ヒロの青春 四

      11

「ふうん、『女タラシ』と、ミキさんには、そんな過去の秘密があったのか……。確かに、ドラマチックね!ドラマチック過ぎて、『眉唾物』と思われるけど、ね……」

「嘘じゃないさ!リョウマ君が僕に、そんな嘘をつく理由がないだろう?それに、ユリさんが三高の四人組を調べているのは、本当だ!ヨシトが教えてくれたよ!第三中学校出身の何人かが、変な『アリバイ調査』をしているって……。三中は、ユリさんとケン君の出身中学校だし、アリバイの日時は、ミキさんが災難にあった時だ!」

「うん、ユリさんが調べているのは、事実のようね……。災難にあったのは、ヒロさんだけど……」

と、オトはいったあと、続きは心の中で呟いた。

(でも、それが事実だから、続きの話も事実だと、決めつけるのは……どうかな?ミキさんって、明るい人みたいだし、ヒロさんに惚れそうだ!なんて冗談をいう人だし、あの──噂話を広げるのが趣味の──みどりさんは、ミキさんの過去のこと、まったく話さないし……。そんな暗い過去を背負っている、とは、思えないんだけど……まあ、それはいいか……)

「それで、ヨシトが調べてくれた結果だけどね……」

「えっ?ああ、そうだった……。二年4ホームの四人を調べてもらったのよね……?」

マサとオトは図書館にいるのだ。オトが考えだした、四人組の名前の『アナグラム』が正解だったのか、マサはヨシトに連絡をして確認を取ってもらった。その結果を今しがた、この図書館のロビーでヨシトから訊いたところだ。ヨシトは、塾がある、といって、すぐに帰った。オトによろしく!と、いってだ。ヨシトは、一度、この図書館で、マサとオトが一緒にいるところを見かけたらしい。美少女のオトに、興味津々にならない男子は、ほとんどいないようだ……

「塾がある?この近くなの?」

と、オトはヨシトの帰りぎわの言葉に反応したのだ。

「ああ、大きな道路の向こう側のビルに学習塾があるよ!なんだオト?学習塾を探しているのかい?中学受験は、今のオトなら、どこでも合格だろう?」

「わたし?わたしは塾なんて行かないわ!家計に負担を掛けたくないから、私立には行かないし……。それより、その塾には、三高の生徒が沢山いるの?」

「うん、三高の生徒が多いみたいだね!一高の生徒は、別の塾に行く奴が多いみたいだね!少し、レベルが違うのかな……?」

「まあ、塾の話は置いといて、ヨシトさんの報告を訊きたいわ!」

「ああ、ヨシトの報告だけど……。ヨシトは8ホームなんだ!理数系のクラス。4ホームは、文化系のクラスで、あまり接点はないそうだ!4ホームの四人は、不良どころか、クラスでは、優等生か、少なくても、平均以上の成績の連中らしいよ!つるんで、悪さをしているって噂もないらしい……。ただ、体格の点でいえば、武井は平均的な体格。神部は予想どおり、『高木ブー』似の小太りで、『プーさん』と、呼ぶ奴もいるらしい。新階は、それほどノッポでもない──176センチくらいだそうだ──が、痩せぎすだから、神部や武井と並べば、ノッポに見えるだろうって、いってた。もうひとりの剣屋は162センチで、クラスの中では、前から7番目の身長だ!チビとはいえないが、その四人が並べば、最も背が低いね!」

「それで、四人は仲良しなの?」

「まあ、クラスメートだし、部活はしていないから、放課後の時間帯は、共有はできるね!武井と剣屋は中学が同じだ!ふたりとも三中だね!神部と新階は別の中学だな……」

「塾には、行っていないの?」

「塾?また塾の話かい?」

「三高の生徒が、城山の東側に来るのって、あまりないんじゃないの?三高は、お城下の西の外れにあるから……」

「ああ、あの辺りは、一高と二高の縄張りかな?もっと中心の商店街なら、三高の生徒もいるけどね……。ええっ!まさか、あの四人組は、その塾に通っていて、あの日は、塾の帰りだったっていうのか……?」

