スタートライン

あんとんぱんこ

第1話

スタートライン、それはありふれた日常の中に転がっている様なモノじゃないような気がする。

今の私のスタートラインは、今の夫に出会ったことだった。


サラリーマンの父と専業主婦の母、ごく一般的な家庭に生まれた私は、普通に育ち普通に恋をして、普通じゃない年で出産した。

高校三年生の夏、私は長男を妊娠して高校生活に終わりを告げた。

相手の男性とは、二人目男の子の妊娠が発覚した後でサヨナラした。

理由は、よくある相手の浮気と借金。

2人目の夫との間には、一人だけ男の子を生んだ。

そして、またサヨナラした。

今度の理由は、モラハラとDV。


ありふれた理由で二度の離婚をした私は、二度目の終わりを迎える頃には随分くたびれていた。

髪は薄くなり、白髪まみれ、ストレスからの激太り、落ちくぼんだ目と、艶を失った肌。

ありふれた幸薄そうな女が、そこにいた。


このままずっと子供たちに罪悪感からの献身を尽くしながら罵られるのも仕方がないのだと、早くこの人生が終わってしまえばいいのにと思いながら生きていくのだと思っていた。

高校生、中学生、保育園児と、三人の息子の世話をして、自分のやりたいことも何も無くなって、ただの飯炊き家政婦マシーンになるのだと思っていた。


どうしても長男次男との関係を修復したくて、スマホを買った。

同じゲームを通して、少しだけ何気ない楽しい会話が出来る様になった気がした。

そこには色々な人が居て、他人とこんなに話をしたのがいつ以来だったかも思い出した。

上辺だけ優しいんだろうなと思える人も居たし、気楽で安価な出会いを求めてるのが見え見えの人も居た。

仲良くなった人の一人は、マルチ商法を強要してきたりもした。

息子とクエストをして楽しかったり、上手くいかない色々に嫌な思いをして怒ったり、ぱっと見は随分元気に見える様になってきた頃だった。


ただ単にゲームを他意なく楽しんでいる人。それが、今の夫の第一印象だった。

実際は、同じ職場の同僚に勧められてとりあえずやっていただけらしいけど。

たまたまそこにいたという理由で、同じチームにならないかと申請が来て他数名と一緒にクエストを走った。

当時考えることをことごとく放棄していた私は、ただ魔法をぶっ放すだけの魔法職。

私がそこそこ火力のある広範囲魔法で雑魚を蹴散らし、盾役がボスのヘイトを集め、回復と補助のエキスパートである神官からのバフを得て、前衛の剣士と共にボスをタコ殴りにする簡単なお仕事。

神官さんは当時人口が少なくてすぐに違うクエストに呼ばれて消えてしまい、盾役さんも友人との約束でゲームから落ちてしまった。

他の人数が集まるまでと、二人で簡単なクエストの周回をしていた時に雑談交じりにお喋りをして、彼が年下の割に苦労人で家族思いの優しい人だと知った。

暫くすると、仲間を何度も蘇生させて戦わせると噂になるほどの手練鬼畜神官の長男と、毒麻痺デバフの虜になっていた魔法職の次男が加わって、なんとなくまとまりのあるパーティとしてうっかり楽しく遊んでしまったのは、私の中ではちょっとだけいい思い出。

その後で、大人組でお喋りでもしようかとなって、話を聞いてもらっているうちに、その低めの優しい声と聞き上手さに沼に落ちていった。


それから沢山の紆余曲折と、年の差や子供との関係、遠距離恋愛のすれ違いに悩まされながらも何とか結婚までこじつけた。

夫は、私との間に立ちはだかる暗黒騎士のような私の両親からも、ガーゴイルの様に道を塞ぐ子供たちからも信頼をもぎ取って、塔の上で言いえぬ闇に捕らわれていた私を解放してくれる勇者の様に感じた。


中学生になる三男は未だに夫が大好きで、ことある事に末っ子特有の「わがままが許されちゃう」スキルを発動して甘えている。

そこに、成人したけどチョットはかまって欲しい次男と、なんだか夫を取られたように感じて拗ねる私が加わって、ワチャワチャした毎日を送っている。


本当は、弟たちのために大人になるしか無かった早熟な長男にも、もう少し長い時間穏やかな家族生活をさせてあげたかった。

でも、彼は、狭い鳥かごを蹴飛ばして、いち早く社会に飛び出してしまった。


もうすぐ初孫が生まれる今、昔を振り返ると、あの時機械音痴がスマホを手にしようとしたり、初めて息子たちと同じゲームをやり出したり、夫沼の縁から足を踏み出したりした自分に、「よくやった!」と思う。


きっと、私のスタートラインは、あそこだったのだと思っている。


だから私は、これからも何かに行き詰った時や今を変えたいと願う時には、新しいいつもと違う何かを探して、新しいスタートラインから一歩を踏み出そうと思うのだ。

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