第19話 千疋狼

 夕子は真正面の嶺鈴に斬りかかるとみせて、目測より数歩前の間合いで横薙ぎに剣を繰り出した。そして踵を返して回し斬りに、斬線を背後へ伸ばす。大振りの一撃が、襲撃者の振り下ろす剣を襲撃者ごと弾き飛ばした。

「やはり――」

 続けざまに正面に切り返す。初撃に怯んで一拍子遅れた嶺鈴の攻撃を、掬い上げるような斬り上げでかち上げた。前後の敵は迎撃したが、その間に左右の敵が間合いを詰める。真っ向からの斬り下ろしと、脚狙いの斬り付けの左右同時攻撃である。夕子は正面斬りの方を切り落としながら、空中を車輪のように側転して飛び越えた。脚斬りは空振りし、鎬で弾かれ逸れた腕に、刃引きの剣がめり込んだ。左右であったのが直線上に並び、一対一の位置取りとなるが、それはあくまで一時的であった。別な新手が現れて挟み打ちにしようとしてきたので、夕子は攻撃を諦めてその場から跳び退かざるを得なかった。

 今の応酬は挨拶代わりであったのか、敵が動きを止めた。夕子も足を止め、口を開いた。

「随分と賑やかだけれど、お友達の変装ではなさそうね」

「見ての通りっす」と、最初に夕子と対峙した嶺鈴が言った。

「おいリンども、自己紹介してやれ」

 後ろから不意打ちしようとした嶺鈴が親指を立てて己を指した。

「リン二号っす。よろしくな」

「リン三号だけど……いったぁ、これ、やばい、折れてる」と、夕子が切り落としのついでに腕を砕いておいた正面斬りの嶺鈴が脂汗を流し、脚斬りの嶺鈴が「リン四号。よくも三号をやったな。女郎ぶっ殺してやる」とこちらを睨む。そして新手として牽制した嶺鈴が切っ先を突きつけながら夕子に告げる。

「最後はこのあたし、リン五号。といいたいところだが――」

 木の陰から人影が飛び出す。

「六号でーす」

「七号参上」

「八号もいるよ!」

「九号とはあたしのことだ」

 ぞろぞろと現れて九人となった敵に、夕子は囲まれていた。その姿はいずれも弥彦嶺鈴である。

「分身能力、かしら」

 代表として一号が夕子の問いに答える。

「ご明察、ま、見りゃわかるがね。フェアに戦るため説明してやろう。あたしの能力は妖怪系の千疋狼せんびきおおかみ、自分のコピーを生み出す、ただそれだけのシンプルな能力だ」

 単純であるが便利で強い。分身の使い道などいくらでもあり、色々と悪さができる。戦闘に限っても、囲んで叩くというのは原初にして最強の戦術である。

「嶺鈴二人いる説は本当だったということね」

 嶺鈴にはたびたび、彼女の目撃情報が食い違うことがあった。放課後、補習の手伝いをしている時間に決闘見物に参加していたり、工作室でプラモにエアブラシ塗装をしていたはずなのに談話室で夕方アニメをみんなと観ていたりした。朝も霧子と並んで早めに登校したはずなのに、寝たままの生徒をおんぶして校舎玄関に駆け込む姿が目撃されたこともある。

 弥彦嶺鈴複数説というクラスの約半数が抱いた疑念を、もう半数は苦笑いで聞き流していた。後者はおそらく嶺鈴と決闘して能力を使われたことがあり、分身の有効活用であるのを知っていたのであろう。同級生の能力を決闘の実況解説以外で言いふらすのは不躾とされている。何となれば切磋琢磨する相手の能力を事前に知ることで読み合いを避けてはカンニングになってしまう。人口に膾炙しては外部の敵対者に対策を練られかねないという理由もある。

「安心しなよ真理谷夕子。頭数はこの場にいるので打止めだ」

 虚言ではないだろうが、直截的でもない。夕子を囲んでいるのは九号までの九人であるが、人工林にはまだ三嶺鈴ほど潜んでいる。夕子は計十二嶺鈴Twelve Reirinsを相手にしなければならなかった。

 同じ顔が姉妹のように並んで楽しそうに騒いでいる光景は、小柄で表情が豊かなこともあって中々に可愛らしい。

「着せ替え遊びが捗りそうね。室内飼い用に、一匹頂けないかしら」

「あいにく非売品だ。それにあんたみたいなのは小動物の虐待が大好きだろ? ペットにだって選ぶ権利はある」

 失礼な話である。夕子は動物をいじめたりなんてしない。初めてのペットのハツカネズミを噛み殺した野良猫を、餌付けして家猫にしたこともある。ちなみにその猫は年老いて痩せっぽちになるまで長生きしたが、ある日死期を悟っていなくなったと思えば、県道で車に轢かれて死んでいた。

「九人分となるとお洗濯が大変そうだけれど、察するに服や武器、身につけた物品もコピー対象のようね。そしてそれらは分身とともに消失する。だからボウガンは残っていた」

 狙撃されたときのことから推察した。あのとき嶺鈴は夕子の追跡から逃れるために分身を消したが、矢文を消失させないため矢文ボウガンはコピーではない本物を使用したのであろう。