「さすが、名探偵『荒俣堂二郎』、やっと塾の話の伏線に気づいたか……」


12

「シンゾウ君!なんで協力してくれないの?お礼はするわよ!そう、一回くらいは、デートをしてもいいわよ!」

一高の屋上、時計台のすぐ側で、ユリは不良仲間のひとり、シンゾウと話しをしている。三高の不良たちについての情報と、四人組の特定に協力して欲しいと、依頼したのだが、シンゾウの返事は、芳しくないものだった。

「ツバサのやつから、連絡があって、ユリが『ミステリー同好会』に、報復したい、といっているから、話を訊いてくれ!って頼まれたから、一応来たけど、よぉ!俺は、『ミステリー同好会』には、何の恨みも遺恨もねえぜ!そればかりか、俺はみどりにチョイと、興味があるのさ!おしゃべりだけど、面白いし、気っ風がいい!俺のスケにしようと思う。だから、みどりを敵に回すことは、お断りだ!」

「み、みどり?あんなブスの何処がいいの!」

「へっ?お前!自分の顔と比べていっているのか?鏡が曲がっているんじゃないか?どう見たって、みどりのほうが、お前より美人だぜ!胸もあるし……しかも、あいつは、俺を不良だから、と、見下したりしねぇよ!」

「な、何よ!あんなバカな女の……。もういいわ!あんたには頼まない!不良は、あんただけじゃあないわ!」

「まあ、不良はいるさ!だけど、いつも、お高く染まっている奴らに、手を貸そうって不良は、いないぜ!はっきりいってやろうか?ユリ!あんたとケンは、俺たちの仲間では、最も嫌われものだよ!桜井も、そういっているよ!じゃあな……!」

バイバイ!とはいわなかったが、手を振って、シンゾウは階段に向かって行った。その背中を真っ赤な顔をして、ユリは、にらみつけていたのだった。

「残念だね……!」

と、時計台の陰から、ユリの背中に、男の声がかけられた。誰もいないと思っていたのに、時計台の反対側に隠れて、見えなかったのだ!シンゾウとの会話を聴かれていたのか……?

ユリの前に現れたのは、もちろん、一高の生徒だ!しかも、二年生らしいのだが、まったく見かけたという、印象がない!黒ブチの度のキツそうな眼鏡をかけた、小柄な少年だ!

(何?こいつ、蜃気楼みたいに、ボヤけた印象しか、与えないわね!10分経ったら、どんな顔だったかも忘れるわ!眼鏡だけは覚えているかもしれないけれど……)

「ユリさんでしたね?G組の……?話を聞いてしまいました。『ミステリー同好会』に恨みがあるようですね?それなら、僕と気が合いそうだ!」

男にしては、甲高い、女性のアルトに近い声を少年は発した。

「話を聞いてしまったのね?それで、気が合いそう、ってどうゆう意味?あんたも『ミステリー同好会』の連中に恨みでもあるの?」

(とても、あいつらと関わりがある生徒には、見えないんだけど……?)

「まあ、こっちの一方的な感情ですけど、ね……」

と、少年は、ギザっぽく、ズボンのポケットに両手を入れたまま、青い空を見上げた。

「よくは、わからないけど……。わたしも暇人じゃあないのよ!何が言いたいの?あんたの名前は?あんたは、わたしをご存知のようだけど……?」

「ああ、僕の名前ですか?『ヤマサキ・カヅオ』です!名前より、『透明人間』って、アダ名のほうが有名ですけど、ね……」

(透明人間?ぴったりすぎるわ!今にも、消えそうな……。危ない奴かも……)

「僕は、あいつらと、深い関係があるわけじゃないんです!まあ、僕と深い関係の人間なんて、この学校にはいませんけどね……」

(言われなくても、それはわかるわ!)

