第4話  やってらんねえ

「「サプラーイズ!」」

 滝壺が見られるようになっている開けた場所まで来たところで、滝が流れ落ちる音に負けじと、杉山くんと五島さんがはしゃいだ様子で言い出した。


「サプラーイズって・・」

 滝壺は鬱蒼と生い茂る木々に包まれる岩肌の向こう側の方に見えるし、滝壺の上から差し込む陽の光はわずかに見えるけど、夕日と滝壺のコラボって感じじゃないなぁ。もしかして、実は夕日は関係なかったんです〜的なサプライズ?


 と、僕がぼんやりとそんなことを考えていると、

「やだ!ここ!」

「花魁淵じゃん!」

 僕と一緒に車に乗って来た女子二人組が悲鳴をあげるように言い出した。


「ええー〜?花魁淵ってなんなの?」

 大森くんが、訳わからんって感じで声をかけると、女の子二人は近くの白い看板を指差しながら言い出した。


「ほら!ここにもおいらん淵って、書いてあるでしょう!」


 それは市の観光協会が立てている看板で、ここは黒山金山という金を採掘することが出来た山の近くで、戦国時代、武田勝頼が亡くなり、甲斐武田氏が滅亡することによって、武田軍の隠し金山となっていた黒山は閉鎖されることになったって書いてある。


 鉱山労働者を相手にしていた遊女五十五人から情報が外に漏れないようにするために、皆殺しを考え、酒宴だからと女たちを滝壺に呼び出し、藤蔓で出来た橋の上まで連れて来ると、酒を飲ませ、舞をまわせ、宴もたけなわといったところで、橋の蔓を切って遊女たちを滝壺の中に沈めたそうだ。


生き残った遊女についても、近隣住民には助けてはならないと御触れを出したそうで、死んだ遊女を哀れに思った地域住民が、供養のために御堂を建てたっていうんだよね。


「日本最恐心霊スポットの一つって言われているところじゃん!」


 キーーーーンッ


 無茶苦茶耳鳴りがしてきたぞ。

 これは、あれだよ、あれ、閉じられたチャンネルが、グアーッとあけられていく感覚。僕は実際に博物館でしか見たことないけど、昔のテレビは、つまみ型のチャンネルを指で挟んでぐるっと回していった訳だよね。


 あんな感じで、ゆっくり、ゆっくりとチャンネルが動いていく。

 すっかり忘れていた感覚、久しぶりに体験する悪寒を我慢しながら顔をあげる。


 騙して心霊スポットまで連れて来た杉山くんを怒る女子たちの後ろの方で、坂本くんがスマートフォンで撮影しているみたいだし、その後ろの方で五島さんがニタリと笑っているのに気が付いた。


「ねえ!真山くんって!中学の時には幽霊が見えるってことで有名だったじゃん!」

 おかっぱ眼鏡ははしゃいだ様子で言い出した。

「ここって、日本最恐の心霊スポットなんだけど、何が見える?ねえ、何が見える?」


 チャンネルを開いた僕の視界には、見えているよ。

 悍ましいほどの黒々とした悪霊を抱えた五島さんがしっかり見えているよ。


「ちょっ、やめろよ!そういうの!」


 大森くんが怒りの声を上げる中で、

「ああ〜!そういえば大森は中学の時にコックリさんやって失神したことがあったよね〜」

 と、茶化すように五島さんは言い出した。


「コックリで倒れるくらいだから、大森も霊感強いんじゃん?」

「なに?なに?何が見える?」

「ここって着物の女の霊とか見えるらしいよ?」

「見える?女の霊とか見える?」


 うわー〜やめてくれー〜。

 女の霊体が崖を這い上るようにしてこちらの方へと向かってくる。

 ここがどういった場所なのかは分からないけれど、神聖なるパワースポットなのは間違いない。普通、霊体っていうのは年月が経てば経つほど劣化するものなんだけど、十体くらいの黒々とした人の影が、こちらの方へと向かって来る。


 これは滝壺から登って来るのとは別物で、時代は新しいように感じる。


『おぎゃあ・・おぎゃあ・・おぎゃああああ』


 赤ちゃんの泣き声が森の方から聞こえてくる、その声がどんどんと近づいて来ると、五島さんと一緒になってはしゃいでいた女子が、

「う・・お腹が痛い・・」

 と言ってその場にしゃがみ込んだ。


 その女の子の下から何かのシミみたいなものが滲み出る。地面を流れ出るそれは真っ赤な血のようにも見えて、そこから赤ちゃんの手が伸びているのが僕には見えた。


「子供を堕したことがあるのか・・」

「何?今何か言った?何か見えるの?」


 僕の呟きに目をギラギラさせながら五島さんが問いかけてくる。

「また何か見えたの?ねえ?また何か見えたの?」

「智充、お前、マジかよ?」


 驚き固まる大森くんを見て、僕はため息を吐き出したよね。

 僕を見るみんなの目が、まるで化け物でも見るような目に変化していく。


「はっはははは」

 僕は思わず笑っちゃったよ。

「やってらんねえって」


 そう言うと、集まる死霊とか水子の霊とか、そんなものはまるっきり無視して、僕は元来た道を戻り出した。チャンネルを閉じていたから分かるけど、そこに居たとして、こっちが完全に無視していれば何の問題もないものなんだよ。


「真山く〜ん!何が見えるか教えてくれてもいいじゃな〜い!」


 後ろから五島さんの声が聞こえて来たけど、僕はまるっきり無視をして車へと向かう。森の中に続く階段を僕は一人で登っていた訳だけど、そのうち、僕と一緒にここまで来ることになった女子二人が追いかけて来た。


「真山くん!」

「お願いだから私たちも一緒に連れて行って!」


 彼女たちは真っ青な顔で僕を必死に追いかけてくる。


「君たちはあの人たちの友達なんじゃないの?」

 なんか全員に嵌められた気分、不快な気分のまま振り向きもせずに僕が問いかけると、一人の子が必死な様子で言い出した。


「普段からそんなに仲が良い訳じゃないの。ただ、杉山くんが暇だったら一緒に遊ばないかって、他に女子も居るから大丈夫って言われて」

「まさか、こんな怖い心霊スポットに連れて来られるとは思いもしなかったもの」


 確かに、この二人は他の奴らみたいに僕を変な目で見るようなことはなかったわけで・・

「駅までしか送らないよ?」

 僕の言葉に、

「駅までで良いです!」

「とにかくここから離れたい!」

 二人は必死になって言い出したわけだ。

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