異世界すごろく

舞波風季 まいなみふうき

第1話 賽は……ポチッとな

「新年のスタートかぁ……」

 高校二年の正月を迎えて、私は自分の部屋の机に頬杖をついて呟いた。

 そこへ、理絵りえから電話が来た。

「ねぇねぇ祐実ゆみ

「なに?」

「うんとね、【異世界すごろく】ってのがあるんだって。おもしろそうだと思わない?」

「【異世界すごろく】?」

「うん、すごろくをやりながら異世界を冒険するんだって!」

「へぇー面白そうだね!」

「でしょう!?茉美まみ瑠花るかも誘って、皆でやろうよ」

「うんうん、やろうやろう!」


 ということで、あっという間にスタート地点に私と理絵、茉美、瑠花が揃った。

「みんな準備はいい?」

 理絵がスタートボタンに指を置いて私達の顔を見た。

「うん!」

 と、私。

「いいよ……!」

「オッケーよ!」

 茉美と瑠花も準備万端だ。


「それじゃ、いくよぉおおーースタートぉおおーー!」


 ポチッ!


 梨絵がボタンを押すと周りの風景が揺らぎ、薄暗い地下室のような場所になった。

「これって……転位なのかしら?」

 瑠花が室内を見回しながら言った。

 広さはや高さは体育館くらいあるだろう。


「ここにサイコロがあるよ……」

 茉美が指さした先には30cm角ほどの大きさのサイコロがあった。 

「これを振って進むんだね」

 私はしゃがんでサイコロを手にした。

 サイコロは柔らかいスポンジのようなものでできているようだ。


「よし、振るよぉおおーー」

 そう言って私はサイコロを投げた。

 賽の目は……

「1……だね」

 茉美が言うと、目の前の空中にディスプレイが現れた。

「ん、なになに……?」

 梨絵が進み出てディスプレイに浮かび上がった字を読んだ。

「……ゴブリンが……現れたぁああーー?」


 梨絵の声とほぼ同時に4体のゴブリンが私達の前に現れた。

「「「「ギギィイイーーーー!」」」」

「え……!?」

「どうすればいいのよぉーー!?」

 茉美と瑠花も大混乱だ。

 すると、


『装備している武器でゴブリンを倒しましょう』


 と、どこからかアナウンスが聞こえてきた。

「装備している武器……?」

 私は呟きながら腰を見ると、ベルトに短剣が装着されていた。

「あ……!みんな、腰に武器があるよ!」

 私は自分の短剣を抜きながらみんなに声をかけた。

「ホントだ!」

「これを使えば倒せるわね!」

「倒せるかな……?」

 梨絵たちも短剣を抜いて構えた。

「よし、いくよ!」

 私が掛け声とともにゴブリンに斬りかかると、

「「「おおーーーー!」」」

 梨絵、茉美、瑠花もゴブリンに突進した。


 ザンッ!


