13

「ヨノワリはどんな生まれの女でも王の女になることが出来る。女の権力の頂点がそこで、逆を言えば限界がそこなの」

「こちらでも……同じような気がしますが、多分実情は違うのでしょうね」

「全然違うわね。あちらではこちらほど自由はない。そもそも女の住まいは後宮と決まっていて外にも出れないから。わたしは後宮の外を知らないから、皇帝陛下のような大男を見たのは半年前が初めてよ」

 後宮の境に据えられた兵とは顔を合わせることもないし、商人が来るのは認められていたけれどそれだけ、女達も一度後宮に入れられたならば死ぬまで出られないと言えば顔を顰められた。権力を得ても常に囲われているのがヨノワリの女である。

「普通であれば後宮の中で権力闘争がある。わたしは王の子ではあるが女だったから意味がなかった。全ての王の女が敵である筈だった」

「筈だった?」

「全員懐柔したから」

 二人揃ってなんとも言えない顔をしていたが、真実なので仕方がない。

「わたしは唯一王の血を引く女だったけれど、それは別に生きてさえいればいいことでもある。だから毒を盛られたりしないように後宮の女達全員の懐に入り込んで、愛されるようにしたの」

 結果、出来上がったのが自己肯定感溢れまくる女の園の男装の麗人である。まあ今は男装しているわけではないので、二人にはなんの話かわかりはしないだろう。

「性に合っていたので問題はない。わたしはこの姿形で女達に愛された。全ての王の女を母と呼び、全ての僕たる女達を従わせた。千人の女を囲い囲われたのがこのナジュマよ」

「千人!」

 後宮とはいっても文化が違えば想像には限りがある。女千人が閉じ込められた宮など、グランドリー王国の常識からすれば地獄にも近いかもしれない。……ナジュマはその宮でつい先頃まで高らかな笑い声を響かせていたわけだが。

「ええ、一度顔と名を合わせたら忘れないから。それにね、お二人には言うけれど、わたし、名前さえ知れれば大体の為人がわかるの」

「ひとと、なり……?」

「自分以外の生まれ育ち、それに加えて過去未来。大雑把だけれどもね。だからここに来る話がなければ、どこかで占い師でもして生きようかと思っていたわ」

 はははと軽々しく笑うナジュマを二人は胡乱げに見ている。当然だろう、こんな荒唐無稽な話。けれど二人には、何をどうしたってナジュマの味方になってもらわなければならない。

 ナジュマはヒネビニルと絶対に結婚すると決めているのだから。


「テルディラ、貴女の姉はもう貴女の人生とは完全に分かたれた。貴女方夫婦の運命は彼女によって揺らぐことはないわ」


 唐突なそれに、テルディラは刃のような視線を向けた。誰しも仮面を剥ぐのはいつだって無遠慮なまでの真実だ。

「アルデと呼ばれていたけれど、アルティラーデ。貴女の姉。後宮に、商人に連れられて商品として並べられていたの。あの商人が夫だったとは思わなかったわ。妻にしたものの、邪魔になって金にしようとしたといったところかしら」

「……」

 テルディラは何も言わない。ただ、それが真実か否かを計っているのだろう。隣り合うラディンマラ夫人も流石の展開にひたすら掌を握っている。

「母親もいたみたい。男は商人の他にいなかったから、父親は見ていなくてわからないの。後宮だから無闇に男は入れないのよ、ごめんなさいね」

 仔細を知りたいかと言えば、テルディラは首を横に振った。けれど「ひとつだけ」と口を開き、

「その女は、どこへ」

 ──そう、挑むように問うてくる。覚悟の決まった顔は好きだ。ナジュマは頷き、脳内の事典で索引を辿った。

「今はー、うん、島にいるわね」

「島?」

「商人と乗った船が海賊に襲われたみたい。海賊に連れていかれて、海賊の島にいるわ。地図に載っていない島」

「そこからはもう、出れないのかしら?」

(出れる)

 うっかり先を読んでナジュマはげんなりしてしまった。その島の存在を知った大皇国の一師団が掃討作戦に向かう際、面白がった皇太子が参加し、数多の奴隷を救い──、アルティラーデもその中に含まれるのである。彼女はそれこそ大人しく、哀れっぽくグランドリー王国の貴族であったが奸計によって奴隷の身分に落とされたと話し、皇太子の興味を引くのだ。

(皇太子はそういうところが駄目! 一時の興味関心が強すぎる! しかもどうやらそれで身を滅ぼす!)

