キミを必ず見つけ出す

平 遊

左腕が死んだ日

「検査の結果異常は確認ができませんでした」


 様々な検査を行った後、医者はそう言った。

 レントゲンはもとより、脳の機能も検査したが、原因が分からないとは。


 俺は、ダラリと力なく下がったままの左腕に目をやり、溜息をついた。


 **********


「うるさいな、だったらなんだよ?」


 ほんのちょっとの出来心だった。

 愛らしくて少し子供っぽい花恋とは対象的な、アダルトな色気のある愛羅の魅力にやられ、二人きりで酒を飲みに行き、酒の勢いと流れで彼女を抱いた。

 割り切った、後腐れのない大人の関係って奴だ。愛羅だって、俺とどうこうなりたいなんて、思ってやしないだろう。

 だが、どこからかそのことが花恋の耳に入ったらしく、涙目の花恋に問い詰められた俺は、開き直ってしまったのだ。


「ほんと、だったんだね……巽くんのこと信じてたのに……」


 俺の左腕を強く掴んでいた花恋の手の力が徐々に抜け、ダラリと落ちる。


「今までありがと。バイバイ」


 そう呟くと、花恋はトボトボと俺に背を向けて歩き出した。


「勝手にしろ」


 あんなに、煩いくらいに、子犬のように俺に纏わりついていた花恋だ。そのうちまた戻ってくるだろうと、俺は軽く考え、引き止めもしなかった。だが、花恋は戻っては来なかった。

 連絡先も変え、アパートまで引っ越して、花恋は俺の前から消えた。

 共通の知り合いに花恋のことを聞いて回ったが、誰も花恋の行く先を知らなかった。


 花恋は、おれの前から完全に姿を消したのだ。


 その日を境に、俺の左腕は、動かなくなった。


 **********


『巽くんの左腕は、花恋のものだよー!』


 そう言って花恋はいつも、俺の左側を歩いていた。ニコニコと笑って俺の左腕をギュッと抱きしめながら。今でもその感触だけは残っている。


「今後の治療方針ですが」

「大丈夫です、ありがとうございました」


 医者の言葉を遮り、俺は診察室を出た。

 治療なんて必要無い。

 俺の左腕はもう治ることは無いだろう。

 俺の左腕は死んだのだから。


 花恋を失った日が、俺の左腕が死んだ日だ。


 俺は完全に、花恋の俺への想いの上にあぐらをかいていたのだ。俺の心だって、こんなにも花恋を必要としていたのに。

 このままだと、俺は左腕だけじゃなくて、心も完全に死んでしまうだろう。

 その前に。


 花恋を探そう。

 必ず見つけるんだ。

 そして、土下座でも何でもして、もう一度花恋の心を取り戻す。

 花恋はきっと待ってくれているはずだ。俺の左腕を抱きしめながら。


 動かない左腕を右手でそっと撫でる。

 花恋がいつもそうしていたように。


「ごめんな、花恋。必ず見つけるからな」


 謝罪と決意表明の言葉に、左腕がドクリと脈打ったような気がした。


【終】

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