超変態小説「レベル10!!!」についての一考察

立花 優

第1話 超変態小説「レベル10!!!」についての一考察

 私は、現在は退職されたH先輩から、かって、面白い話を聞かされた事がある。



 H先輩は、部長で定年を迎えられた方で、その当時は主幹(課長代理)という役職であったが、とても気さくで話の面白い人であった。

 そのH主幹が言われるには、我が県の某市には面白い伝説があって、今から約千年程前に、全長約一メートルはあろうかと言う巨大な蟹が出現したと言う言い伝えが有るのだと言う。

 そのため、今でも、某市には、北蟹谷(きたかんだ)村と東蟹谷(ひがしかんだ)村の両村名が残っていると話をしてくださった。



 その話を聞いてから、多分、一週間ほど後になってであろう。私は実に不思議な夢を見たのだ。



 その夢の中では、私は何故か内科医となっており、私の患者達が、次から次へと、頭痛とか脳内朦朧感を訴える患者が急増するのである。

 しかも、その症状を訴える患者の住んでいる場所が、北蛇谷村と南蛇谷村の両村に集中しているのだ。



 不思議に思った私は、日曜日に車を飛ばして両村へ向かうと、村人達が手に手に「たいまつ」をもち、両村の真ん中に聳え立つ硫黄山の麓のほこらに次々と参集していく。



 夢の中では、この両村には、約千年も前に、何と全長十メートルを超える大蛇が出現したと言う伝説があったのだ。

 更に奇妙な事に、村人達は、口々に「お卵様」「お卵様」とぶつぶつ言いながら、山道を上っていくのだ。



 その後をこっそりと追っていった私は、その行き先に、巨大な卵ととぐろを巻く大蛇を見たのである。

 ………そう、その大蛇は、巨大化しているのみならず、何と、知能も格段に進歩しており、精神感応(テレパシー)で村人を操っていたのだ。



 その夢を見て、ガバッと跳ね起きた私は休日だった事もあり、即、『お卵様』と題した小説を書き始めた。



 その当時、私はH社のワープロを使っていたが、今まで各社のワープロを触ってきた中で、そのワープロとは非常に相性が良く、我流ではあったが完全なブラインド・タッチができたのだ。要するにキーボードを見なくても、頭に浮かんだ文章を、話す言葉並みのスピードで自由自在に打てたのである。

 だから、あっという間に、原稿用紙で三十枚近くの小説を書いてはみたものの、あるところでその小説はピタリとストップしてしまった。



 何の事は無い。



 私は、「知能を持った大蛇が村人を洗脳し村を乗っ取る」と言う面白いアイデアだけで小説を書いてはいたものの、その最後の結末を見ないうちに夢から目覚めていたので、その後の文章とかストーリーが全く思いつかなかったのである。

 そう、「夢の途中」で目が覚めてしまったために、それ以上はどうしても書き進め無かったのだった。



 さてその後、私が小説を書く事は全く無かったのだが、その十年ほど後に、子供と一緒に当時大ヒット中だった『ハリーポッターと賢者の石』の映画を見に行く事となった。

 その時、私の子供が言うには、「お父さん、あんな面白い小説絶対に書けんやろう。ハリーポッターの小説は全世界で何百万部も売れているんだって」と、言われてカチンときた私は、「小説ぐらいお父さんでも書けるさ」と、ついつい見栄を張って言い切ってしまったのだ。



 しかしだ。ここで本当に小説を書かないと、お父さんが嘘をついた事になってしまう。



 かって、高校三年生の夏休み中に、緋色のビロードの表紙に飾られた江戸川乱歩全集を三十巻、全巻読破した事が、自慢の一つの私としては、ここで引き下がる訳にはいかないのだ。



 そこでたまたま、月刊の公募雑誌を買ってパラパラと見ていたら、女流歌人の与謝野晶子氏が創刊して、その後休刊して再び出版活動を再開していた『K文学』が新人賞を募集している事が分かった。 

 しかも賞金が一位でも十万円と他の賞に比べれば格段に少ないし、応募者数も少ないのだ。よしこれなら、もしかして佳作ぐらいならいけるかもしれない。



 ……とまあ、何と言う安直な考え方であったろう。だが、こうして私は、久々に小説を書く羽目になってしまったのだった。



 ところでそれでは、題名はどうしよう?えーい、面倒だから、「ハリーポッター」を「腫れぼったい」にし、「賢者の石」を「愚者の石」にしたら、丁度、うまく当てはまるではないか!



