第38話 思春期に大人に変わる少年 その⑥



 外に出ると爽やかな風が吹いていた。


 胸元や太ももの辺りがやけに涼しい。


「さーて、いっちょ集めますか、部員を」


 僕は肩をぐるぐる回した。


 頭の辺りがいつもより重たい。


「ところで宇津呂、質問なんだけど」


 山田さんがウサ耳を揺らしながら僕の顔を覗き込む。


 この角度からだと胸の大渓谷が丸見えだった。


 さすがグローバルクオリティ!


「何かな。僕はもうビラを配りたくて身体が震えてるんだけど」

「いやほら、宣伝する時に部の名前が分からないと困るじゃない? 結局のところあたしたちって何部なわけ? 何もしない部活を作るとは聞いたけど、部活の名前はまだ決まってなかったんじゃない?」


 言われてみれば。


 もちろん僕が考えているわけがない。


「何もしない部って名前じゃダメかな?」

「ダメね。もっと、みんなが入りたいって思うような名前じゃなきゃ。ずっと思ってたんだけど、何もしないですむ部活を作りたいから部員にならないって誘い文句じゃ怪しさ満点だわ。ここはでっち上げでもいいから、宣伝用にそれっぽい活動内容を考えておくべきよ!」


 そんなことを考えていたのか。


 頭いいな……。


「で、でっち上げですかっ⁉ つまり嘘の宣伝をするってことですかっ⁉ 風紀委員としては見過ごせませんっ! で、でも、皆さんにはご恩もありますし、うう……っ!」


 視界の隅で良心の呵責に悶える美澄さんの姿が見えたが、ここは敢えて無視。


 今大事なのは部の名前と活動内容だ。


「こういうのはどう?」


 声を上げたのは橘さんだった。


 全員の注目が彼女に集まる。


「……なんでしょう、橘さん」


 橘さんはバニーガールの衣装から覗く色気漂うバストの前で腕を組み、知性の宿る瞳でこちらを見た。


「私たちは――特に美澄さんを除いた私たち三人は、放課後の自分の時間を確保するために、何もしない部活が必要なのよね?」

「そうです」

「だったら、『自由部』なんて名前はどうかしら。活動内容は『放課後を生徒個々人の自主性を養う時間として活用すること』よ」


 さすが二十歳! それっぽいことを考えるのがうまい! 亀の甲より年の劫とはよく言ったものだ。


「……悪くないわね。なんだか真面目そうな活動内容だし、それでいて嘘も言っていないし」


 うんうん、と納得したように頷く山田さん。


 橘さんは反対意見が出ないのを確認するように僕らの顔を一通り見渡して、


「解決すべき課題は他にないかしら、宇津呂くん?」

「いや、無さそうです」

「だったら早いうちにビラを配りましょう。こんな破廉恥な恰好で外に居れば、生徒指導どころか警察沙汰になりかねないわ。ちょうど下校時刻でもあるし、昇降口の辺りで宣伝するのが良いと思うわ」

「なるほど。では早速行きましょうか」


 僕は偉大なる一歩を踏み出した。


 しかし、このローファーという靴は少々歩きにくいな。


「ちょっと待ってくださいっ! その前に確認したいんですけどっ!」


 美澄さんの声に僕らは立ち止まる。


「……なんですか、美澄さん。何か疑問が?」

「当たり前ですよっ! 宇津呂さん、なんでミニスカートなんですかっ⁉」


 ………………。


 ……フッ。


「僕にはプライドがありませんからね。たとえヘソ出しミニスカセーラー服を身に纏っていようとも平気でビラ配りが出来るんですよ」


 そう。


 今の僕はヘソ出しミニスカセーラー服を纏いウィッグを装着した、どこからどう見ても変態そのものの見た目をしていた。


 が、プライドがないから気にもならない。


「たまたま一人分衣装が余っていて、たまたま宇津呂くんのサイズにピッタリだったのよ。たまたまウィッグもあったし、たまたま化粧道具も持って来ていたからちょうど良かったわ」


 僕の横で橘さんがこともなげに言うが、そこまで重なった「たまたま」は本当に偶然なのだろうか。


「へ、へー、そうなんですねっ! 宇津呂さん、そこはかとなくお似合いですよっ! 一見すればただの可愛い女の子ですっ!」

「元々存在感のない薄い顔だったから、メイクがしやすかったわ。悪くない出来だと思うのだけれど」

「それは上々ですね。さて、行きましょうか」


 かくして、ハイクオリティ変態女装男子高校生を筆頭にしたバニーガールの集団は、校舎の昇降口目指して歩き始めたのだった。




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