ヒロの青春 弐

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「ゴメンよ!あいつらがラヴ・レターを盗んでいたなんて知らなかったんだ!知ってたら、取り返していたよ!」

「そうよ!ヒロ、怪我がなくてよかったじゃない!マサ君が現れなかったら、あんた!今頃、病院のベッドだよ!」

翌日、図書室で、『ミステリー同好会』の打ち合わせをしている。ヒロは、予定していた、原稿を仕上げられないでいた。ルミが理由を追求すると、昨日の事件をマサが打ち明けたのだ。ヒロは大事なラヴ・レターを失くしたショックで、原稿に手がつけられなかった。

「怪我をして、包帯をぐるぐる巻きにされてもいいよ!それであの手紙が帰ってくるならね……!ああ、死んでしまいたい!」

「何、バカなこといってるの?たかが、一通の手紙でしょう?『坂本龍馬の手紙』なら、値打ちがあるけど、スズカちゃんが、あんたに宛てた手紙なんて、何の価値も……?イヤ、ゴメン!最初で最後のラヴ・レターだったんだ……」

「スズカちゃんに頼んで、同じ文章の手紙を書いてもらったら……?ああ、ダメか?時間が元には戻らない……。気持ちの入りかたが、違うだろうからねぇ……。同じ文章でも、同じものでは、あり得ない、か……」

ルミもマサも自分の意見をいいかけて、ヒロの鋭い視線に、言葉を濁してしまう。

「じゃあ、取り戻すしかないわね!」

と、みどりがいった。

「取り戻す?無理だよ!相手が誰だかわからないし、あいつらにとって、あの手紙は、ルミがいうとおり、何の価値もない!ただの紙くずさ!もう破って捨てられているよ……!」

「いや!あいつらの正体は、調べれば、かなりの確率で判明できるよ!三高の生徒で、中肉中背の男がタケシだ!」

「ああ、確かに、デブがそう呼んでいたな……。しかし、あとの三人は名前を訊いてないよ……」

「ああ、ヒロ君は、そのあと、ミキさんを抱きしめていたからね!」

「ええっ?ヒロがミキを……?いつから、そんな仲になっていたの?スズカちゃんのラヴ・レターなんて、いらないじゃないの!」

「あっ!みどりさん、誤解しないで!ヒロ君は、自分の身体で、ミキさんの身体をブロックして、暴漢から守ったんだよ!」

「それ、無茶なやり方だと思う……」

「まあ、時間稼ぎにはなったね!いやそれよりも、ヒロ君が、ミキさんを庇っている間に、僕はあいつらと対峙していたんだ。その会話の中で、彼らは、お互いの名前を呼んだんだ!チビがケンジ、テブがカンタ、ノッポは最後に、シンタって呼ばれた!三高の不良で、タケシ、ケンジ、カンタにシンタって四人組。二日あれば、わかると思うよ……」

「ただし、ラヴ・レターの存在は、疑問だわね?」

「うん!でも、僕は残っていると思うよ!彼らに何の関わりがないものだから、かえって、何もされない……。ポケットの中にそのまま残っていると思うよ……」

そういって、マサは図書室を出ていった。残ったメンバーも、立ち上がり、ヒロに慰めの言葉を投げかけ、

「原稿の締め切りは、明日の朝よ!」

というルミの言葉を最後に、図書室をあとにしたのだった。

その後ろ姿を見送っていた女子生徒が、ニヤリ、と笑って呟いた。

「ふふふ、いいことを聴いたわ!ラヴ・レターか……。ケンにいって、三高の友達から情報を集めて……。わたしたちが、先に見つけてやるわ!そして、みんなの前で、お披露目よ!この前の仇を討つ、絶好のチャンス到来だわ……!」