「あの一件だけでそこまでわかるか。というかそもそも不意打ちに対応できたみたいだし、あたしの能力が分身だって、そのときにはもう見抜いていたな?」

 それだけで分身であるとわかるほどの推理力は夕子にはない。あの時点ではあくまで違和感にとどまり、確信したのは嶺鈴を直接見たときであるが、夕子は曖昧に微笑んだ。手札はなるべく隠しておく。

「物品複製能力として見たら、ノンカロリー焼肉食べ放題、なんてこともできそうね。検証するなら協力するわよ?」

「食い意地が張って……っとと、そう言ってあたしの能力を丸裸にするつもりだな。それとも時間稼ぎか?」

 話しながら一対多の戦法を練っているのを感付かれたらしい。

「さてどうかしら」

「あんたみたいなやべー女には、考える時間をやらな――」

 夕子は言葉を遮って切り込んだ。先手をとられる。待ちの姿勢になってしまえばこちらが負ける。それが多数を相手にする鉄則である。狙うのは負傷者の嶺鈴三号、と見せかけて別な嶺鈴である。足を止めずにとにかく虚を衝く。衝き続けなければならなかった。


 瞬く間に躍りかかった初動で三人、剣を弾いた。ダメージはない。防がれたのである。追撃はできない。ほかの六人が包囲して攻撃を始めている。

「A」「B」「C」「α」「β」「ゼロ」

 とそれぞれ掛け声を上げ、大ざっぱに上中下段、小手と足元の末端狙いを同時に仕掛け、剣を振れない三号だけは、組み付くため飛びかかって来た。二本の剣線を絡め取るように弾いて作った回避空間に身体をねじ込み、他の三つの斬り付けを回避する。しかし一拍遅らせた組み付きが軌道を変えて食らい付く。剣の振りでは間に合わない。間合いも近すぎる。柄頭で側頭部を殴りつけた。

「あがっ」

 咄嗟の手振りで威力が出ず、頭は割れなかったが、一時的には無力化した。また同時に、柄頭で殴った反動を支点に別方向に足を差し込み、空振った小手を拍車で抉る。手の甲の骨がごりりとなった。これで二人目の武装解除である。夕子は包囲網を脱出した。

「ったぁ、足癖悪いぞ! 間合い開けろ!」

 剣を落として離脱した嶺鈴が叫ぶ。ぐちゃぐちゃに出血した傷口は、近くにいた別な嶺鈴が素早く救急包帯を巻いた。

「まずは削る。臨機応変、ツインフォーメーションをトリプルで行くぞ」

 剣持ち六人が二人ずつに分かれる。二方向からの同時攻撃を、三組で間断なく繰り出そうというのであろう。

 嶺鈴たちが作戦を立てている僅かな間も、夕子はその周囲を駆け続けた。付け入る隙をうかがうのもあるが、動きを止めては先ほどのような包囲攻撃をまた喰らいかねない。

 一対多では一対一になるよう立ち回るのが理想とされるが、そうならぬよう多数側に立ち位置を意識されたなら、ほぼ不可能となる。虚実なり心術なりで相手を乱してはじめて、瞬間的に一対一で向き合える。しかしそれも相手に心得があると難しい。

 戦闘が始まってから嶺鈴たちは、夕子と目を合わせなかった。攻防の合間、こちらが瞳を覗き込むと、あえて視線を外していた。芽亜を攫うなどしてやましいからではない。読まれないために、読み合いを避けたのである。

 それに分身同士であるからか同時攻撃にためらいがない。並みの人間が真剣を用いてそうする場合、怒りに我を忘れでもしないかぎり、同士討ちの恐れが付きまとって無意識に剣先が鈍ってしまう。多数者側という有利な状況のもたらす安心感がそうさせる。嶺鈴の剣は思い切りがあった。人を斬るのもそうであるが、多人数で同時に斬りかかるのも躊躇がない。慣れているな、と夕子は思った。


 古流剣術には大抵、一対多を想定した修練が組み込まれている。裏を返せば多対一、単体の敵を袋叩きする技術も同時に研究されていたということでもある。これは戦場での実戦を想定する以上に、当時の道場経営に必要不可欠な技術であった。なんとなれば道場破りを無事で逃さないためである。未熟な門弟でも複数でかかれば達人であろうと袋叩きにできるよう、大っぴらにではないが教えていた。現代の剣道にはあえて組み込まれなかったが、ある意味最も実戦的な技術といえる。

 嶺鈴の太刀筋は剣道や、それを西洋剣術と合わせた姫学剣術のそれである。自己流でないなら多対一の戦い方は霧子に習い、二人で研究しているのであろう。霧子の浮遊剣も多対一の能力であるから相性が良い。

 そう考えれば嶺鈴との決闘は霧子とのそれの、となったところで夕子は思考を断ち切った。前哨戦だの予行演習だの、失礼であるし油断が過ぎる。今は嶺鈴を見なければならない。幸いにもこの場に彼女は沢山居る。斬り結んで語り合う機会には事欠かない。夕子は白い髪を靡かせて、白刃の中に飛び込んだ。

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