 こうして私の人生で、何とか最後まで書き上げた小説が『腫れぼったい愚者の石』であり、その『K文学』新人賞に応募したところ一次選考には何故か通ったし、その後、紆余曲折はあったものの、『K文学』の会員に勧誘され、そのまま、私の小説は活字になったのである。

 私の下手な小説が実際に活字になった事で、私の子供に対するメンツも立ったのだ。ここで少なくとも嘘つきお父さんの汚名は無くなったのだった。



 ただ『K文学』新人賞には、その後も数回応募するも、小説部門・エッセイ部門ともに二次選考まで通るのがやっとであり、どうしても一位にはなれなかったのである。簡単に言えば、賞が貰え無かったのだ。

 どうやら私には文才が無い事は明らかだった。



 そこでそろそろ小説を書くのを止めよう。ついでに『K文学』の会員も脱会しようと思っていたら、『K文学』の編集委員で、二~三の文学賞を受賞されているN氏から、ある日突然手紙をもらった。



 その手紙の中で、N氏から「決してあきらめない事」と「推理小説等の分野なら文才はあまり問われないかも」との、二つのアドバイスを頂いたのだ。



 そこで、再び公募雑誌を買って見てみると、漫画『クレヨンしんちゃん』を出版しているH社が、月刊『小説推理』誌で推理小説を募集している事を知った。

 よし、これに応募してみるか?しかし、締め切りは十一月末である。たまたまその年は十一月下旬に三日連休があったので、得意のワープロ(この時は既にパソコンである)の滅多打ちで、校正も推敲もせずに自宅のプリンターでプリントアウトして送ったのが『善良な殺人者』と言う題名の推理小説であった。



 今となっては、その時の事は、ほとんど漠然としか覚えてはいないが、多分、約一日間で書き上げたのではなかったか……。



 しかし、応募作品の少ない『K文学』新人賞ですら二次選考を通るのが精一杯だったのだから、間違いなく落選だろうと思っていたら、何と第二十八回『小説推理』新人賞の一次選考を通っていたのである(ちなみに一次選考通過者は全国公募で二十二名だった筈だ)。



 この月刊『小説推理』誌は、当時、西村京太郎氏が十津川警部シリーズを連載している推理小説のみ掲載されている専門雑誌でもある。

 とすると、私の推理小説もまんざら捨てたものでもないのかもしれないとの、妙な自惚れみたいな心が湧いてきたのだ………。



ちなみに第二十九回『小説推理』新人賞を受賞された湊かなえ氏は、受賞作の『聖職者』

に加筆して、新たに長編小説『告白』として出版されたところ、2009年本屋大賞を受賞されているのだ。後に、この小説は映画化までされ、大ヒットしている。



 ところで悠長に、こんな与太話を書いていると、「貴様の自慢話などにつきあっている暇はないわい!」と一喝されそうである。



 が、決して自慢話をしているのでなく、あくまで事実を淡々と述べているだけであって、どんなに応募作品の少ない賞でも一位をとるのは大変な事だと、常に、自問自答して日々や苦労している状況を知ってもらいたかっただけなのである。



 それに、最近は、めっきり体力も落ち、在職中なら朝五時ぐらいから飛び起きて小説を書く気力もあったのだが、最近はそんな元気も全くない。



 まして、新たな犯罪トリックを考え出す時間も無く、別居中の母の介護に全力を使い果たしているのが現実であって、犯罪トリックを考えていられるのは、寝る前のほんの数分ほどである。これでは、新たな犯罪トリックも生み出せる訳が無い。つまり推理小説を書こうにも、書く暇すら無いのである。



 だが、そうは言っても、この私も、そうはモタモタしてはいられないのである。



 なぜなら、私の親戚や同級生の訃報に接する事が、最近は、急激に増えてきたからだ。特に、最近はそれが際だっているから尚更である。

 まあ、私ぐらいの年齢なら仕方の無い事かもしれないのだが、この私自身、既に死に神にロックオンされているような思い、つまり微妙な寒気を日々感じてならないのである。



 ところで、昔からの私の口癖は「定年までに何かの新人賞を取る」であった。たまに同級生らに会うと、「小説はどうなった?」と聞かれる程だから、この私の口癖は相当に有名だったのだろう……。



 しかし、こう言い続けたのにも、それなりの理由があって、現職の時はバリバリと人並み以上の仕事をされていた先輩達が、仕事を辞めれた途端、急に老け込まれたのを、私はもう何十人も見てきているのである。



 あれ程、元気で頭の切れた先輩らが、定年と同時に老け込む様子を目の当たりにしてきたこの私にしてみると、やはり何からの生き甲斐を持たなければ、とてもじゃないがそれこそ早発性認知証にもなりかねない、との恐れがあるからなおの事だったのだ。

 そして、その解決法の一方法として、小説やエッセイや雑文を書く、これが、私の考え出した定年後の老化防止策だったのである。



しかし、今程も述べたように、小説のネタは仮にあるとしても、いかんせん時間もなく、体力・気力も無くなってきているような現状では、先程述べたような未完の小説『お卵様』の話と同じように、結局、私の夢は夢のままで終わってしまうと言うのが、どうやら私の人生の結末なのであろうと思わざるをえないのだ。