「ただ、あいつらが、この前の文化部の発表会で演(や)った漫才の出来損ないに、腹が立っているんですよ!」

(まあ、あの漫才は、漫才として見たら、面白くなかったわね!でも、舞台での演目としたら……?盛り上がっていたわ!)

「あいつら、一高の七不思議、っていって、期末テストの前日のことを題材にしていたでしょう?『番長』とか、『妖怪マニア』とか……。あれは、期末テストの当日、欠席した人間なんですよ!」

「ええ、期末テストの前日、うちのクラスのみどりが、ここから、飛び降りた生徒がいる、って勘違いして、その人間を探していたのよ!期末テストには、出れないはずだからって、ね……」

「そう、全部で九人いたそうです!その内のひとりは、三年生の植田さん!東大を目指していたから、欠席も頷けますよね?だから、七不思議には入っていなかった……」

「でも、七不思議の一番目は、ヒロの『自虐ネタ』だったわよ!」

「ええ、ツカミで笑いを取るためでしょうね?それはわかるんです!そのあと、野球部のショウヘイ、妖怪マニアのマモル、番長のマサル、オカマのカオル、イジメられてた、片桐、女タラシのリョウマに、不良のタカシと、七人は、話に登場したんですよ!」

「九人のうち、秀才の植田エイタロウを除いて、七人が……?つまり、あと、ひとり、いたってことよね……?」

「そう!それが、僕なんです!」

「えっ?ヤマサキ君、期末テスト、欠席していたの?確か、期末テストの上位に……、五十番くらいに名前があったわよね?わたしはその下辺りだったから……」

ユリは、偶然、期末テストの結果発表の上位六十人のリストを見ていて、自分のひとつ上に『ヤマサキ・カヅオ』という、まったく覚えのない名前を見ていたのだ!

「ああ、五十一番だったよ!入学以来、最低の順位さ!」

「ええっ!最低?じゃあ、常に五十番以内だったの?ごめん!全然知らなかったわ!優等生なのね……?」

「それも、『ミステリー同好会』のマサとヒロが、まぐれで高得点を取ったからだ!ルミは、いつも、僕といい勝負だったから、今回は、お腹の調子がよくなかったから、負けても仕方ないと思ったけど……、まさか、マサやヒロに負けるなんて……!」

「お腹を壊していたのね?」

(なんだ!こいつ、下痢を成績が落ちた言い訳にしているのね?やっぱり、危険な野郎かも……)

「ああ、それで、試験の前にトイレに行ったのさ!そしたら、クラス委員が、僕の姿が見えなかったのか、欠席していると勘違いして、ヒロのやつに、試験を欠席した人間として報告したのさ!それなら、それで、僕も七不思議の話に挿入していいはずだろう?植田先輩と僕だけ、名前が出なかったんだぜ!バカにしやがって……!」

(バカにしたんじゃないわ!あんたの名前を入れても、誰も知らないから、漫才のネタにならないのよ!しかも、そんなことで、恨まれるなんて、ヒロたちに同情するわ……)

「まあ、僕の恨みなんて、君の恨みに比べれば、些細なことさ!だから、君の恨みを晴らすヒントをあげるよ!三高の不良を見つけたかったら……」

「見つけたかったら……?」

「今日の夕方、その公園で、君と誰か男が、濃厚なラヴシーンを演じるんだね!そしたら、不良がちょっかいを出してくるはずさ!」

「あっ!その手があったか……」

ユリはそういって、屋上から見える天守閣の方向、公園がある辺りに視線を向けた。そして、振り返ると、そこには、誰もいなかった!

「な、何なの、あいつ?透明人間?それとも、幻?幽霊?まさか、ね……」

 その時、『透明人間』は、全速力で階段を駆け降りていた。下腹を押さえて……

(や、ヤバい!寒い屋上にいたから、お腹の調子が……)


13

「ヒロ先輩!なんで僕がこんな格好をしなくちゃならないのです?」

夕刻が近い時間、校舎の西側の通用門から、制服姿のふたりが、周りを気にしながら、出て行った。その門を出たところで、カオルがヒロに質問したのだ。

制服姿と書いたが、ヒロはいつもどおりの学ランなのだが、カオルのほうは、女子の黒いブレザーに、ヒダのあるミニスカート。白いブラウスにリボンをしている。そして、ショートカットの女性用のカツラをかぶっているから、カオルは以前の『美少女』に変身しているのだ!

