第8話  危機一髪にも程がある

 埼玉にある霊験あらたかな神社にお祓いに行ったことで、大森くんは学校に復帰することが出来た。あの後、大森くんの家に遊びに行くことがあったんだけど、純粋にコックリ話をしなくなったからなのか、霊験あらたかな神社のお札の効果があったからなのか。正直に言ってどちらのおかげかは分からないけれど、雑多な思念体やら子供の霊体やらは家から排除されていたんだよね。


 元々、陽キャな大森くんは、家族のメンバーも朗らかであんまり細かいことは気にしないタイプみたいだったから、コックリショックは後を引き摺らずに終わらせることが出来たみたい。


 反対にコックリ友である小宮くんの方は、神社に行った時はスッキリお祓い効果が見られていたんだけど、徐々に徐々に霊体が溜まりだし、気がついた時にはすっかり元に戻っていたんだよね。


 僕らは中学三年生になって、高校受験は何処にしようかってことで悩んでいるし、そろそろ学校の先生とも三者面談が始まりますっていう時期に差し掛かったんだけど、そうしたら小宮くん、幽霊に囲まれすぎて本体が見えない状態にまでなっちゃったんだよね。


 この頃になると、今まで塾に行ってなかった子とかも塾に通い出して、学校が終わった後も勉強、勉強、また勉強状態に突入で、

「夜におにぎりしか食べてない」

「俺、塾から帰った後にゲームしていたら夜中の3時に寝ることになっちゃったよ」

 みたいな話を良く聞くようになった。


 塾って夕方6時から始まるところが多いから、夜ご飯をがっつり食べて塾に行くっていう事になると、時間が中途半端に早すぎるんだよね。それで中学生にもなると夜の10時まで塾だから、コンビニでおにぎりを買って夕食を済ます生徒、本当に多くなるんだよね〜。僕もおにぎり地獄は小学四年生の時に体験したけど、やだよね〜。


「佐竹は今日は休みか」

「木浦も今日は休みか」


 この頃になると、将来への漠然とした不安が大きくなってくるからか、思念体を張り付けてくる奴がやたらと増えてくる。5・6匹、よく分からないものを憑けていたら、大概、次の日には学校を休んでいる。自宅で休んでリラックスしたら憑き物も取れて、普段通りに学校に復帰してくる奴もいるし、憑き物が取れないままフェードアウトする奴もいるわけで・・まあ、僕は見えるだけなので、何とか出来るわけがない。


 憑き物の数で言えばトップオブトップの小宮くんなんだけど、彼は私立中学から公立に転校して来たということもあってか、彼が目指しているのは、ここら辺では一番頭がよい偏差値68もある公立校になっているんだよね。


 塾にも通っているし、夏休みになったら塾の強化合宿に入ることになっているっていうし、日に日に増えていく霊体の数に僕は震え上がっていたわけなんだけど・・・


「うわぁああああああああああ!」


 お母さんに牛乳を買って来るように言われて自転車を走らせていた僕は、歩道橋から体を半分以上乗り出している小宮くんを見つけて大声をあげてしまったよ。


 歩道橋自体は人が全然歩いていないんだけど、その歩道橋の下には車がビュンビュン走っている。その道路の方へ身を乗り出した小宮くんを引っ張っている霊体が異常な量になっている。


「待って!待って!待って!待って!」


 自転車を投げ捨てた僕は、歩道橋の階段を駆け上って行ったわけだよ。僕は小学四年生の時に一回車に轢かれて頭蓋底骨折やっているけど、その歩道橋から落ちたら頭蓋底骨折どころの騒ぎじゃないって!


「小宮くん!待って!待って!思い止まろう!」


 僕は歩道橋から乗り出している小宮くんの腰にタックルするような形になったんだけど、小宮くんはこちら側に倒れ込み、僕の下敷きになって呆然としていたんだよね。それで、真っ青な顔で僕を見ると、

「う・・う・・うううううう」

 涙をポロポロこぼし落としたんだ。


「バカ!バカ!バカ!小宮くんのバカ!なんでこんなことをしたんだよ!」


 僕は小宮くんに向かって怒鳴り声をあげたんだけど、その小宮くんの体からスーッと人の手が伸びて来て、歩道橋の向こう側を指差しているんだよね。


 怖い、怖い、怖い。


 なんで手が小宮くんの体から伸びて来ているんだとか、あっちを見ろ的な感じで指をさしているのかとか、疑問は山ほどあるけれど、

「賢人!お前、一体何をやっているんだ!」

 僕が駆けあがった横断歩道の反対側からやってきたサラリーマン風のおじさんが、大泣きする小宮くんの肩を掴んで引き上げようとしている。


 誰、誰、誰、誰?


 サラリーマン風のおじさんの後ろには、やたらと厳しいお爺さんの霊体が居て、小宮くんのことを軟弱だとでも思っているのかな?イライラした様子で睨みつけているよ?


 ハッと我に返って小宮くんの足元を見ると、小さな霊体が額を地面に擦り付けながら土下座をしているよ。ああ〜、なんか、この二人の関係が見えてきたぞー〜。


「小宮くんのお父さん!小宮くんをここまで追いつめたのはお父さんですよ!」

 僕は小宮くんの洋服の襟首を掴んで持ち上げるおじさんに飛びつきながら言ってやったよ。


「お父さんの所為で!今!貴方のお子さんが自殺をしようとしていました!」

 僕は大声を張り上げてやったよ。

「貴方の所為で!小宮くん!歩道橋から落ちようとしていましたよ!」

 ギョッとして僕の方を見る二人の親子に、尚も言ってやったよ。


「お父さんが帰ってくる時刻を狙っての自殺ですよ!そこまで子供を追い込んでどうするんです?自分の子供が自分の所為で自殺って、全国ネットのニュースになりかねないですし!会社に行っても針の筵になっちゃいますよ!」


 絶対に、世間体を気にするタイプだと思ったんだよね。ほら見ろ、おじさんの後ろに居る厳しい顔つきのお爺ちゃんが、明らかに狼狽した様子を見せている。


「え?自殺ってなに?」

「どうしたの?」

「警察を呼んだ方がいいのかな」


 この歩道橋を渡った向こう側には地下鉄の駅がある為、駅からこっち方面に移動してきた人たちが、僕たちのただならない様子を見てザワザワしちゃっているよ?


 なにしろ大泣きしている小宮くんの襟首掴んで持ち上げているお父さんの足元には、ぶちまけた筆記用具が転がっているような状態だもんね。その筆記用具の近くで、小さな霊体が紙を引きちぎり、鉛筆を蹴り飛ばし続けている。


「僕らこれから受験なのは分かっているんですけど、お父さん、小宮くんの進路についてきちんと話し合って決めていますか?」


「なっ」


「良い会社に行くには難関国公立の大学受験に特化した高校が良いとか、中学受験でせっかく受かったのに、入学した私立中で失敗したのを挽回するために、最難関高校に入学させなくちゃいけないとか、そんなことばっかり考えていませんか?」


 ちなみにうちのお母さんは、そんなことばっかり考えているよ?最難関高校、僕には完全に無理だけど、僕が行ってくれるものと妄想を膨らませているところがあるからね。

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