 私がゴブリンを斬りつけると、

「ギァアアーーーー!」

 という断末魔の叫びとともに、ゴブリンは蒸発するように消えた。

「やったぁーーーー!」

 そう言いながら私が周りを見ると、みんなも首尾よくゴブリンを倒したようだ。

「やったね!」

「うん、おもしろいわね!」

「楽しいね……!」


「よし、この調子でいこう!」

「「「おおーーーー!」」」

 こうして私達はサイコロを振って、コボルド、ハーピー、インプなどのモンスターを次々と倒しながら先に進んていった。


「いい調子で来たけど……」

「少し疲れたわね……」

 モンスターとの何度目かの遭遇の後で梨絵と瑠花が言った。

「そうだねぇ……」

「うん……」

 私と茉美が答えると、


『腕に着いている時計型ディスプレイに現在のステータスが表示されます』


 と、アナウンスが聞こえた。

「え……?」

 腕を見ると確かに角が丸い四角の腕時計型の装置が着いていた。

 そこには、


【HP 15/100】【MP 0/0】


 と、表示されていた。

「あぁーー私、HPがあと少ししかない!」

「私も!」

「あと10しかない!」

「うん……MPもゼロになっちゃってるし……」

 最後の茉美の言葉を聞いて、

「「「MP?」」」

 私と梨絵、瑠花が同時に言った。

「……?うん……」

 不思議そうな茉美。


「私、MPなんてはじめからゼロだよ」

「私も」

「うんうん」

「そうなんだ……」

 そう、顔を曇らせる茉美に私は聞いた。

「戦ってる時に何かやったの?魔法みたいなこととか」

「んとぉ……魔法とは違うと思うけど」

「うん」

「『こっちに来ないで』って思いながらモンスターに手のひらを向けたら、動かなくなったことがあったかも……」


「「「おおーーーー!」」」

「え……?」

「それって多分、金縛りみたいな技かも」

「だね、スタン攻撃とか」

「すごいね、茉美!」

 そうやって私達が茉美を囲んでわちゃわちゃしていると、アナウンスが聞こえてきた。


『これから回復ターンです。回復ターンは一人ひとり別々に進みます』


「別々かぁ……」

「不安だねぇ……」

「まあ、仕方ないわね……」

「うん……」


『では、茉美さんからどうぞ』

 今度はアナウンスが指示をしてきた。

「え……私から?」

 いつも控えめな茉美は驚きながらも、サイコロを振った。

「2……」


『2は、村下くんのマッサージです。HPとMPが全回復します』


「え……村下くんの……えっ?」

 茉美は状況を理解できずに混乱している。

 すると茉美の目の前に、制服姿の村下くんが現れた。


『茉美ちゃん、マッサージをしよう』


 姿も声も村下くんなのだが、どこかうつろで気味が悪い。

「え……い……いや……」

 恐れおののいて後ずさる茉美。


『茉美ちゃん、俺のマッサージで回復しよう』


 村下くんが差し出した両手の指をウニャウニャさせながら、一歩また一歩と茉美に近づいていく。

「いや……来ないで……来ないでぇーー!」

 たまらずに茉美は逃げ出した。


『次は梨絵さんです、どうぞ』


「なんか不安だなぁ……」

 逃げていく茉美と追いかける村下くんを見ながら梨絵が言ったが、

「えぇい、ままよ!」

 と、サイコロを振った。

 出た目は「3」


『3は佐々くんの手作り弁当です』


「佐々くんの……手作り……?」

 そう言う梨絵の顔は青ざめている。

 そして目の前に佐々くんが、お弁当を手に現れた。

「……!」

 後ずさる梨絵。

『前に梨絵ちゃんが作ってくれたおにぎらず弁当のお礼に俺も作ってみたんだ』

 そう言う佐々くんも、さっきの村下くん同様虚ろで気味が悪い。


「い、いや……別にいいよ……」

 そう言いながら、なおも梨絵は後ずさるが、佐々くんはジリジリと間合いを詰めてくる。


『梨絵ちゃん、食べてよ、俺が作ったおにぎらず弁当』


 普段なら梨絵の勢いに佐々くんがタジタジするところだが、佐々くんのあまりの不気味さに、梨絵が完全に呑まれてしまっている。


『さあ……さあ……!』


 佐々くんは背が高い。

 そんな佐々くんに上から見下みおろすように迫られて、

「やぁああああーーーー!」

 と、さすがの梨絵もとうとう逃げ出してしまった。


 逃げていく梨絵を見ながら、私と瑠花は顔を見合わせた。

「私達もサイコロ振らなきゃなのかな……?」

「う〜ん……振りたくないわね」


『サイコロを振らないと回復はできません』


 アナウンスさんが言った。

「仕方ない……振ろうか」 

「うん……」

 アナウンスの指示で次は瑠花が振った。

「もしかしたら祐実のお兄さんが……」

 と、降る前に言っていた瑠花だが、出てきたのは……。


『お嬢さま、お食事のお時間です』


「爺や……」

 この、爺やさん、気味悪さはあまりないのだが、なんとも要領を得ない様子だった。

「食事……って、これ歯磨きじゃない!」

『いやはや』

「いやはや、じゃないわよ」

『こちらでした』

「これは、石鹸!口から泡を吹いて倒れちゃうでしょ、私!」

 瑠花のツッコミも斜め上でおもしろい、などと思って見ていたら、


『最後は祐実さん、あなたです』


 と、アナウンスさんに通告?された。

「とうとう、私か」

 と悲劇のヒーローを気取る私。

(翔太くんが出てくれるといいな……)

 と思いもしたが、

(いや、ポンコツな翔太くんとか嫌だし、ましてアンデッドみたいな翔太くんだったりしたら……)

 などと頭をグルグルさせつつも、

(ええい、女は度胸ぉおおーー!)