「三高にタケシって不良は、いないっていうのかい?」

マサは中学校時代のヨシトという友達に連絡して、三高の情報を仕入れている。

「そもそも、うち(三高)には、お前ところ(一高)の桜井みたいな不良グループはいないんだよ!まあ、成績の悪い、落ちこぼれはいるけどね……」

「じゃあ、デブとノッポにチビと、普通サイズの四人組を知らないか?」

「なんだそれ?デュマの『ダルタニアンと三銃士』かよ!そんな連中、山ほどいるぜ!それに、本当に、うちの生徒なのか?不良グループなら、制服を取り換えていたりするらしいぜ!」

「そうだな……。まあ、三高の生徒として調べたいんだ!協力してくれ!まずは、全校生徒の名簿が欲しい。顔写真がある奴がありがたいんだが……」

「顔を覚えているのか?」

「いや、薄暗くて、それにマフラーをしていたから、よくはわからない。ただ、印象ってのがあるからね……」

「名簿の写真は、入学時だぜ!顔も体型も変わった奴が多いぞ!まあ、マサの頼みだ!各学年の名簿を仕入れて、持って行くよ!」

そういって、ヨシトは電話を切った。

「また、事件なの?」

と、受話器を置いたマサに、従妹のオトが尋ねる。

「まあ、な……」

と、マサは曖昧に答えた。

「何で、わざわざ、わたしん家(ち)にきて、電話するのよ?」

「親父に知れると、何かとうるさいからね!お袋が、告げ口をするから、余計ややこしくなるんだ!」

と、マサは答えた。半分真実だが、半分は、可愛い従妹に会いたいからだった。

「それで、どんな事件なの?」

「ヒロの『ラヴ・レター、盗難事件』さ!」

と、ちゃぶ台のある、畳の部屋に戻って、マサはオトの問いに公園の出来事の詳細を語った。

「ふうん!それで、該当する名前がないのね?だったら、ヨシトさんのいうとおり、不良グループが制服の換えっこをしているかもしれないね……?」

「いや、四人とも、制服のサイズが合っていたし、ヒロ君が、『三高の生徒だな?』って訊いた時、学生証のバッジを隠す仕草をしたそうだ!不良たちも、バッジまでは交換しないからね……」

「バッジをしていたの?じゃあ、不良グループではないのかもね?一般生徒で、ちょっと悪ぶっている連中ね!」

「そうだな……。そうなると、範囲が、より広いよなぁ……」

「ヨシトさんから、名簿を預かったら、わたしにも見せてね!パズルのように、候補者を絞り込めると、思うよ……」


「タケシって生徒は、八人いるのね!でも、中肉中背は、いないっていうの?」

と、ユリがケンに尋ねている。

「ああ、名簿で調べて、先輩、後輩を通じて、八人のことを確認したのさ!ノッポがふたり、チビがふたり、デブが三人……」

「じゃあ、ひとりいるじゃない!」

「そいつは、ガリガリに痩せているそうだよ!」

と、ケンがいった。

「名前からは見つけられないようね!よし、次の作戦よ!ケン、先輩、後輩たち五人に、生徒の中で、ノッポと思う生徒を十人、チビを十人、デブを十人抽出してもらうのよ!わたしは、女子から見たやつを同じ数、抽出してもらうわ!ただし、成績優秀な生徒は候補者から外すこと。何人かは、重複するだろうけど、かなりの候補を炙り出すことができるわ!その三種類から、仲間になる組み合わせがきっと見つけられるはずよ!」

「なるほど、その三種類の生徒がひとつのグループになっているのは、限られるってことか……」

ケンとユリは、中学校時代の同窓生や、クラブの先輩、後輩のネットワークを利用して、三高の男子生徒を調べている。ふたりの卒業した中学校は、大半が三高へ進学するのだった。だから、マサの同窓生の三高生徒の数より、はるかに数が多いのだ!その点、ユリは一歩リードしていた。

