塔⑦(完)

ケイラ・アルデンの手記


 返信は思わしくない。建築計画は停滞。

 各々の王は主導権争いに必死で、本質を見誤っている。懸念はなお継続する模様。


 個人的研究はすごぶる順調。

 言語を交わす過程の中で、多くの変化が見られた。

 母語の母音の変化(例えば「あ」から「う」や「お」、また、「い」と「え」の相互での変化)や、有声音から無声音への変化(「ぷ」から「ぶ」、「か」から「が」など)、逆も然り、また、多少なりとも子音の変化も見受けられた(「ら」から「だ」、「ふぁ」から「は」など)。

 それぞれの語の語彙の変化も生じた。それぞれの国の特性に応じて、語の豊富さが異なる。たとえばヴェルダス語においては石にまつわる語彙が他の国より豊かで、アストラでは木に関する語が多い。ノヴェラでは、論理命題や数学に関する言葉が積極的に作られているようで、エステリアで用いることのできそうな単語は一つや二つではなかった。

 四つの言語は互いに混ざり合い、一つの言語へと向かっているように思えた。少なくとも、四人の間でしか通じないような話し方が確立されていったのは確かだ。

 例えば、ノヴェラ語で「梁」を意味する語は「シュリダル」である一方、アストラ語で「梁」を意味する語は「シュラダン」だったはずだ。これらは会話をかわすうえでいつしか合成され、「シュリダン」と呼ぶようになっていた。

 文法においても類似した現象が観測された。

 ソルム語の特徴である動詞の活用による微妙なニュアンスの表現は、四人の会話からは失われた。曖昧な表現は実際的に議論をする際、邪魔になる。アストラ語の極端なまでに豊富な動詞は、むしろ歓迎された。また、そこから派生的に、ノヴェラ語の特徴である動詞の名詞化や副詞化などの活用を転用することができ、少ない語幹から多様な表現が引き出されるようになった。ヴェルダス語の主語の省略は、時と場合によって使い分けられた。論理的に話すときには主語を明確に、即興の会話では曖昧なままで、使い分けに関する互いの理解さえあれば、むしろ効率的であることがわかった。


たった四人での交流においても、言語においてはこれだけ大きな変化が生じるのだ。今後、塔の建設はさておき、四カ国の交流自体は間違いなく増加の一途を辿るであろう。その上で、言語の変化という点に着目し、さらなる研究を進めていきたいと思う。

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