18

 ナジュマがテルディラ達と親睦を深めるにあたり様々な家の人間と顔を合わせたわけだが、その中で一二を争うほど記憶に残ったのがザムーレスク侯爵一家である。彼らはデレッセント公爵家派閥筆頭であり、何よりテルディラの義理の家族であった。

「なんて目に鮮やかなんだろう! こんなひとがいるだなんて世界は広いねえ!」

 一目会うなりナジュマは手を叩いて褒めそやした。ザムーレスク侯爵はシルバーに虹色の輝きを纏った、大変個性的な髪色をしていたのだ。

 聞けばザムーレスク家代々の当主への祝福の証で、事実侯爵位を継承するまでは有り体の髪色であるそうな。もはや魔法も奇跡も目に出来ない現在、確かに残る不思議の一族としてその血を国内で繋ぎ続けているのだという。

「現王はこうした異質なものを呪いとばかりに遠ざけるの。だから侯爵家は元々王室典医の家系なのだけれども、今は市井にいるわ」

 ふんと鼻息の荒いテルディラと反対に、ザムーレスク侯爵は穏やかだった。

「いいのだよ。やることは変わらない。私達は常に目の前の患者の為に生きているのだから」

 侯爵家は田舎に広大な土地を持ち、ありとあらゆる薬草を作ることでも生計を維持している。その田舎が所謂辺境でありティルベル国との境界、つまりヒネビニルが活躍したティルベル侵攻の舞台でもあったとはなかなか偶然の過ぎた話だが、とにかくデレッセント公爵家との絆は強い。

「是非お邪魔してみたいな。そう、この子がわたしをエスコートしてくれるようになった頃なら楽しいだろうね」

 テルディラの義弟になる次代ザムーレスク侯爵は歳の頃ふたつ、母の腕の中でくうくうと眠っている。幼児はよく寝るものだ、皆笑顔でその顔を眺めている。

(うん、大丈夫そう)

 ナジュマはそうした様子に、ザムーレスク侯爵の名を脳裏で検索しようとしてやめた。あのテルディラが大層幸せそうにしているのだから、義理とはいえ悪い仲ではない筈だ。心配することもあるまいと。

 そうこうし、ザムーレスク侯爵一家が名残惜しげに去った部屋でテルディラは言った。

「わたくしは初子もなしにわたくしを受け入れてくださったザムーレスク侯爵家に恩があるの。だからいつか、あの子が家を継ぐ頃には侯爵家を王城に返り咲かせたいと考えているのよ」

「王室典医にということ?」

 ナジュマが返すのに、テルディラは茶を含んでから頷く。

「ひとまず貴女の出産の担当は義母様よ。わたくしの時もそう。デレッセントの女はザムーレスクの手を借りるのが常だから、これは決定事項。安心してちょうだいね、義母様は外国で学んだ優秀な女医でいらっしゃるから」

 当然のように言うテルディラの気の早さにナジュマは笑うが、高い地位にある男女が政略によって結ばれるということはつまり子を求められるということだ。ナジュマは大皇国にいた時分、早々に皇室典医の健診を受け問題ないとされたが、さてヒネビニルはどうだろうか?

「そして、将来的に〈王を取り上げた医師一族〉としてザムーレスク侯爵家を王城に引き上げるわ」

「……〈王〉を取り上げる?」

 ぱちくりと瞬くナジュマに、テルディラはしっかりと笑った。テルディラの真のお得意、考えを読ませぬようにつるりと整えられた、綺麗な笑みである。


「この国を繋ぐのは貴女、ナジュマの子よ」


 次代の王家を、国を継ぐのは現王家ではない。ヒネビニルとナジュマの子である。

 そう告げられ、ナジュマはなるほどとすんなり納得した。

 公爵家は現時点で王家よりもずっと、周りから見て血が尊い。大皇国の血は入っているし、更に外国の王室の血も今回入る。その上、元より王家の内戚だ。〈人間としてまとも〉なのであればなおさら、どちらを選ぶかは明白である。

