第37話 思春期に大人に変わる少年 その⑤



「最っっ低! ほんと宇津呂って最っっっ低‼」


 澄んだブルーの瞳を限界まで不機嫌そうに細め、山田さんが僕を睨みつける。


 そんな彼女が身に着けているのは、露出の際どいレオタード、そのハイレグカットから伸びる網タイツに覆われた形のいい長い脚、頭には大きなウサ耳カチューシャ、そして胸元には黒い蝶ネクタイ―――俗に言うバニーガールのコスチュームだった。


「安心して山田さん。今の君ならどんな男子生徒だって悩殺できるよ」

「嬉しくない! こんな格好でビラ配りなんて――あんた、責任取ってよね!」

「責任って?」

「だから、もしあたしがお嫁に行けなくなったらちゃんと責任取ってってこと!」

「うん、まあ、そのうちね」

「そのうちって何よ⁉ もうっ、どうなっても知らないんだからっ!」


 山田さんは半分涙目で、教室の隅の方に蹲ってしまった。


 しかしその体勢はよけいにヒップが強調されて無駄にエロ……いや何でもない。


 とにかく、僕がバニーガール作戦を提案して一日。


 僕らは空き教室に集まり、ついに作戦を決行せんとしていた。


「いよいよこのときがやってきたわね」


 颯爽と僕の横に立ち並ぶのは橘さんだ。


 当然のようにバニーガールの衣装を身に纏っている。


 その姿は、僕が夢で見たものと違わない色気に溢れていた。


 ふむ。


 脳内で女子生徒のバニーガール姿を完璧にシミュレートし夢の中に搭乗させてしまう僕って一体?


「僕らの興亡この一日にあり、ですよ。衣装の準備、ありがとうございました」


 そう、今日のバニーガールコスチュームはすべて橘さんが用意してくれたものだった。


「お礼なんていらないわ。成人向けグッズを購入できるのも二十歳の特権なのだから」


 橘さんはキメ顔でそう言った。


 さすが大人。かっこいい――のだろうか、本当に。


「着替えてきましたっ! しかし、風紀委員たる私がこんな格好をして良いのでしょうか⁉」


 教室のドアを開け、ピンク色のド派手なバニーガール――美澄さんが姿を現す。


「大丈夫よ美澄さん。私たちのような不良生徒のために身を削るその姿は、きっと鈴仙副会長の胸を打つわ」

「ほ、本当ですかっ⁉ なんだかやる気が湧いてきましたっ!」


 美澄さんが右手を力強く握りしめる。


 大きくはだけたレオタードの胸元で、強調された谷間が揺れる。


「……橘さん」

「何かしら」

「どうして美澄さんの衣装だけやたら露出が多いんですか? 背中とか全開じゃないですか」

「露出が多い方が、人が寄ってくるからに決まってるじゃない。山田さんにあれを着せようとしてもさすがに拒絶されるだろうし、私はあんな露出狂みたいな衣装着たくないわ」


 よく見ると橘さんの衣装は他の二人に比べ、肌色面積が少なかった。


 他人を犠牲にしてでも自分の被害を最小限にしようというその魂胆。これが大人のやることか……。


「さすが橘さんですね」

「誉め言葉として受け取っておくわ。さて、山田さん。今日配るビラの準備は出来ているかしら」

「…………」


 山田さんは恨みがましい目でこちらを見ると、蹲ったまま教卓の上を指さした。


 そこにはA5サイズの紙の束が積まれていた。


 実は、配布するビラのデザインを山田さんに依頼していたのだった。


 教卓の前に行き、一枚手に取ってその内容を眺めてみる。


 どことなく僕に似た少年が中央に描かれ、その背後には巨大な橘さんの顔らしきイラストが―――ってこれ、初代ガンガムの劇場版のポスターのパクリじゃねえか⁉ 


 しかも書かれているフレーズが、『君は部員になることができるか』って……。


 いや絵はうまいけど! 構図とかもかなり本家に忠実だけど! 忠実すぎると逆に訴えられるんじゃないですか⁉


 僕が愕然としていると、山田さんがゾンビのような足取りでこちらに近づいてきて、


「保健室の椎名先生に印刷してもらったわ。で、どう? あたしの力作なんだけど」


 と、血走った目で言う。


「う、うん、すごくいい出来だと思うよ。ありがとう」


 僕が震える声でそう答えると、山田さんはスイッチが切り替わったように顔を輝かせ、


「そうよね! 良い出来映えよね! 宇津呂ならそう言ってくれると思ってたわ!」

「あ、ああ、うん。同じガンガムファンだものな」

「ええ、その通りよ。同じガンガムファン―――だったら、仲間にだけ恥ずかしい思いはさせないわよね?」

「……え?」


 思わず訊き返す。


 山田さんは僕の肩に手を置きながら、やはり血走ったヤバい目をして言った。


「あんたも、恥ずかしい恰好、するわよね?」




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