夢で聞く名

 軽く床を踏んでいる音がする。少しずつ近づいてくる足音はリビングに到達した。眠い目をこすりながら少し大きい俺のシャツを着て、メアリーは立っている。まだ寝足りないというような表情を浮かべながら俺の横に座りに来た。


「おはよう、メアリー」


「ソテル、おはよう」


 彼女の言葉に何か不思議を感じる。何がそれを感じさせているのだろうか、考えている思考とは裏腹に答えを口から出していた。


「なんで、俺の名前知ってるんだ?」


 そうだ、俺はメアリーに自分の名前を伝えていない。悪魔と認識してからというもの、名前を教えるということは、ターゲットとして扱われる可能性もある、だから俺はあえて名前を伝えることをやめていた。はずである。なのにメアリーは、何の躊躇もなく俺の名前を口にした。


「夢の中でね、聞いたから。だから、たぶんそうだと思ったから」


 半分寝ぼけていることがわかる口調だった。夢の中で。そんなことが起こるのだろうか。シンクロニシティという言葉は存在するが、今の状況を考えると、起こる条件には当てはまらないような気がしていた。


 彼女はまた眠りに付こうとしている。それを阻止しようと、メアリーの姿勢を自立させようと試みていた。


「おはようございます、メアリー様。たいそう眠たそうで。行きの道中は寝ていただいて構いませんからね」


 メアリーが起きるのを待っていた玖々璃は、子供に話しかけるようにゆっくりとメアリーに語り掛けていた。メアリーは眠そうな目で玖々璃を見つめている。俺のシャツの裾をつまんで引っ張っていることも何となくわかっていた。


「…お姉さん、だれ?」


「玖々璃様っていうんだよ。今日俺と一緒に行くときに道案内してくれる方」


「なんか、優しい感じする」


「ならよかった」


 眠たいといいたいような顔を俺に見せている。


「メアリーの支度終わらせてまいります。少々お待ちください。」


「いえいえ、お気になさらないで」


「早く終わらせてくるんだぞ!!」


 玖々璃と八咫烏を背にメアリーに服を渡す。昨日着ていた服はきちんと乾いていた。横で顔の洗い方、歯の磨き方を見せながら真似させる。子育てをしているような、不思議と父性が湧き出てきている。マネしているメアリーの顔を拭いて、服を着させリビングに戻った。感覚としては10分以内。初めてにしては上出来である。玖々璃は八咫烏に何かを命じている。仕方ないなと叫んで窓から外に出ていった。


「おかえりなさい」


「八咫烏様はどちらへ?」


「道中何かあっても困りますから、結界を張るように命じました。これで、低俗は近寄れなくなったと思いますよ。もとから、総会のために結界は強化しておりますが、今回、ソテル様とメアリー様は特別な方々です。何かあっては困りますから」


「俺たちが…特別…?」


「後程詳しく、いろんな方を交えてお話しいたします。急にたくさんの情報をお伝えしてしまっては、お二人とも困惑してしまうかもしれませんし」


 心配はしないでくださいね、そう伝え、八咫烏が帰ってくるのを待っていた。

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