第5話 終わりと始まり

 蜂が来ないところまで逃げてきて、エレルとロニはようやくひと息つくことができた。


「これから、どうしよう?」

「あの敵はおそらくどこまでも僕らを追尾してきますよね……迂回路を探しても、再び襲われることは間違いないでしょう」


 ロニが周囲を見渡す。目印になりそうなものは見当たらなかった。


「ところで、ここはどこでしょう?」

「え、あんた覚えてなかったの?」


 ロニは気まずそうに告げる。


「いえ、さっきまでは頭の中で道筋覚えてたんですけどね……今の衝撃でちょっとここがどこかわからなくなっちゃいました」


 それを聞いて、エレルは大声を出す。


「あー、要は迷っちゃったんじゃない!」

「迷いましたね」


 どこまでも冷静なロニと反対に、エレルは座り込んで膝を抱える。


「緊急脱出、使うしかないかなあ……」


 エレルがぼそりと呟く。緊急脱出を使えば、最奥部に辿り着いたとしても記録には残らない。それがWDOのルールだった。


「雑魚モンスターだけなら悠長に帰り道を探すって手もあるけど、あんなのがうろついてると思うと落ち着いて探索できないし、何より残りの切り札が雷の魔法だけっていうのも不安よね……」


 今まで、エレルはこれといったピンチに陥ったことがなかった。ダンジョン攻略に失敗して命を落とした冒険者たちの話は聞いていたが、どこか他人事のように思っていた。その中に加わるかも知れないと思うと、途端に寒気が襲ってくる。


「でも大丈夫です。この始祖ノーランの書によれば……多分……」


 ロニが天井を眺めながら歩き始める。


「ちょっと、何やってんの?」

「この書に寄ると、このダンジョンは他のダンジョンより制作期間が短かったそうです。そこで始祖ノーランが直々に潜って、いろいろ不具合を調整したらしいんですよ」

「始祖ノーランが?」


 ロニは続ける。


「それで、開発者がダンジョンでやられてもすぐに脱出できるような仕掛けが残されてるみたいなんですけど……ありました!」


 ロニは天井を指さす。


「この書に寄ると、各エリアの天井に隠しスイッチを設置したそうです。いざというときに脱出できるみたいですね」

「じゃあさっそくそれを試さないと!」


 エレルはロニの元へ駆け出す。


「ちょっと待ってください……何か長い棒が必要ですね、これは」

「わかった、あんた下になりなさい」


 ロニはエレルを担ぎ、エレルはロニの言う天井を見るが、スイッチのような出っ張りはどこにもない。


「スイッチなんてないじゃない」

「壁に模様が見えませんか? 丸に棒が刺さったような、そんな印です。」

「これ落書きじゃないの?」

「古代のスイッチです! ずっと押し続けるみたいですよ!」


 ロニの言うとおり、エレルは模様にしか見えない印に長剣を押し当て続ける。


「本当にこれで元通りに……あっ!」


 急に視界が揺らぐ。足元のロニも体勢を崩すが、何とかエレルを落とさないようしっかり抱きかかえる。


「何が起こってるの!? 緊急脱出じゃないの?」


 それは緊急脱出の魔法とは違う、不思議な感覚だった。ぐらぐらと揺らぐ足元と頭に混乱した2人は互いに離れないよう努めた。


「わかりません! なんかダンジョンも動いてますし!」

「ちょっと学者でしょ! はっきりしてよ!」

「学者だから調べに来たんです!」


 言い争っているうちに照魔灯の光が消えた。真っ暗な中で、2人は言いようのない浮遊感に襲われていた。


「……あれ?」


 先に気がついたのはエレルであった。隣を見ると、ロニが目を回していた。


「ちょっと、戻ってきたよ!!」

「はい……ああ、戻ってきましたね」


 2人はダンジョンの入り口にいた。隠しスイッチは正常に作動したようだった。


「始祖ノーランの書、やっぱり書いてあることは真実だったんだ……よし! これでダンジョンでの実地調査の重要性がはっきりしたぞ!」


 生きて地上に帰れた喜びに浸りながらロニは懐に手を入れた後、途端に顔を青くする。


「始祖ノーランの書が……ない!!」

「ちょっと、ちゃんと探したの?」

「ない、ない、ないいいい!!」


 服をひっくり返して書物を探すロニを横目に、エレルはダンジョンの入り口を見やる。


「もしかしてダンジョンに落として来ちゃったんじゃ……え?」


 そこにはエレルの見たことのない強そうなモンスターがいた。


「ねえ、あんなのいたっけ?」

「はぁ!? 僕が最初に倒したモンスターですよ、あれは……って、もしかして」


 取り乱しながら書物を探していたロニは我に返り、ダンジョンの入り口を見る。


「全部、元に戻ってる……?」


 ロニは急いで魔法袋の中を見る。そこには使用したはずの魔法が山のように入っていた。エレルも魔法袋を見ると、先ほど使用した氷の魔法が元通りに入っている。


「あのさ、もしかして……」


 急になくなった書物、復活したモンスターと魔法。その事実にロニもエレルも同じ結論に辿り着いた。


「全部、元に戻っちゃったのかな……」

「ふりだしに戻る、って奴だね……」


 全てが始まりに戻ったことで、2人は肩を落とした。


「ううう……魔法袋が満タンになったのはよかったんですけど、始祖ノーランの書がないと探索した意味がないじゃないですか!!」


 ロニは悔しそうに地面に手をついた。


「もう一度取りに行けばいいじゃない」

「え?」


 項垂れるロニに、エレルが声をかける。


「あそこで死んだら終わりだったけど、私たちにはまだチャンスがある、そうでしょう?」


 エレルは思い出していた。この「まだチャンスがある」という感覚こそ、エレルの追い求めているスリルだった。それを聞いて、ロニは顔をあげた。


「そうでした……それでは、もう一度一緒にダンジョン攻略をお願いできませんか?」

「え、なんで私が?」


 急に同行を求められて、エレルはどきりとする。


「だって、次のダンジョン攻略には経験豊富な冒険者を誘えと言ったのはあなたですよ?」


 立ち上がったロニはエレルを真っ直ぐ見据える。


「そ、そうだけど……わかった、いいわよ。その代わり謎解きはあんたが全部やるのよ」

「大丈夫です、2回目ですからね」


 それを聞いて、エレルは急にロニが頼もしい相棒に見えた。


「今度はその魔法袋、ひとつも使わせないから」

「せっかくあるんですから、少しくらい使いましょうよ」

「ダメよ、これは冒険者としての矜持なんだから」


 エレルの言葉に、ロニは頷いた。


「はい、わかりました。それでは行きましょうか」


 こうして再び、冒険者と学者はダンジョン攻略を始めた。

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始祖ノーランの書を探して 秋犬 @Anoni

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