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「ペレーナを傷物に……いえ、実際傷物にされたわけではないんです! 本当に! 街で破落戸に拐かされかけて! けれど、男に襲われたと広められれば結局同じこと、彼女が苦しみます……。だからと思って、相手を……でも、多勢に無勢で……」

 くずおれ、涙のとまらないフリーオをもう誰も力強く拘束したりはしない。フリーオに反抗する意志がないと気付いたからだ。

「将軍を襲えば、もうペレーナには関わらないと言われて……」

「古今東西脅迫者の言うことなど信じても得はないのだけれど……脅迫されている側は必死だものね。ペレーナはね、貴方と連絡が取れなくなって、とても心配して、そんな状態に追い込んだのは自分だと己を責めていたわ」

「……!」

 実際のところ、狙われたのは弓の腕を持つフリーオだったのだ。フリーオを罠に落とす為にペレーナが狙われたのだと知ったら、二人は互いに傷付くだろう。全てはヒネビニルを内部から狙わせて少しなりとも肉を削ぐ作戦を展開し、捨て駒を生んでいる相手が悪いのだけれども。

 黙っていたところで世間はどこからか噂の種を啄ばみ、口喧しく囀るもの。立場の不安定だったペレーナはしかし、現在公爵家の庇護下にある。しかも今を時めく皇女ナジュマの侍女だ。母国から連れてきたルゥルゥ以外一人とていなかったナジュマ姫の近くに、ただ一人侍ることを許されたペレーナ。その立場は誰の目にも明らかであり、故にこそ誰にも手出しが出来ない。

 この日この時の為に、ナジュマが先んじて見出していたのだ。

「貴方を脅迫したのはハワード・エルウッドだね」

 静かながら確固とした問いかけに、フリーオは何度も頷いた。

「……はい……! ハワード・エルウッドです……!」

 ナジュマが視線を上げて見るのに、静かに頷いたヒネビニルは更にマイスに視線をやった。言わず、マイスは静かにフリーオの肩を叩いて立ち上がるよう促す。

 フリーオはもう逃げ出したり何かをしようとしたりはしないだろう。むしろ証拠隠滅を図る勢力からフリーオを守らねばならない。

 その背が去っていくのを静かに見つめ、しばし。さあてとばかりにナジュマが背を伸ばした瞬間である。

「どうして逃げなかった!」

 刹那浴びせかけられた猛烈な怒号に、ナジュマとルゥルゥは肌をビリビリとひりつかせて思わず抱き締め合った。

「あの時、貴女なら逃げられた! どうしてそのままここにいたのか!」

「ネビィは一番に強いのでしょう? 逆に近くにいた方が安全かと思ったのだけれども! それにルゥルゥに言ってマイス達を近くに呼んでもらっていたし!」

「それが傲慢だというのだ! 私がいつでも敵を屠れるほど絶対的な存在ではない! そして貴女は確かに不思議な力があるかもしれないが、それを他の誰が完全に理解するのだ! 貴女は平気でも、貴女の周りは貴女を助けようと動く! そうして被害が増えることを、どうして考慮しない!」

 どうやらヒネビニルは己の力を過信しない男であるらしい。そして何よりナジュマを、その異能をよそに一人の女として心配してくれている。

「……貴方はそんなわたしをそれでも助けてくれるのね」

「当たり前だ!」

「嬉しいわネビィ!」

 怒る様がかっこいいし、心配されているし、もう大好き! 二重三重に喜びを湛えたナジュマはルゥルゥから離れるなり、笑顔でヒネビニルに抱き付いた。

 その様に実はひっそりと控えたままだったヨナビネルは胸を撫で下ろすように、或いは疲れ切ったように息を吐く。

「……なんていうか、兄上、義姉上以外に兄上のお相手は勤まらないと思うし、逆も然りだよ……」

 ──さて、その後の話である。

 フリーオは軍部で事情を聴取する前に死亡……と触れを出され、内密に公爵家へ移送された。騙す際には身内から、当初はウェイガン子爵家にも事情を知らせず赤の他人の名前で公爵家庭師として勤めることになる。全ての決着が付いたのち侍女ペレーナの婿になったが、貴族としての仕事はペレーナの父に任せたまま公爵家で終生庭師を勤め、最も美しい薔薇を生み出す〈薔薇子爵〉と渾名された。

 なお、フリーオの婚約者を守ろうという責任感をよしとしたハルフォーン伯爵家に見初められ、ウェイガン子爵家次男がケーティニアと縁を得て婿入りすることになる。突如爵位が転がり込んできた三男は驚き慌てたというが、誰にとっても悪くない結果になったと言えよう。

 とはいえ、全てはしばらくの間水面下に隠されることになる。




「……あら、逆に死んでしまったの。まあ仕方がないわね、相手が将軍ですもの」

 どうせ暗殺が叶うなんて思ってもいなかったし、こちらとしても余計なことを喋る前に死んでもらった方が有難いわね。

 おっとりと言う女はそのままフリーオに関する報告を暖炉にくべてしまう。

 どことも知れない重厚な屋敷の一室で、確かに悪事が蠢いているのを──ナジュマだけが知っていた。

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