第7話 壁
「でも、フェザーが人を頼るなんて意外だなぁ」
「君とフェザーとはずっと一緒に?」
「うん、ずっと一緒。私を守ってくれた。まだ名前もない頃からだよ? リトラ君にはいないの? ずっと一緒のお友達」
「えっ? ええと、今はちょっとね。この前喧嘩しちゃってさ。今はどこにいるんだか」
「きっと捜してるよ、リトラ君のこと」
「かもね……」
「大丈夫。必ずまた会えるよ。絶対に会える」
それは自分にも言い聞かせているようだった。
膝を抱える小さな手を固く握りながら、リトラに明るく笑ってみせる。リトラもそれに応えるように頷いて微笑んだ。
「プリムラ、もう一つ君に聞きたいことがあるんだ」
「なに?」
「君とフェザーは伝説……いや、大昔に実際にあった出来事? で合ってるかい?」
「うん。〈私たち〉は確かに〈いた〉よ。リトラ君は私たちのことを知ってるの?」
「フェザーから話を聞いた時、もしかしたらと思ったんだ。こうして君と会って確信したよ。だけど、君たちはどうやって〈現れた〉んだい?」
この問いに、プリムラは腕を組んで唸った。
「言葉にするのが難しい?」
「ううん、現れるも何も私たちはいたの。花に、木々に、泉に、谷に、色んな所に。それが一つに集まった感じなんだ。〈この私〉に」
と、蕾のドレスをぽんと叩く。
「色んな私がこういう一つの姿になって、色んなフェザーがああいう一つの姿になった。元々の姿とは違う姿だけど、自分だってことはちゃんと分かるんだ」
「確かに、そもそも君たちは〈蜂鳥と花〉の伝説だ。それが何故、人の姿に? もしかすると……」
伝説の基となった存在が、それを語り継ぐ人々の思い描く姿として、より馴染みやすい姿形として現実に現れたのではないか、リトラはそう考えた。
或いは似通った伝説が時と共に統合されたのかもしれない。しかし、泉の精霊といい、何故このような事が起こり得るのか。今は幾ら考えた所で解明することは叶わないだろう。
「まっ、いいか。さて、そろそろ此処を出よう」
「えっ!? 出られるの!?」
「勿論さ、鍵はもう開けてある。今の内に他に身を隠せる場所がないか、外に出られないか確かめよう」
牢の扉を開いてプリムラを促すが、何かに酷く怯えた様子で動けずにいる。
会話をしたことで不安や緊張は幾分和らいだかに思えたが、ロベリアへの恐怖は消えていないようだ。
顔は青ざめ、足は震えている。このままでは危うい。そう感じたリトラは跪き、プリムラの手を取った。
「大丈夫。フェザーのようには出来ないけど、此処から出るまでは必ず守るよ。彼女は外で合図を待ってる。そういう作戦なんだ」
「わ、分かった。なら、私が怖がってちゃダメだよね。フェザーもリトラ君も色々考えてて凄いなあ。リトラ君なんてまだ子供なのに……」
「ははっ、まあね。さあ、行こう」
リトラの後にプリムラが続き、二人は牢を抜けて階段に向かう。リトラはプリムラと離れぬよう、歩調を合わせてゆっくりと進む。
やけに広い通路を突っ切って、ようやく正面階段に辿りつく。階段の幅はこれまた広く、段数もかなりのものだった。その上、一段一段がやけに高い。それは最早、壁のようだった。
プリムラが手を目一杯伸ばして何とか届くかどうかの高さ。これでは一段上るのにかなりの時間を要する。これにはリトラも毒を吐かずにはいられなかった。
「何だこれ、設計した奴は酔っ払ってたのか? そのまま作る奴もどうかしてるぜ」
「が、頑張るから!」
とは言うものの、プリムラも動揺を隠せない。
広い通路を挟んだ牢の中から見ると大きいと思う程度だが、いざ近付いて見るととんでもない。リトラはともかく、プリムラの方は上り終える頃には枯れているかもしれない。
しかも、プリムラは囚われてから何も食べていない。伝説の存在に食事が必要かどうか分からないが、精神的な疲労が蓄積しているのは間違いない。
「ちょっと失礼」
「わあっ!?」
「ほら、これなら楽に行けるだろ?」
持ち上げたプリムラを一段上に置き、リトラが続いて登る。登り終えると、プリムラが不服そうな顔で腕を組んでいた。
「ねえ、リトラ君、そういうことするなら先に言って欲しかったなあ」
「先に言っても自分で登るって言い張りそうだったし、それに君、意外と頑固そうだから」
「まあね」
プリムラは腰に手を当て、胸を張っている。
リトラはその様子を見て微笑むと、そのまま手を差し込んで持ち上げ、プリムラを一段上に座らせた。
「ねえ……」
「はははっ! ごめんごめん。持ちやすい恰好だったから、つい。さあ、次だ」
こうして、一段一段を確実に上って行く。
プリムラを持ち上げて、リトラが続いて登る。これを何度も何度も繰り返し、半ばを過ぎた頃にはリトラも肩で息をしていた。
見下ろせば階下は遥か遠くに見え、見上げれば階上もまた遥か遠い。とは言え、かなり近付いた。入り口は先程よりもずっと大きく見える。
「リトラ君、少し休もう?」
「いや、まだまだ大丈夫さ。プリムラが小さくて助かった。大きかったら大変だったよ」
「大きかったら自分で登ってるよ……」
「ははっ、確かに。さあ、もう少しだ」
それが強がりなのはプリムラにも分かっていた。出来ることなら自分で登りたいが、彼に頼らずに壁を登るのは非常に厳しい。リトラの言う通り、このやり方が一番手っ取り早い。
次第に自分を持ち上げる力が弱まっていくのを感じて、プリムラの口数は段々と減っていった。それから長い間、聞こえるのはリトラの息遣いだけだった。
どれほどの時間が経ったのか、リトラは休むことなく登り続け、見上げれば階上の開けた扉が臨めるほどに近付いた。その扉もまた異様な大きさだった。
腰を下ろして息を整える。残りは数える程度となったが、暫く休んでも手の震えは治まらない。単純な動作ほど肉体への負担は大きい。
「俺にも翼があれば楽だったんだけどな」
リトラが誰に言うともなく呟いた。
「私が踏み台になるよ。後から引っ張ってもらうから、あんまり変わらないかもしれないけど……それでも、リトラ君が登るのは楽になるはずだよ?」
プリムラは本気だった。
それが理解出来たからか、リトラはゆっくりと立ち上がると彼女に近付き、そっと持ち上げて一段上に座らせた。
「その提案は却下、無理だし嫌だ」
「リトラ君は見掛けに寄らず頑固だね。あのね、私は人間じゃないよ? ただの花だよ?」
「そんな風に言われても無理。可憐な花を踏む奴がいますか? いないよ。はい、この話は終わり」
こうして再び沈黙が訪れたが、先程のような重苦しさはなかった。
残り僅か、リトラの腕の様子がいよいよ怪しいと分かると、プリムラがリトラのコートを思い切り引っ張った。
大した助けにならないのは彼女自身も分かっていたが、その必死な姿は確かにリトラの力になっていた。
「ねえ、リトラ君」
「どうした?」
「ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ助かったよ」
こうして、どうにかしてようやく登り終えた二人は、頂上にどっかりと腰を下ろした。
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