 今の私は、結局、「いつか宝くじで数億円を当てたら、即、仕事を辞めて世界旅行でも行って来ます!」と言っていたかっての同僚達と同じであって、「定年までに何かの新人賞を取る」と言う口癖も、結局、そのまま夢のままで終わっていたのだ。



ただ、この私にも「隠し球」と言うか、最後に勝負できる作品(ある意味「遺作」と言っていいかもしれないが。)はある程度完成していたのである。



その小説とは、小林泰三氏の作品『脳髄工場』に衝撃を受けた私が、この小説に出てくる人工脳髄にヒントを得て、ある人工臓器を題材にした小説なのだ。



これは、設定は近未来のSF小説なのだが、小林泰三氏の作品『脳髄工場』と同じく、そこに幾つかの推理が何重にも入り込んでおり、結局、何故、かような人工臓器が造らなければいけなかったのか?を主たる謎解きのテーマとしている。



 しかもその人工臓器が当初の設計や計画とは違い何故か暴走を始めるのである……。

 まるで、エヴァンゲリオン初号機のように。

 その暴走がその人工臓器を無理矢理装着された主人公でもある私が少女の殺害へと走ってしまうと言うとんでもない作品となって行ったのだ。



ただ、私が、この小説に最後の夢を掛けているのには大きな理由があって、在職中の年末に、インフルエンザで約一週間自宅で寝込んでいた私は暇をもてあまし、家内に新聞広告で見たばかりの首藤瓜於氏の最新小説『脳男Ⅱ 刺し手の顔 上・下』を買ってきてもらい読んでいたところ、下巻のほうで脳男の敵役の人物の謎が明かされる場面があるのだが、何とその描写やトリックの暴露の場面が、私が丁度その頃書いていた今述べたSF小説『レベル10!!!』の中で、その訳の分からない人工臓器が造られた理由を書いた文章と、ほとんど同じ箇所があった事なのだ!



その新聞広告欄では、首藤瓜於氏は江戸川乱歩賞受賞作家であり、当該受賞作品は『脳男』と書いてあった。で、その作品は、『脳男』の続編と宣伝してあったのである。



私は、インフルエンザで寝込んでいたにもかかわらず、飛び起きてパソコンを開き家内を呼んで確かめてもらったのだが、あまりにその文章やトリックの内容が一致しているのに、家内も大変に驚いていたのだ。

つまり、自分で言うのもほとんど自慢話のようで何なのだが、私は、江戸川乱歩賞受賞作家とほぼ同じようなトリックを用いた小説を書いていた事になる。



 正に、全身がガタガタと震えたのだ。本当に、これはとんでも無い事だと…。



しかし、私の小説とその『脳男Ⅱ 刺し手の顔 上・下』とが、非常に似ているがために、私は、その後自分の書き上げていた小説に大幅に加筆訂正をしなければならなくなってしまったのは、随分と迷惑な話でもあったのだが………。



 ともかく、最初の思いでは、原稿用紙で約百枚で完結する筈だったその小説はその後の大幅な加筆で約三百五十枚近くにまで膨れ上がってしまったのである。



しかも、いくらSF推理小説とは言いながら、読む人によっては完全なエロ小説とも読めるのだ。とても現職のサラリーマン(公務員)が在職中に発表できるような代物では無いのだ。

自分で言うのも変なのだが、まあ、こんな馬鹿げた発想で書かれた小説は、世の中にそうそう無いと思っている。……しかし、と言ってどこかの新人賞に応募するのにも非常に抵抗を感じてしまうのである。



何故なら、もし、このアイデアを出版社を通じて一流の作家に知られたならば、きっとその作家が書かれた作品はそれなりにヒットするであろう、と思われてならないからだ………。これは冗談でも何でも無く、数々の推理小説を読み込んできた私の偽らざる感想なのである。

この小説のアイデアと言えばいいのかトリックを一流のプロの作家にそのまま盗用されたら、私のような文才も筆力も無い素人には到底太刀打ちできない作品が生み出される事は間違いがないと恐れるからなのだ。



では、どうするか?



 かような超変態的小説を出版してくれそうな出版社を探し出して、無理して編集者の方に読んでもらうしかない、と自分ではそう決めていたのだが。………しかし、この私の無理な願いを聞いてくれしそうな出版社など、この世に、ある訳が無い。



 そこでだ。



 ダメ元で、WEB投稿サイトでも、有名な「カクヨム」に投稿してみる事に決めたのだ。で、令和4四年十月に、投稿したのだ。



 この私は、今でも下手な小説を書き続けている、小説家になる夢をただただ見続けている、自称推理作家の一介の高齢のしがないオジサンなのである。         

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