第035話


「目的は何?」


 俺の声が低くなった。


「もうそんな怖い顔、しないでくださいよー。本当にちょと一緒にお話したいだけですから」


 それだったらファミレスとかでも十分だろ? と俺は言いかけたが……


 カラオケということは、あまり周りに聞かれたくない話をしたいってことだな。


「わかった。じゃあカラオケでも行こう」


「やったー! ウチ、お腹すいてるんです。ピザとか唐揚げとかフライドポテトとか、頼んでもいいですか?」


「昨日もそうだったけど、知奈美ちゃん本当によく食べるよな」


「そうなんですよ。成長期なんですかね?」


 そんな訳ねーだろ、というツッコミを我慢して、俺はツインテールの美少女とカラオケに行くことにした。




「ちょっと狭いな」


「本当ですね。でもいいじゃないですか。現役女子高生とくっついてお話できるんですよ」


 確かにそうかもしれない。


 これが有料の商売だったら、俺の給料では入れるところじゃないだろう。


 知奈美ちゃんはドリンクバーから、なにやらピンク色の炭酸の液体を持ってきた。


 俺はいつもはビールなのだが、今日はアルコールはやめておくことにする。


 俺の頭の中のアラートが「酒は飲むな」と警鐘を鳴らしていた。


 知奈美ちゃんと一緒に、ドリンクバーからジンジャエールを持ってきた。


「じゃあ食べ物注文しますね」


 そういって知奈美ちゃんは、リモコンを使って部屋のスクリーンにフードメニューを映し出した。


「えーっと……ピザにチャーハン、フライドポテトに唐揚げにソーセージっと……それからたこ焼きもいっときます?」


 この子、本当によく食べるな……。


「いいけど……俺、そんなに入らないかも」


「大丈夫ですよ、楽勝です」


 そう言って知奈美ちゃんは、スクリーンに映っていた注文画面の送信ボタンを押した。


「さてと。歌は歌わない感じかな?」


「そうですね。楽しくお話できればと思いまーす。はい、かんぱーい」


 知奈美ちゃんはピンク色の液体のグラスを出してきたので、俺もジンジャエールのグラスをカチンと合わせる。


 なにここ。


 女子高生キャバクラ?


 それって違法じゃね?


 しかも1対1だし。


 それに……知奈美ちゃんの制服スカートがすごく短い。


 さっきからステルスモードの俺の目に入ってくる、知奈美ちゃんの肉付きのいい太ももが眩しいのだ。


 さらにそのスカートの奥まで見えそうで……これ知奈美ちゃん分かってて、わざとギリギリのところまで見せてるんじゃないのか?


 本当に眼福……いや、目に毒だ。


「知奈美ちゃんは、海奏ちゃんと中学の時から仲がいいんだってね」


 俺は強引に話題を振って、自分の意識を知奈美ちゃんの制服スカートから逸らした。


「そうなんです。はっきり言って親友ですよ。全然タイプは違うんですけど」


「本当に違うよな」


「それ褒めてます?」


「多分褒めてない」


「ですよねー」


 知奈美ちゃんはケラケラと陽気に笑った。


「海奏、すっごく可愛いじゃないですか。もう他校の男子からどんだけ声かけられてるの? っていうくらい、すっごくモテるんですよ。手紙とかの量もハンパないし」


「やっぱりそうなんだね」


 海奏ちゃんは自分からそういうことは言うタイプじゃないけど、案外俺が思っている以上に男の子からのアプローチが多いんだろうな。


「でも……昔っから痴漢にあったり、ストーカーっぽい男に追っかけられたりとかするんですよ。やっぱりああいう気が弱そうに見える子がターゲットになるみたいなんですよね」


「なるほど……そういうもんなのかもしれないね」


 そんな差し障りのない話をしていたら、オーダーした食べ物が次々と運ばれてきた。


 ピザにチャーハン、フライドポテトに唐揚げにソーセージ、それからたこ焼き……二人用のテーブルの上に乗り切らない。


 「テーブルに乗り切らないですね。じゃあ……このポテトは私の膝の上に置きますね。さっきから暁斗さんの視線をチラチラと感じるんで」


「ブフォッ」


 俺はジンジャエールを吹き出した。


「ケホッ、ケホッ……な、なに言ってんの、知奈美ちゃん。俺は別に」


「いいんですよ。そりゃあ見たくなりますよね? 暁斗さん、素人童貞だし」


「今それ、関係ないでしょ? ていうか知奈美ちゃん、わざとそうしてんの?」


「はい、そうですよ。さっきから暁斗さん、ウチの足チラチラ見てて可愛いーって思ってました」


 俺のステルスモードが簡単に看破される……だと?


 やはり知奈美ちゃんの方が、一枚も二枚も上手なのかもしれない。



「暁斗さん。ウチ、協力してあげてもいいですよ」



 知奈美ちゃんがグッと顔を寄せてきて、俺を見上げた。



「協力? なんの?」


「素人童貞卒業の、です」



 綺麗に反り返った睫毛の下から、カラコンで大きくなった黒目が妖しく揺れる。


「ウチ、小柄だけど体には自信あるんです。一応現役の女子高生ですよ。どうですか? 諭吉3で手を打ちます」


「……」


 この子は……何を言ってるんだろう。


 いったい俺の、何を試しているんだ?


 もちろん知奈美ちゃんは、本心でこんな事を言っていない。


 俺はその大きな黒目の奥に、彼女の不安の欠片かけらが見えたことを見逃さなかった。


 もし「じゃあホテル行こうか?」って言われたらどうしよう……そんな不安の欠片が隠しきれてねーぞ。


 大人をなめんな!


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