そして翌日には、十人からの三種類の体型の候補者、各百名ずつの名前が集まった。

名前と学年、クラスに、所属の部活、出身中学校が書かれている。

二年G組の教室で、集めたデータを整理している。一年1ホームから三年8ホームまでのクラス別に百名の名前を仕訳しているのだ。

「かなり、重複しているわね!山田ヒサシって名前は、デブの候補者で全員書いてあるわ!」

「チビは原田キクオが満票だ!ノッポは、バスケット部の田中と、バレーボール部の渡辺と、野球部の矢島が満票!ノッポは候補者が絞られているね……」

「まあ、高校生でノッポなら、180センチ以上が基本だから、誰も同じような答えになるはずよ!チビは、155センチ以下が中心になるわね……」

「デブが多いね!体重が重いだけじゃないからね!小太りもいれば、肥満もいるし、筋肉モリモリの柔道部もいるよ……」

「さあ、この中から、仲間を見つけるわよ!まずは、同級生と、部活が同じ仲間ね……」

「スポーツクラブには、デブは少ないよ!三高には、相撲部や、ラグビー部はないから、柔道部くらいだ!しかし、柔道部にチビは、いないようだね……」

「わたしは、部活仲間じゃないと思うわ!不良に近い連中のはずよ!部活で汗を流している輩(やから)では、ないと思うわ!」

「やっぱり、同級生だろうね……。かなり、組み合わせがあるよ!十クラス以上あるかもね……」

「名前はどう?タケシにケンジ、カンタにシンタはいる?」

「ノッポにタケシはいるよ!デブにケンジもいるし、ケンジはノッポとチビにもいるね!カンタとシンタは、いないよ!」

「チビのケンジ?それ!ぴったりよ!そのクラスにデブとノッポは……?」

「いるよ!ただし、名前は違うし、デブがふたりいる。ノッポはひとりだね……。陸上部のヒサシだよ!」

「二年3ホームか……。まず、こいつらを調べてみるか……?」

「しかし、ユリ!こんな大袈裟な調査をしても、ヒロの失くしたラヴ・レターは、もう捨てられているよ!意味ないんじゃないか?」

「いいのよ!ラヴ・レターはなくても、それを奪った男をヒロたちより早く見つけて、ラヴ・レターをわたしが手に入れた!と、思わせればいいのよ!そして、あいつらに土下座させてやるわ!ラヴ・レターを公表されたくないなら、わたしに土下座して謝りなさい!って、ね……」

ユリはサッカー部のエースのツバサと夏休みの終わりに、郊外のモーテルに入って、エッチをしたのだ。ただし、ツバサは先に勝手にイッてしまって、満足感はまるでなかった……。そこを出るところをサイクリング部の数人に見られたのだった。

小さな噂になったが、サイクリング部の連中は、口をつぐみ、教師に告げ口はしなかった。ツバサとは、一定の距離をとっている。噂は、沈静化していた。それなのに、校長室で、みどりがバラしてしまったのだ!おかげで、『砂かけババァ』にしつこく説教されて、家庭科の通知表の欄は、五段階で『D』評価にされそうなのだ。内申書の点数も下げられるだろう!来年、生徒会の副会長になる予定だったのに……。たぶん、推薦はされないだろう……。すべて、『ミステリー同好会』の所為なのだ!

(報復してやるのよ!)

人海戦術での候補者の抽出は、なかなか、いいアイデアだった。が、ユリは二つの間違いをしている。

まず、ひとつは、タケシという中肉中背はいない。カンタにシンタも該当者はいない。ケンジというチビがいたら、それはかえって別人だ!本名は誰も使っていないことに気がつくべきだった。

そして、二つ目は、ノッポ、チビ、デブの定義である。身長や体重、体型でそれらを定義してしまった。つまり、絶対値を基準にしたのだが、マサたちは、物差しで測って、ノッポとチビを分けたのではない!そこにいた四人を比べて──相対的に──判定したのだ。だから、ノッポといっても178センチかもしれない。チビといっても160センチあるかもしれないのだ。しかし、それをユリは考えもしなかった。

「ふふふ、明日には、四人の悪の正体が判明して、ラヴ・レターの行方を掴んでいるのは、わたしたちね……」

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