第6話

ある程度以上の冒険者になると”二つ名”が付く。自然発生的に名付けられる二つ名もあれば国家やギルドから公式に名付けられることもある。


例えばリーナス帝国にて若干15歳にして天剣の地位に到達したウェストニア・ベルファストという人物には多数の二つ名が存在しており、主なものだと”魔法の天才” ”全属性使い””英雄”などが存在していた。


このうち”魔法の天才” ”英雄”は自然発生的に市井で定着した呼び名だが、”全属性使いエレメンタルマスター”というのは彼が史上最年少で天剣となった際に皇帝から与えられた正式な称号である。


ウェストニア・ベルファストほどの有名人でなかったとしても、冒険者であればB級を超えてくるとその地域で通用するローカルな二つ名が自然発生的に仲間内から呼ばれるようになる。


二つ名の由来は人によっても異なるが主なケースだとその人物の特徴的な武器や戦闘スタイル、はたまた討伐した有名なモンスターに関するもの、性格やスタンスに由来する場合もある。


開拓都市アルテアにおいても他都市と同様、B級以上の多くの冒険者が二つ名持ちである。例えばアルテナ内でも特に有名な二つ名はA級パーティー”情熱の道”のリーダー、アランの”正道”である。彼のその実直な性格と奇を衒わない王道の戦闘スタイルから自然とそう呼ばれるようになった。


A級パーティー”情熱の道”のリーダー、”正道のアラン”といえば開拓都市アルテアに限らずフィアール王国の中でもそれなりに通じる。それだけの実績と信用が彼にはあるということになる。


開拓都市アルテアのその他の有名所でいうと例えばギルドマスターの”豪放磊落”や、アルテア唯一のS級冒険者の”哲学者”などがあり、変わり種ではとあるB級冒険者の”落ち武者”といったものまである。


繰り返しになるがこれらの二つ名のほとんどは非公式なものであり、尊敬と畏怖、そして若干の嫉妬を込めて仲間内から自然発生的に呼ばれるようになるものである。


ウェスの場合は開拓都市アルテアに流れ着いて5年、基本的にはソロ狩りを続けている訳だがそれでも戦闘中に他の冒険者と遭遇したり、あるいはギルドからの指名依頼で他の冒険者と組むことがあった。


その際にウェスの大型の籠手ガントレットと、何らかの流派らしき武術を駆使した戦闘スタイルを見た他の冒険者から”剛拳”と呼ばれるようになる。


というかギルドからの指名依頼でアラン達のパーティーと組んだ際の戦闘がきっかけでそう呼ばれるようになっていた。アラン達のような有名人がウェスのことを”剛拳”と呼んだことから、あっという間に開拓都市の中では”剛拳のウェス”として定着。


ウェス自身は若いときは二つ名にそれなりに拘りもあったものの(実際はそれなりどころかかなり拘りがあり、”全属性使いエレメンタルマスター”についても自ら陛下にお願いしたくらいには拘りがあった)、20代後半を過ぎ30歳を超えてくるとさすがに二つ名に興味も薄れていき”二つ名があると買い物とかに便利”くらいの認識になっていた。


とはいえ”剛拳のウェス”である。このシンプルで粗野な感じ、そして他の何者でもないである感じがしてウェス自身もこの二つ名を気に入っていた。


そんなこんなの由来の話をウェイトレスの仕事が一段落して手が空いたユニがグレース達に嬉々として説明する。


「という訳で”剛拳のウェス”なんですよ!開拓都市アルテアの二つ名ウォッチャーの私としてもウェスさんの二つ名の由来は大まかには聞いてたのですが詳細を聞けてすごく腑に落ちました!」


「なるほどねぇ。確かにあの戦い方はまさに”剛拳”って感じだったわ。うまいこと言う人もいるものね」


「ちなみにグレースさん達は二つ名とかって興味ありますか?」


「んー、どうだろ?私達はまだD級になったばかりだしね」


とグレースがいかにも”二つ名とかあんまり興味無いですよー”という表情で答えていると、その様子を見たエミーがニヤッと笑い


「ふふっ。何言ってるんですか、あれだけどんな二つ名がいいかーなんて話をしておいて」


とグレースをからかう。まさかエミーがネタバラシをすると思っていなかったグレースは顔を真っ赤にすると


「ちょっとエミー!この流れでそれは普通言わないでしょ!」


とぷんぷんしながら抗議する。ノーラもグレースを弄ることに加担し、さらにユニまでグレースたちならどんな二つ名がふさわしいのか?とちゃちゃを入れる。


そんな20歳前後の女子4人の会話を聞きながらウェスは内心で超帰りたいと思いつつ、ユニの二つ名ウォッチャーって何だよ誰かそこもツッコめよと思いながら静かにビールを流し込む。


こんな時におっさんは無力だ。ただ静かに流れに身を任せ微笑みながらビールを飲むに限る。たとえどんなに力があり、”剛拳”と呼ばれていたとしても壊せないものってあるよな、などと非常に不毛なことをウェスは考えながらその日の夜は更けていく。

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