 今ここに、静かに王権の交代が進んでいる。テルディラがこう言うのだ、既に水面下ではそのように話が進んでいるのだろう。──現王家を蚊帳の外にして。

「アッハ。わたし、王家というものからはどうしたって離れられないんだねえ」

 笑うナジュマにテルディラは視線を向ける。

「嫌かしら? もう離してはあげられないのだけれども」

「いや、そんなことはないとも。王の母ね、構わないさ。わたしには公爵夫人は元より王母であることも求めないだろう?」

「勿論。必要な教育はこちらで準備するし、お義母様がいらっしゃるから問題なくてよ」

 ラディンマラ夫人は大皇国でサンスクワニと共に帝王学を学んできた女傑である。憂いはひとつとてないとテルディラは請け負った。

「勿論、子供が生まれない場合はわたくしとヨナの子が継ぎますからご心配なく。それでも貴女の子供が一番問題ないのよ。性別は問わない、生まれた瞬間から王になる子供を是非我が国に与えていただきたいわ。報酬はのんびり気儘な暮らし一生分」

 これにナジュマは今日一番の爆笑を見せた。ソファの上で胡座を掻いた太腿を豪快に揺らし、手にしていた茶が飛沫を上げる。ルゥルゥと、最近侍女にしたペレーナとが静かに周りを片付け始めるのに、ナジュマはご機嫌なまま彼女らの口に小さな焼菓子を突っ込んでやった。後宮では当たり前のようにしていた所作なのだが、ペレーナはこの近すぎるやり取りに慣れぬようで毎度恥じらい、可愛らしい。

 ともかく、テルディラに向き直ったナジュマは大仰なまでに腕を広げて、まるで神に感謝するように彼女に感謝を述べた。

「そう言ってくれると思っていたよ! 有難うテルダ! わたしは自由気儘にのんびりとして、ヒネビニル殿にくっついていられればそれだけでいいから!」

 まあナジュマならばそう言うであろうという予測はしていても、実際言われると心持ちが違うのだろう。テルディラは眉を歪めつつ溜息を吐く。

「貴女、本当にネビお義兄様がお好きなのねえ」

「ああ! あの厳ついお顔にゴリゴリの身体、本当に大好きさ!」

 テルディラは呆れたようにしながらも結局ころころと笑ってくれた。随分自然になったものだとナジュマも穏やかな気持ちになりつつ、ひとつ疑問を問うた。

「ところでザムーレスク侯爵家以外の不思議の一族って?」

「内情はともかく、高位貴族として家が残っているわ。年齢に関わらず『当主のみ』に発露するのはザムーレスク侯爵家だけ、あとは血縁があると全員に遺伝するものばかりだからナジュマもその内目にするでしょう。血が薄くなると比例して発露も微々たるものになるけれど、血が濃ければその分とてもわかりやすいわ。髪の毛が一部だけ変わっているメルロースィン侯爵家、猫目のエルウッド侯爵家、それからなんの影響も受けない王家」

「王家も?」

 不思議の一族を嫌がって避けているのに? 首を捻ればテルディラが種明かしをしてくれる。

「王家の血はどの不思議も受け入れない。けれどそれを大々的に広めるわけにはいかないから不思議の一族と血縁関係を持たなかったの。つまり、元は証拠を作らない為に不思議の一族との婚姻を避けたのだけれど、今はそれが呪いなので避けている、ということになっているのね。原因と結果が真逆になってしまったというお話」

「なるほどねえ」

 からからと笑いながらナジュマは残りの焼菓子をペレーナに下げ渡す。焦りで頬を染めるペレーナは、やはり可愛らしい。

 その後、ナジュマはテルディラの実妹とも会った。ルゥルゥとヨナビネルの侍従ヒューロイの見合いの席が設けられたのもその時分のことだ。こうしてナジュマの周囲は着実に整えられているのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る