 と気合を込めつつ、

「ていっ!」

 とサイコロを振った。

 出たのは「6」。

(これって、数字関係なくない?)

 と、内心ツッコミを入れつつ。誰が出てくるのか待った。

 そして、出てきたのは――


「あ……兄貴ぃいいーー!?」

『そうだ、俺で悪かったな』

 そう、出てきたのは私の兄貴だった。

 別に兄貴が嫌いという訳ではない。

 どちらかと言えば私達は仲の良い兄妹だと思っている。

 とは言っても……。

「で、何をしてくれるの、兄貴?」

 と、ついぶっきらぼうな言い方になってしまう私。

『そういう可愛げのない態度はないだろう』

 と、やや不満げな表情の兄貴。

「あ、ごめん、つい……」


 などとやっているうちに、逃げていた茉美と梨絵が戻ってきた。

「はぁはぁ……」

「もう、散々だよ……」

 二人は膝に手をついて息を切らしている。

「で、ステータスはどうなったの?」

 瑠花が聞いた。爺やさんはいつの間にかどこかに行ってしまったようだ。

 茉美と梨絵は腕の装置を見た。

「半分くらいかな……」

「うん、私も……」

 どうやら、呼び出すだけでもそれなりには回復するらしい。


「祐実はいいよね、お兄さんが来てくれて」

 瑠花が拗ねたように言った。

「いや、別に……」

(よくはないんだけど……)

『ほらな、瑠花ちゃんはいい子だなぁ』

 と、ややらしくないこと言う兄貴に、

「え……やだ♡」

 と顔を赤らめる瑠花。

「ああーーなんか瑠花だけズルくない?」

 梨絵が異議を唱えた。

「そうだよ、兄貴」

 私もちょっと不満だ。

 すると兄貴は、

『とっておきはこれからだぞ』

 と言って姿を消した。


 そしてその後に現れたのは、

「翔太くん……?」

 そう、間違いなく翔太くんだった……少年時代の。

 小学二年生の時に私が、

『わたし、しょうたくんのおよめさんになる!』

 と、宣言したときの翔太くんだ。


「え……翔太くん?」

「小谷くんのこと……?」

「言われてみれば……?」

 梨絵も茉美も、そして瑠花も少年時代の翔太くんは知らない。

「うん……しょ……小谷くんだよ」


(やば……さっき思わず名前呼びしちゃってた……!)