 その未来まではまだまだ余裕があるらしい。追ってサンスクワニに向けて注意を促すとして、テルディラには……、

(正直に言うべきだな。こういう娘は隠すと気付いて、裏の裏まで考える)

「出れる。数年後に海賊の掃討作戦が展開される予定だから、そこで助けられて出てくる」

 顔を顰めたテルディラだが、続きを聞く気ではあるようだ。すっと背を正し、ナジュマから視線を外さない。

「でも、それによって今度は大皇国が損害を被ることになるでしょう。わたしは皇帝陛下に恩があるから見過ごせない。きちんと口を出すつもりだから、その点は信用してもらいたいところね」

 全く、本当に正真正銘悪い星の生まれってやつなんだねえ、アルティラーデは。

 言うとテルディラは静かに目を閉じた。今得た情報を、噛んで含めるように。

「貴女はわたくしやその周囲に起きたことを知らない筈の、知らない国で生きてきた赤の他人。情報屋や手駒の一人もなくそれを知っているというならば、その能力とやらは確かに信用出来るのでしょう」

「ハハハ、手厳しい。けれどそれでいいわ。貴女達に隠す気はないから、これから嫌でも知るでしょう」

 これが運命というものならば。

 占い師のようにふわふわとしたことを言うナジュマをテルディラは温度のない目で見つめてきた。これがこの女性の飾り気のない姿なのだろう。……少しメーヤに似ていて、ナジュマは現時点で彼女に対する好感度が高い。メーヤも感情が薄く、けれどテキパキと手も口も動いたものだ。

「こちらの社交界の皆に顔を合わせてみたいわ。頼めるかしら?」

「……纏め役にはならないのでは?」

「何度言われてもなりはしないけれど、かといって引き籠もる気もないの」

 わたし、女のざわめきのない日々は静かすぎて耐えられないのよね!

 大仰に嘆いて本音を言うと、二人はなんとも言えぬ感情をその目に浮かべてから目を合わせた。

「……とりあえず、中心的な家の方だけ少数招いてお茶会を致しましょうか」

「お茶会って?」

「昼間に女性達だけでお茶やお菓子をいただきながら表面上にこやかに情報交換をする会です」

「明け透けでいいわね! 是非お願いするわ!」

 楽しそうに掌を打てば、今度こそ二人は頭が痛いような顔をしたのだった。

(それにつけても)

 二人と別れての夜半、ナジュマは与えられた私室で一人考える。

 デレッセント公爵家は王の近親であり、大皇国の血縁でもあると教えられている。このグランドリー王国において王を除けば一番に、それこそ過剰なほどに権力を持つのがこのデレッセント公爵家なのであろう。

(金も権力もある。そして社交界での権力も勿論ある)

 政務は現公爵と次男の侯爵が回しているらしい。侯爵という肩書きは上位の爵位であると学んだが、どうにも公爵家の保有する名ばかりの肩書きであるようだ。そうでなければ次男はとうにこの家を出て独立し、自分の領地を回している筈である。

 ヒネビニルは公爵家の政務に関わっていない。元はそのようなつもりでなかったのだろう。だが、全ては次男の為だ。

(まあ、確かに美しい男ではあったな)

 美しいが故に困難に見舞われる次男を守る為、その権力を言わずに譲り渡したのだろう。鍛えているのだという腕っ節と表立った公爵家という肩書き、このふたつがあれば大概の下卑た困難は避けられる。

 そうして、社交界は既にいる夫人と次男の妻が掌握済みとくれば、余計な女を入れて掻き回されるわけにもいくまい。それだけでヒネビニルの婚期は更に遅れて当然だった。

(本当に! わたし向けの旦那様!)

 金も権力もあるが、本人が表立たないから政務と家政の必要もなく、社交界を牽引する必要もない。普通の貴族女性であれば飼い殺しと言ってもいいがそこはナジュマ、むしろこの状況を求めていたしサンスクワニも故にこそ提案したのであろう。

「姫様、閣下から早速お手紙が!」

「ちょうだいちょうだい!」

 勢いよく両手を差し出すナジュマに、寝入りの水差しを持ってきたルゥルゥはにこやかな笑顔を見せたのだった。

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