 ベタリッと上から思念体が降ってきて車の窓ガラスに張り付いたけど、無視だよ無視、チャンネルを閉じている間は見ることがなかったものなんだから、僕は無視一択を選択するぞ!


「特にこの辺はバイクとか車とかも事故を起こすし、近くにはドクターヘリも到着出来るようにヘリポートとかもあったりするし。だから何か居るかもって思い込むことで、本当はいないものも見えると錯覚したりするんだって」


「それじゃあ、バイクの音がするのも集団ヒステリーみたいな?」

「だって、後ろからバイクは付いてきていないけど、向かい側から来たバイクとはすれ違っているもんね。そのバイクの音を耳が捉えていただけってこともあると思うよ」


 そんなことを言いながらも、バイクに乗っている霊体は追いかけてきているし、よく分かんない雑多な霊も追いかけて来てはいるんだけど。


「怯えるのは良いけど、それで事故したら元も子もないからね。とにかく安全運転で移動します」


 僕がそう言うと、後の二人は、

「ありがとう」

「安全運転でよろしくお願いします」

 と言った後は、特に怯えて騒ぐようなこともなかったんだ。


 紳士な僕は、花小金井駅で二人を下ろすとそのまま家に帰ったわけ。

「出来たら連絡先を〜」

 とか言われたけれど、僕は丁重に断った。


 そんな連絡先交換をしている暇はない、僕には真っ先に行かなくちゃいけない場所があったからね。



 一旦、スーパーの駐車場に車を停車させると、僕は君島さんにラインを送った。

 君島さんは僕が小学四年生の時に、交通事故に遭って入院した病院の看護師さんなんだけど、幽霊が見える系の人なんだよね。


 幽霊が見えるようになるかならないか、それは、体の中にあるチャンネルを回すようなものだって君島さんは言うんだけど、君島さんのレクチャーを受けた僕は、高校受験の時に自分のチャンネルを閉じることに成功したってわけ。


「私は病院に勤めるようになってチャンネルがガッツリ開いてしまったんだな。オカルト関係の話や事象はチャンネルを開く鍵になるからそれだけは気を付けろよ」


 君島さんはそんなことを僕に言ってくれたわけだけれど、本日、バーベキュー同行者の強烈な悪意によって『日本最恐の心霊スポットの一つ』に行く羽目に陥り、ガッツリチャンネルが開いてしまったわけだ。


 車の外にはベタベタと幽霊が張り付いているし、黒々とした何かの隙間から見える人の目が僕の方をじーっと見ている。僕はスーパーの屋上にある駐車場に車を停めていたわけだけど、もしも、霊感が強い人がスーパーで買い物を終えて、屋上の駐車場に戻って来たとしたら、

「ぎゃーーーーーっ!」

 と、叫ぶに違いない。


 僕の左肩には相変わらず鳥の足のようなものが付いているし、そいつのお陰かどうかは分からないけれど、助手席には何かしらの霊体はやって来ない。


 だけど、髪の毛が長くて顔が色白で、ブルーのワンピースを着ている女性が後部座席に座っていて、ルームミラー越しに僕の方を見てニタリという感じで笑っている。


 僕はスマートフォンを取り出すと、君島さん宛にラインのメッセージを送った。


『お久しぶりです。僕、今ピンチに陥っています。車で奥多摩までバーベキューに行ったんですけど、騙し討ちみたいな感じで日本最恐の心霊スポットの一つと言われる花魁淵に行く羽目になったんです。おかげで幽霊まみれです。助けてください!』


 中学受験でチャンネルを閉じて以降も、僕は正月となったら君島さんに『あけましておめでとう』メッセージを送っていたのだ。こういう人の縁っていうのは絶対に繋げておいた方が良いと思ったんだよね。


 今日は日曜日で、診療所の仕事はないはず!仕事の時にはラインのチェックも出来ないけれど、今ならきっと出来るはず!


 祈る思いで僕が運転席で待ち続けていると、

『君は馬鹿だな』

 というメッセージが送られてきた。

『今、アドレスを送った児童公園は駐車場が付いているから、そこの駐車場で待っていろ』

『到着したらメッセージを送れ』


 僕はスマートフォンを持ちながら感動で打ち震えたよ。

「君島さん!ありがとう!」

 君島さんは本当に面倒見が良くて、女神のような人だ!僕の救いの神だ!


 早速僕はスーパーの駐車場から車を移動させた、安全運転を第一に考えて車を運転させたよ?麻衣ちゃんとドライブの一つも出来ないまま死ぬのは絶対に嫌だったからね!



     ***************************



 正丸峠の『バイク乗せて』と、青梅街道の『コツコツババア』はメジャーな話だとは思うのですが、トンネルに入るとバイクが見える。トンネルに入るとスポーツカー(峠を攻めている感じの)が見えるというのは、あるある話の極みですかね。


 大垂水峠でもありますし、静岡清水の薩埵峠でも同様の話を、実際に体験したという人から聞いたことがあります。もちろん、奥多摩へ通じる道にもこういったオカルト話はありますし、車やバイクの事故は本当に多いです。車の運転には気をつけて!!

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