 私は内心かなり焦ったが、みんなは気づいていないようだった。


『この後はボスキャラとの対決だから、僕がみんなを回復してあげる』


 と翔太くんが持ち前の爽やか笑顔で言った。

「「「「かっわいいーー!」」」」

 私達四人は完全に目をハートにして叫んでしまった。

 そして、翔太くんの可愛さのおかげが、腕の装置を見るとHPが全快していた。


『それでは、この後のボスキャラとの決戦に向けてサイコロを振ってください』


「てか、サイコロ振る必要なくない?」

 梨絵が言うと、


『サイコロを振ってください』


 と、再度アナウンスがあった。

「あ……ちょっと怒ってるみたい」

 私が言うと、

「早く振ろうよ」

「うん……そのほうがいいと思う」

 瑠花と茉美が不安げに言った。


「よし、じゃあ、振るよ!」

 と私はサイコロを放り投げた。

 出た目は「1」。

 その直後、竜巻のような風が起こって、その風が結束していった。

 そして、一度まばゆく輝いた後、光が収まると、そこに人が一人立っていた。

 私達皆がよく知る人が。


「「「「彩子先生!?」」」」

 そう、そこに立っていたのは、私達の憧れの的、保健担当の彩子先生だった。


『はっはっはぁっ!お前たち、よく来たな!』


 彩子先生はいつものように朗らかに笑って言った。


『私を倒せば上がりだ、頑張れよ!』


「て、彩子先生を……」

「倒す!?」

「いやいやいや!」

「絶対に無理……!」

 そう、彩子先生はめっちゃ強い、本気まじで強いのだ。

 以前、学校に侵入してきた変質者を、事も無げに組み伏せてしまうところを、私達はしっかりと目撃している。


『それでは援軍を呼びましょう』


 アナウンスさんが言った。

「援軍!?」

「やった!」


『む……!』


 すると、私達の右手に光の渦が現れて。やがて一人の姿が浮かび上がってきた。

 光が収まってそこに現れたのは、

「あ……」 

「栗田先生……」

「だね……」

「……」

 大変失礼ではあるが、私達は期待を裏切られた。


『て、おい!呼び出しておいてその反応はないだろ!』


「いえ、呼び出したのは……」

「私達ではなくて……」

「アナウンスさんですから……」

「……」


『わっはっはぁーー援軍がおまえとはなぁあーー英二!』

 そう言う彩子先生はどこか嬉しそうだ。


『いや、もうこれ結末見えてるし』

 と、既に諦めモードの栗田先生。


「そんな事言わないでください!」

「そうですよ、先生!」

「助けてください!」

「勝って……!」

 口々に言う私達を困った顔で見ると、栗田先生は、


『しょうがねえなぁーー』


 と、言って構えた。

「おお!栗田先生カッコいい!」

「「「うんうん!」」」

 栗田先生も決して弱くはない。

 ただ彩子先生が桁外れに強すぎるだけなのだ。


『前に言ったよなぁ、俺は一度も彩子先輩に勝てたことがないって』


『今度はわからないぞ、勝てるかもしれん』


 ぶーたれる栗田先生に楽しげに話しかける彩子先生。


『じゃあ、いきますよ、先輩!』

『こい!』


 その直後、二人の姿は完全に見えなくなった。

 少なくとも私達の目で捉えることはできなかった。

 そして、一瞬後、


『ぐあぁぁぁぁ――――……………』


 と、栗田先生は断末魔の叫びの尾を引きながら、私達の後ろの壁にいた虚空へとぶっ飛ばされて消えていった。


「「「「瞬殺……!」」」」

 栗田先生が消えていくのを絶望的な気持ちで見ていた私達は、背後に気配を感じて振り返った。

 そこには、美しくも恐ろしい笑顔の彩子先生が仁王立ちしていた。


「「「「ひっ!」」」」

 私達は恐ろしさで悲鳴すら出なかった。


『どうやらこれまでのようだな』


 そう言いながら、彩子先生が一歩前に出た。

「「「「きゃあぁぁぁ―――!」」」」

 私達はあらん限りの声で叫びながら、全速力で逃げ出した。


『ボスキャラに倒された者のペナルティは……』


 逃げる肩越しに後ろを見ると、彩子先生が両腕を挙げていた。

(やられる……!)


『【スタートに戻る】だぁぁぁーーーー!』


 彩子先生が腕を振り下ろすと、大きな光が飛んできて私達を呑み込んだ。


(あ……もう……)

 私は覚悟した。


 ――――――――――――――


「はっっ……!」

 私はガバっと起き上がった。

「はぁ……はぁ……」

 息が荒いながらも、意識がハッキリとしていく。

「はぁ……夢かぁ……!」

 まだ息は上がって入るものの、肩の力は抜くことができた。


「……と、今日は何曜日だっけ……」

 と独り言を言いながら机の上に目を……。

「え……?机がない……」

 というより、そもそもそこは私の部屋ではなかった。

 体育館のような四角い部屋に、私は布団を敷いて寝ていた。


「ここって……すごろくのスタート地点?」

 そう言いながら周囲を見回すと、少し離れて布団が三つ敷かれていた。

 そして、私より少し遅れてそれぞれの布団から三人が起き上がった。


「梨絵、茉美、瑠花!」

 私は布団から起き上がってみんなを呼んだ。

「え……夢だったの?」

「ここ……どこなの?」

「なんで……」

 私達は四人で集まって手を握りあった。

「やっぱり……」

「ここって……」

「スタート地点よね……」

「……」


 そう言って私達は、お互いを不安な表情で見つめ合った。

「彩子先生が言ってたもんね」

「スタート地点に戻るって……」

「でも、そうしたら……」

「私たち……」


「「「「どうやって帰るのぉおおおおーーーー!」」」」



 ―――――― 完 ――――――

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