05 ふたたび異世界へ

 朝食のあとは初仕事です。まずは職人であるドワさんとホビさん、そのアシスタントをすることになったのですが……。

 私は極度の運動音痴だけでなく極度の不器用だったので、かえってふたりのジャマばかりしてしまいました。


 見かねたハジメ社長が現場ではなく、経理のほうに回してくれたのですが……。

 帳簿を確認した私は、卒倒しそうになっていました。


 キヨキ工業は、もはやいつ倒産してもおかしくないレベルの借金を抱えていたのです。

 心配になってハジメ社長に尋ねてみたのですが、「まぁ、なんとかなるよ」と楽天的でした。


「でもなんで……こんなに借金があるんですか……?」


「むかしキンガ重工の発注で、特区向けのナイフを作ったことがあったんだよね。大量発注だったんだけど、借金までしてがんばって作ったんだよ。でも製品ができあがったところで取引中止を言い渡されちゃってさぁ」


「えっ……そんなこと、許されるんですか……?」


「許されるもなにも、相手はあのキンガグループだからねぇ。訴えようものなら、うちみたいな町工場はあっという間に潰されちゃうよ。そうやってダメになった下請けをいくつも見てきたんだから」


 ハジメ社長は工場の一角に積みあげられていたダンボールの山から、パッケージに入ったナイフを取り出しました。

 台紙には『キヨキナイフ』とあり、刀身にもロゴが印刷されています。


「しょうがないから自社で売ってみたんだけど、特区の武器のシェアは大手が独占してて、うちみたいな町工場は入り込めなかったんだよね。残ったのは、借金と在庫の山ってわけ」


 金属品メーカーが特区で使う武器を製造販売するのは珍しいことではありません。

 特区の武器市場は右肩上がりで成長していますが競争は激しく、その最大手は私が昨日まで勤めていたキンガ重工です。


「そうだったんですか……」


「あ、そうだ、このキヨキナイフあげるよ。これでアユムくんがキンガ重工の若社長を懲らしめてくれれば、少しは……なーんて、冗談冗談! あの若社長を懲らしめられる人間なんているわけないからね!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 キンガ重工の若社長、金牙キンガ絶斗ゼット。彼の前では大臣すらも平伏するという。

 国家権力すらも思いのままにできる親の七光りに守られ、ゼットはいまだかつて一度たりとも『懲らしめられた』ことなどなかった。


 あの・・男が、アストルテアに戻ってくるまでは……。


 酒場に駆けつけた衛兵により発見されたゼットは頭蓋骨骨折の重体で、すぐさまネイブルランドの王城に運び込まれる。

 国いちばんの聖女と治癒術師ヒーラーが集められ、集中治療を施されていた。


 病床のゼットは「く……くそが……!」と虫の息を漏らしている。


「あの、Vとかいうクソオヤジ……! 殺す……! 治ったらその足で、この腕でブチ殺してやる……!」


 ゼットは全身をさいなむ痛みを復讐の炎に変えており、完治する前に飛びだしていきそうなほどの闘志を燃やしていた。


「おい大臣……! いつまで掛かってんだ……! さっさと治しやがれ……!」


 ゼットに凄まれた大臣は半泣きで首を左右に振る。


「だ……ダメです、ゼット様! 聖女の祈りも、治癒術師ヒーラーの治癒魔術も効きません! 王室賢者によりますと、この傷は『デス・トロイ』と呼ばれる希少なスキルによって付けられたもので、治す方法がないそうです!」


「な……なん……だと……?」


「デス・トロイのスキルを持つのは、人間でもモンスターでもありません! 虚無にいる死神のみとされています! ゼット様はいったい、どんな恐ろしい相手と戦ったのですか!?」


 すぐ治ると思っていたのに、まさかの不治の告知。

 ゼットの体内で燃え盛っていた復讐の赤き炎は消え去り、かわりに死神の青き炎が全身を焦がしはじめる。


「うっ!? ぐぅっ……!? ぎぎぎぎっ……!」


「ああっ、ゼット様……! デス・トロイの傷は自然治癒もできずに悪化していく一方だそうです! 早く、このアストルテアから離れましょう! おそらく地球であれば、死神のスキルも効果が及ばないと思いますので……!」


 緊急搬入されたばかりのゼットであったが、ベッドごと緊急搬出されていく。

 生まれて初めての味わう屈辱と痛みに七転八倒、血の涙とともに叫んでいた。


「ぐ……がぁぁぁっ! いでぇ……! いでぇよぉ……! く……くそがあっ! お……俺様をこんな目に遭わせやがって……! 覚えてやがれ、Vっ……! ぜったいに……ブチ殺してやるぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 週末の昼頃、久々に遅く起きた私は駅前の特区ステーションを訪ねていました。

 受付カウンターにいるエルフのお姉さんは、私が「あの……」と言うより早く話しはじめました。


「おかえりなさい。特区の利用登録はすでに完了しておりますよ、ヴォイド・ウォーカーさん」


「えっ……? どうして、その名前を……?」


「エルフ族であなたの名前を知らない者はいませんよ。アストルテアを救った勇者様なのですから」


「そういえば……先週ネイブルランド王都に行った時、昔のままの装備でした……」


「ええ。当時の装備や持ち物はすべてそのまま保管してあります。アストルテアに平和を取り戻してすぐに姿を消されたあなた様が、再びこうして戻ってきてくださることを私どもは信じていたのです」


「そうだったんですか…………でも装備のなかに、腕輪みたいなのがあったんですが……」


「特区に行く地球人にはすべて、私どもエルフが作った魔法の腕輪が自動的に装備されます。アストルテア人との区別を容易にするなどの効果があるのですが、それだけは勇者様といえど身に着けていただく決まりになっております」


「はぁ……」


「しかしヴォイド様には他の地球人とは違い、地域の渡航制限がありません。なにせ、荒廃していた時代のアストルテアを旅されていたのですから。どの地域にもご案内できますが、今日はどちらに行かれますか?」


 私は昨日から決めていた、ある村の名前を口にしました。


「ハイファード王国のサントランダス領にあるフロマの村ですね、承知しました。ヴォイド様は同行者をひとり呼び寄せることができますが、いかがいたしましょう?」


「同行者……?」


「はい。現地に転送した際、誰でもひとり呼び寄せることが可能です。地球人でもアストルテア人でも、アメリカ大統領でもハイファード国王でもかまいません。ただ私どもにできるのは呼び寄せるまでで、同行してくださるかはヴォイド様の説得次第となります」


「そうなんですか……」


 それならばと思い、私はある人の名前を口にしました。

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