第9話 機動剣術試験 上
上位五人――
五番の卍姫はかつて中堅に過ぎなかったが死の淵から甦ったことでパワーアップした。
四番の芽亜はそのぶりっ子ぶりとは裏腹な神威の強さで以前から
自分が三番目となったのも、これが能力使用禁止の基礎訓練で、実戦における実力を示すものでは決してない、あくまで打ち廻り運行都合上の仮番付と、そう考えれば一応は納得できる。
しかし一番夕子で二番が霧子というのは看過できないしありえない。夕子が自分より上なのは、悔しいが神威自体は向こうが上なので百歩譲る。あくまで訓練、実力ではない。しかしだからといってその夕子が霧子より上と位置づけられてしまうのはおかしかった。霧子と夕子は神威だけでいうとほぼ互角であるが、実績と(異)能力、技量に人望、あとたぶん胸の大きさ、いずれも霧子が上である。夕子が勝てるのは顔の良さくらいなものであろう。なのにザマ先は夕子の方を上と見た。それはおかしい。筆頭の霧子を差し置いて、顔の良さだけの真理谷夕子をクラスで一番と評価する。それはあってはならないことである。
なによりもいけないのは、クラスで自分が三番手と、誤解されかねぬことである。嶺鈴は己を霧子に次ぐ実力者と自負している。夕子が霧子より上、あるいは霧子のライバルとして並び立つ。そう認識されてしまうと、自分は二位から三位に転落する。嶺鈴の好きなアニメで例えればエンディングクレジットが三番目になる。それは嫌だ、いけないことだと嶺鈴は思った。
嶺鈴はかつて霧子に敗北し、明確に自分が下だと身の程をわからせられた。彼女は物語の主役となる資格を失った。けれども、主役にはなれずとも主役の相棒ではありたかった。せめてものその座を、真理谷夕子などというぽっと出のキャラに押し退けられるなんて許せなかった。
姫騎士学園の時間割は毎週変わるのと延長遅延が多発するのとで、あってないようなものであるが、一応一コマ90分とされている。午前二コマ、午後一コマの計三コマ授業が一年生の時間割の基本となり、二コマで午後休も頻繁にある。案外少なそうに見えるが、放課後は毎日補習や自主訓練があるので、成績優秀者が怠けるというのでなければ暇な時間はそれほどない。
今日の午前授業は一限目が機動剣術訓練、二限目が機動剣術試験となっている。
一限目が終わって休憩時間に入る。今日の午前休憩は二十分である。生徒のほとんどは手洗いや身繕いを済ませると体力回復のため、補助教員の敷いてくれた何枚ものレジャーシートの上に腰を下ろすか横になるかしている。レジャーシートは校章デザインの上質なもので、グラウンドの地べたの上でもごつごつ感はあまりない。拍車付きの姫騎士ブーツは皆きちんと揃えて脱いであるが、膝を崩して座ったり、剣帯を外して仰向けに寝そべったり、校章にお尻を乗せて丸まっている生徒もいる。ちなみに全員、ジャージ姿などではなく制服姿である。一部の剣術流派が実戦を想定して普段着のまま稽古するのと同じで、姫騎士学園の戦闘訓練は正装で行なわれる。脱ぎにくくて蒸れやすいと評判の拍車付きブーツもまた、制服の一部である。
一時間以上激しく動き回って小腹が空くが、水分補給はともかく、栄養補給の間食は最低限に留める。美容目的のダイエットではなく、試験に備えての軽量化である。
意識的か無意識的かで分かれるものの、姫騎士は神気の扱いに慣れると強化の一部を疲労回復に回せるようになる。とはいえ入学間も無い生徒らは大半が未熟であり、今も体力が有り余ってそうなのは芽亜を除いた上位組くらいであった。
卍姫なんかは機動剣術のコツを知りたいのか霧子に絡んで剣を振り回している。
「こうですの?」
「違うわ、こう。こう行ったら、こう繋げるの」
「なるへそ、こうこうこうでこうですのね」
「そこまで繋げようとしたら不安定になるわ」
「
「だから言ったのに」
ひっくり返った卍姫の背中の土汚れを、霧子が落としてあげている。
ちょこなんと座った真理谷夕子は、何が楽しいのかにこにこと笑って空を見上げている。
「日の光が暖かいわね」
と言っては、
「あー、うーん」
と、疲れてぐでーっとなった芽亜に生返事されている。
今日は日差しが結構強い。姫騎士は紫外線にも強いから日焼けの心配はないとはいえ、気分の問題で、休むならやはり日陰が欲しくなる。インドア派を自称する芽亜にとっては、直射日光そのものがげんなりするというのもあるだろう。