「仕方ないだろう?マサの計画で、男女のカップルが必要だ!」

「それなら、ヒロ先輩と、ルミさんかみどりさんがカップルになればいいでしょう?わざわざ、みどりさんは、自分が着ていた制服を脱いで、体育のジャージに着替えて、一式を僕に渡してくれたのですよ!これ、さっきまで、みどりさんが身につけていたやつですよ!さすがに、パンティは、鞄の中から出したやつですけど、──鞄の中にパンティをいつも入れているのも驚きだけど──ブラまで外して、僕に着付けをしたんですよ!」

「まあ、カオルの体格はみどりさんとほぼ同じ!ルミの服は小さ過ぎる!これからのミッションを考えてみろよ!藤並神社の公園のベンチで、ラヴシーンを演じるんだぜ!しかも、本気(まじ)で……!僕がルミやみどりさんと、演技とはいえ、ラヴシーンなんてできるわけないだろう?僕は、スズカさん一筋と決めたんだから……!女子の制服が着れて、しかも似合うのは……」

「はい!それは僕しか、いないですね!わかりました!みどりさんの甘い香りがする衣装だから、僕も我慢します!けど、本当に、こんな罠に、三高の四人組が引っ掛かるんですか?」

「マサが調べたんだ!三高の四人組の正体はわかった!今日は水曜日。塾がある日なんだよ!ミキさんが丸山と公園にいた日も水曜日だったからな……」

「それ、例の小学五年生の美少女のオトちゃんの推理なんですよね?マサ先輩!大丈夫ですかね?」

「何が、大丈夫?なんだ?」

「今、六つ違いでしょう?彼女が今の先輩の年齢になった時、先輩は社会人になるかならないかですよね?彼女がこのまま成長したら……、精神年齢、逆転している気がするなぁ!今、同等みたいだから……」

「まあ、な!あまりに美少女で才女ってのは、ヤバいよ、な……。マサもオトちゃんにふさわしい男になるように努力するんじゃないか?そうだ!僕もスズカちゃんにふさわしい男になるぞ!」

「先輩!そろそろ、公園の近くですよ!どっちから入るんですか?南?北側?」

「ああ、ミキさんたちは、北側から入ったらしい!だから、我々も同じように北側から入るよ!」

「大丈夫でしょうね?マサ先輩がいざとなったら、登場するんですよね……」

「マサとルミは、図書館にいるはずだ!三高のマサの友達のヨシト君に協力を依頼しているらしいんだ!四人組が塾に来ていたら、休憩時間に合図をくれるんだよ!」

「先輩!着きましたよ!ここから、芝居を始めますよ!」

そういって、カオルはヒロの左腕に右手を絡ました。辺りは、夕陽が沈みかけて、薄暗くなっていた。

「先輩!寒いわ!公園のベンチで、少し、暖まるって、どう?わたし、変な気分になっちゃった!」

 カオルが上目遣いで、美少女感を出しまくる。芝居とわかっていても、ドキドキと鼓動が高くなった。

「そ、そうだね!誰も、いないみたいだし……」

 ヒロの芝居は、まるで素人だが、それが、かえって、緊張感を伝える効果があった。実は、そんなふたりを見ている視線があったのだ……。

「おい、あいつら、公園の奥で、楽しいことをするみたいだぞ!」

「俺たちは、塾通いで、彼女いない歴、十数年なのに……」

「ジロウ!それ、生まれてから、一度も彼女……いない、ってことだよな?俺と同じだ……!」

「おい、ここからは、本名を呼ぶのは、なしだぜ!それと、マフラーで顔を隠せよ!」

「了解!タケシ……!」

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