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 こうして話し合いはナジュマの独擅場で終わった。むしろ男性陣を疲労させただけのような気もするが、全ては知らねばならない事実である。

「一旦休憩だ」

 ヒネビニルが手を打つのに皆は散り散りに天幕を去っていく。ルゥルゥが頭を垂れて下がっていくのを見送りながらナジュマがヒネビニルを見上げると、彼は静かに手を差し出した。

「よければ周囲を案内するが」

「是非!」

 掴んだ手は想像に違わずごつごつとして大きい。

 さて、こんな重苦しい話をしている横でも演習は滞りなく進められている。女性の目で見て楽しいかはわからないと正直に吐露されながら案内され、拓けた崖から訓練の行われている眼下を見たナジュマは「あらまあ」と小さく手を叩いた。綺麗に整った布陣はヒネビニル達の訓練の賜物だろう。

「綺麗なものね」

「……そうだろうか」

「そりゃあわたしは戦術も知らないし、戦うことに一家言あるわけでもない。格好はよいからわたしがすれば受けるだろうなあと思うくらいよ。でもああやって揃った動きが出来るのは日々の訓練があってこそでしょう?」

「ああ」

「素晴らしいことじゃないの」

 ヨノワリの兵士なんてぐずぐずダラダラしていたものだ。それはナジュマ達が甘く見られていたからでもあるけれども、結局彼らが兵士らしく活躍する姿なんて見ることはなかった。

 そう言うとヒネビニルは目線を彷徨わせる。面と向かって褒められるとは思わなかったらしい。

「これが私の人生の常だ。ナジュマ、貴女に愉快なところはひとつもないだろう」

「いいのよそれで」

「いいのか」

「劇的なことなんてわたしが生きていれば幾らでも付いてくるわ。貴方も劇的な人生だったら二人揃って大変なことになるわよ」

 目を見開いたヒネビニルは一拍、くしゃりと顔を歪めた。

「……それは大変だ」

 まさかそれ、笑顔かな。ナジュマは愉快になってその固い頬に手を差し出し、かけ。

「退けろ!」

 飛んできたのは矢である。足元に刺さったそれをヒネビニルに庇われながら見つめるナジュマは(よし、来たな)と視線を動かす。

「どこだ! 私を将軍ヒネビニルと知ってのことか!」

 わざわざ大声で言うのは敢えて的にする為だ。忙しなく動く視界の端、ルゥルゥがマイス達を引き連れて走ってくるのが見えていた。

「ナジュマ、身を伏せてそのままルゥルゥの元まで移動出来るか」

「出来るけれど」

「では」

「しない!」

「何を!」

「ネビィ、貴方といた方が一番に安全よ」

 ニッと笑うナジュマにヒネビニルは呆気に取られたようだった。だが、それでも二打三打と繰り出される矢尻を避けるのだから、ヒネビニルは名実ともに将軍という肩書きに相応しい男であろう。やはりヒネビニルといた方が安全だ。

 運よく、そして運悪くナジュマ達がいる場所は狙い定めやすいほどに拓けている。そこを狙うのだから──狙撃手の存在だって見定めやすい!

「右手奥! 行けマイス!」

 返事をせず、マイスは長槍を持って跳躍する。矢尻が光って、一閃。

「ゥア!」

 呻き声と共に揉み合うような音がしばし響き……、「制圧です!」とマイスの声が飛んだ。

「よくやったマイス! いつかの兄上のようだぞ!」

「ヨナビネル様、それは褒めすぎです……」

 よろよろと這い出てきたマイスは羞恥と興奮が相俟って、少し赤らんだ顔をしている。その手が引くのは殴打されて反抗する気力も失せたような男だ。演習に参加している歩兵の制服を身に纏っている。

 手早く男を拘束したマイスらが引き立ててくるのに、ヒネビニルはナジュマの全身を改めてから男に向き直った。

「どうして私を狙った」

「……」

 鼻から口から血を流す男は口を噤んだままだ。パッと見は優しげな男だというのに、マイスに髪を引き上げられても呻き声ひとつ立てはしない。……とはいえ、その目にはヒネビニルに対する敵愾心など見当たらなかった。

 当然だ、その理由をナジュマは知っている。

「ウェイガン子爵令息フリーオ。ペーツア子爵令嬢ペレーナは既に公爵家で保護しているわ」

 途端、男──ウェイガン子爵令息フリーオは表情を崩した。

「ほ、本当ですか……!」

「ええ。ペレーナは貴方のことを心配していたわ。少し思い込みが激しいし、人に騙されやすいからって。今回のことも彼女を盾に取られてのことではないの?」

 膝をついたナジュマにフリーオは静かに首を縦に振る。


【フリーオ・ウェイガン】

 ウェイガン子爵家嫡男。ペーツア子爵令嬢ペレーナの婚約者で相愛の間柄。ペレーナが男に襲われ、傷物にはならなかったものの外聞を傷付けられたのに心を痛める。真犯人に個人的に決闘を挑むも集団暴行に遭い、更には逆に脅された不運の塊のような男。


 ナジュマが名簿で探していたのは正にフリーオである。ヒネビニルが彼に狙われて、しかし怪我ひとつせず帰還することは既にわかっていた。とはいえ、実際一人に当たりを付けると傍から余計な刺客が現れる可能性があり、結局全員の名を見て虱潰しに索引を引くしかなかったのだ。結果として何人か敵対候補が見つかったのだが、フリーオ以外は今回無関係なのでのちほどマイスに伝えておけばよかろう。

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