「おねーさまー、ひざまくらー」
「もうすぐ休憩が終わりなのだから、そろそろしゃきっとなさい」
まさか普段の寮部屋じゃあんなふうに甘え放題だったりするのかと、そのやり取りを見て嶺鈴は思った。少し羨ましかった。バブみじゃ
霧子の号令で生徒たちが整列すると、ザマ先がいつものような前置きもなく試験内容を説明する。今回は一人一人行う個人試験であるから時間がないのと、休憩時間中も指揮所でデータと睨めっこしていたようなので、嫌味や意地悪を言う元気がないのであろう。
「試験内容は一分往復。一分以内に、指定する番号の目標まで打ち廻りして戻って来る。帰りももちろん打ち廻りザマス」
例えば『4』が指定されたとすれば、『1』『2』『3』と打っていき、『4』を打ったらUターンして今度は『3』『2』『1』と打っていってゴールする。これを一分以内にやる。移動距離を大まかに算出するなら、目標間平均距離の30メートルに指定番号をかけて、それを二倍すればいい。
『4』の場合は240メートルで、一分以内にこの距離を走るだけなら一般人にも容易であるが、剣を持った打ち廻りでこれをやるのは訓練なしでは難しい。大日本帝国陸軍の白兵戦試験にあったといわれる打ち廻り一分往復の距離もこれくらいである。
姫騎士の身体能力は個々で差があるので、この試験も個人ごとに指定目標が変化する。最低基準でいうなら加減速も考慮して時速60キロで分速1000メートルとすれば、指定目標は最低『16』となる。
「一分以内にクリアできなかった失格者はできるまで再試験、といいたいところザマスが、いつまでも付き合ってあげられるほどアタクシも暇ではない。なんせ今日のランチのB定食はステーキザマス。よって今回の試験は一回こっきり、失格者は後日補習、土曜の午後とするザマス」
学食の日替わりメニューのリーク内容に生唾を飲みつつも、生徒たちは気を引き締めた。いくら強くなれるとはいえ、せっかくの半ドンをこの担任と過ごしたくはない。
ステーキ云々は方便であろう。今日の午後には大事な基礎数学の授業がある。最重要科目のある日に授業の延長もそうであるが、体力を使い切らせたり保健室送りにしたりのシゴキはさすがのザマ先でもできないのである。
「それから、一人ずつの試験ザマスが、待機中の生徒はしっかり見学するように」
ザマ先がそう念押しをした後、試験が開始された。順番は出席番号、五十音順である。
「
「はいですの。僭越ながら一番手、行かせて頂きますの」
補助教員がスターターピストルを鳴らすと同時に、土煙をあげて加速した。
青嶋舞奈花は神威が中の下といったところであるが、訓練自体はわりとそつなくこなすほうである。神威もセンスも親友の
最初の一撃は力んでしまったのかコース取りが乱れたが即座に立て直し、以降は速度をあまり落とすことなく、折り返しの『20』に到達する。ただ速度が乗りすぎたのかUターンしきる前に切り抜けの形になり、コースが膨らんで余計な移動をした分のロスが出た。うっかり前の訓練授業でしていた通りに『21』以降を打つ動作パターンをしてしまったのであろう。訓練授業の後半は逆回りでやっていたので、帰り道は問題なかった。
「タイム57、合格」
「やりましたわ! かなっ……ユウお姉様!」
いつもと違い佳奈花ではなく、夕子に向けて手を振った。
ミスをしても合格できたということは、ザマ先の目標設定は案外甘めなのかもしれない。しかし油断はできない。舞奈花のミスを見たことで同じミスはしないであろうと、とくに能力が同等の佳奈花の試験などでは番号を一つ足す可能性がある。ザマ先はそういうところで目敏いし、彼女の言う見学は、本当の意味で見て学べということである。姫騎士同士の戦いは能力の読み合いもあるから、観察眼を養えというのであろう。それもあってか見学といわれて学ばなかった生徒は「節穴ザマスか? くり抜きましょうか?」といびられるばかりでなく、「生来目が見えずとも大丈夫ザマス」と、如何わしい目隠し修行をさせられるのである。
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