第6話 花


「あれっ?」


 水面に触れた次の瞬間、リトラは牢の中にいた。


 牢の中は非常に広く天井も高い。牢と言うより巨大な動物を入れる檻のように見える。


 鉄格子の先、通路の向かいには階段があり、その中頃には上階から漏れた明かりが差し込んでいる。


 リトラは鉄格子に錠があるのを確認すると、直ぐさま腰に下げたポーチを開いて何やら取り出した。


「まずはプリムラを見つけないと」


 彼女は他の牢に囚われているはずだ。まずはこの牢を脱出し、彼女を見つけて合流する。その後、どこかに身を隠して今後の行動を決めようと考えた。


 鉤の付いた小さな棒状の物を鍵穴に引っ掛け、かちかちと鳴らしているリトラを、牢獄の片隅で膝を抱えている少女〈プリムラ〉が見ていた。


 リトラは片隅で小さくなっている彼女の存在に気付けなかった。彼女もまた突然現れた少年に驚き、牢の隅で息を殺していたのだった。


 あの子は一体何をしているのだろうかと、少女は少年の背中をじっと眺めている。


突然現れた時は驚いたが、きっとあの子も自分と同じく閉じ込められたのだろう。そう考えて、プリムラは未だかちかちと音を鳴らしている少年に声を掛けようとぺたぺたと近付いた。


「こんなもん簡単に」


「何してるの?」


「わっ!?」


 びくりと体を震わせて振り向くが誰もいない。


 だが確かな気配がある。ふと視線を落とすと身長はリトラの腰の高さほど、蕾を模したドレスを纏った少女が立っていた。


「びっくりさせちゃった?」


「めちゃくちゃびっくりしたよ……」


「ごめんね? ええと?」


「俺はリトラ。君はプリムラ、だよな?」


「何で知ってるの!?」


 リトラはちょっと待ってと道具をしまうと、少女の前にゆっくりと腰を下ろした。


「俺はフェザーに頼まれて助けに来たんだ」


「フェザーに!?」


 少女の顔がぱっと明るくなる。


「でも、フェザーはどうしたの?」


「彼女は外にいるんだ。俺は中から、彼女は外から、そういう作戦さ」


「さくせん」


「うん」


 勿論嘘だ。


 彼女は只でさえ心細い思いをしていたのだ。君の友達によって生贄にされましたなどとは言えなかった。


 彼女はフェザーに多大な信頼を寄せている。名前を出しただけで表情が明るくなったのだから、その信頼は相当のものであることが窺える。


 事実とは言え、その信頼している友人が他人を生贄にして自分を救おうとしたと知れば、彼女は塞ぎ込んでしまうに違いない。


「そっか、フェザーは外にいたんだ。捕まってなかった、無事だったんだ……」


 プリムラは安心したのか、ぺたりと座り込んで笑った。


 菫色のふわりとした髪が肩にかかると、蕾のドレスと相俟って花が咲いているようだった。

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